いざ我が家へ
坂本家の家族に報告を終えた俺達はそれからすぐ俺の家へと向かう事にした、つまり父さんへの報告である。
彼女の〈このままの勢いで行きたい〉という主張はよくわからなかったが反対する理由も無いのでそのまま従う事にした。
俺が外で待っていると志穂はグレーのスーツに着替えて出て来た。
始めてみる彼女のスーツ姿は新鮮で俺の目には眩しく映った。
「もう少し気の利いた服装で行きたかったのだけれど、ご挨拶の為の正装ってこれぐらいしかなくて……」
「似合っているよ。志穂は何を着ても似合うね」
「あ、ありがとう。でも徹は何でも褒めてくれるから……」
俺の言葉に彼女は照れ臭そうにうつむいて言った。
まあファッションのことなどまるでわからない俺に褒められてもうれしくないのだろう。
そしていざ出発となったのだが、俺はおちょこ一杯とはいえ酒が入っているので途中までは代わりに志穂に運転してもらった。
彼女が運転免許を持っている事は知らなかったが実家では車で配達なども手伝っていたらしい。
途中のパーキングで昼食を取り運転を代わる。家に近づくにつれ彼女の口数は減っているのに気が付いた
どうやら緊張している様だ。俺は不思議に感じ思わず問いかけた。
「ねえ、どうして緊張しているの?」
「どうして……って、わかるでしょ?」
「いや、わからないから聞いているのだけれど。七年ぶりとはいえウチに来るのは初めてじゃないし、父さんとも知らない仲じゃないよね?」
俺がそう言うと彼女は少し苛立つようなそぶりを見せ、目を細めた。
「知らない仲じゃないから緊張しているのじゃない。向こうにしてみれば
昔別れた女が息子と付き合いますって報告しに来るのよ……」
「それが何か問題でも?」
俺の問いかけに彼女の眉がピクリと動いた。
「あのねえ、常識で考えれば〈この女、どの面下げて自分の前に顔を出しているのだ?〉という印象を持つじゃない。
まあそう思われても仕方が無いし、それを覚悟で貴方と付き合ったのだから今更だけれど……」
志穂は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そんなこと無いよ、俺が無理矢理君に迫ったのだから責任は全て俺にある。
それに俺がずっと志穂の事を好きで君しかいないという事は父さんにも伝えてあるのだし、父さんに文句を言われる筋合いは無いよ。
そもそも結局は二人の気持ちの問題だろ?」
俺の言葉に彼女はいぶかしげな表情を浮かべ再び目を細めた。
「それは正論だけれど、そういう事じゃないのよ。そういう事だけれど……徹、貴方のそういう所はズルいと思うわ」
彼女のよくわからない主張に俺の頭は混乱する。
「こういう考え方は辞めた方がいい……という事?」
すると彼女は窓の外に視線を向けて小声でボソリと言った。
「いえ……そのままでいて」
とりあえずおとがめは無く俺の方針は変更しなくてもいいとのお達しだった。
しかし彼女が何に対して苛立っているのかはわからず今後の課題となった。
いい機会なのでこの際気になる事を聞いてみる事にした。
「ねえ、志穂。昔父さんと付き合っていた事を聞いてもいい?」
俺の質問に彼女は思わず顔をしかめた。
「聞きたいの?」
「うん、聞きたい」
それが即答すると志穂はゆっくりと首を振った。
「そうよね、貴方はそういう人だものね……普通は言いにくい事を何の抵抗も無く素直に言えてしまう、それが貴方のいい所でもあるのだけれど……」
彼女は何か含みのある言い方をしていて少し抵抗があるようだった。
「別に言いたくなければ言わなくていいよ。志穂に嫌な思いをさせるぐらいなら聞かないほうがマシだから」
俺がそう言うと彼女は頭を抱えた。
「貴方のそうところが……そんな言われ方をしたら言わないわけにはいかないじゃない。
それを駆け引きじゃなくて本心でやっているのだから仕方が無いのだけれど……」
俺には彼女が何を言いたいのかまるで理解できないでいた。
言いたくないのであれば言わなければいいだけだし、言ってもいいと思えるのであれば言えばいい、それだけの話なのだが……
志穂はしばらく考え込んでいたが〈うん、わかった〉と独り言のようにつぶやくと俺の方を見て口を開いた。
「私が信二さんと知り合ったのは地元のボランティア活動だったわ……」
彼女は当時を思い出すように語り始めた。
「当時私はまだ二十歳になったばかりでボランティア活動で信二さんと知り合って、仲良くなって凄く気になっていた。
寡黙だけれど気配りができて親切で素敵な人だなあ……と思ったの。でも奥さんと子供がいると聞いて諦めようと思った……」
志穂はまるで当時の気持ちをかみしめるように静かに語った。
「でも奥さんが亡くなったと聞いて、凄く不謹慎だけれどチャンスだと思った。
もしかしたら私でもあの人と⁉と思ったのよ。だから彼には私の方から猛烈にアタックした、なりふり構わずグイグイ迫ったわ
今考えると若かったなあ……と思うけれど」
思い出を語りながらまるで過去の恥をさらすように彼女は苦笑した。
「だから本気で貴方のお母さんになる気でいたの、私子供が好きだから……
前に小学校の先生になりたいって話はしたよね?だから貴方の母親もできると思っていた
彼と一緒になれると本気で思っていたの。でもダメだった……」
志穂は当時の気持ちを思い出しているかのようにしみじみと語りそこで話を止めた。
「どうしてダメだったの?父さんからは〈彼女はまだ若い、こんな中年オヤジと大きな子供の世話を押し付けるのはあまりに心苦しくて……彼女の為を思って別れたんだ〉
と言っていたけれど……」
「そんなのいい訳よ」
俺の言葉に対して吐き捨てるように彼女は言った。
「信二さんは優しいからそれも嘘では無いのだろうけれど、本当のところはまだ奥さんを忘れられなかった
ずっと奥さんを愛していた。それだけよ……」
それはどこか投げやりで達観した言い方だった。
「結局、私は彼の奥さん、貴方のお母さんに負けたのよ……」
その言葉にはどういう意味が含まれているのか俺には理解できなかった。
かける言葉も無い。俺と付き合うと決めた以上、彼女はもう父さんの事は割り切っていると信じている
いや信じたいと思っているのだろうか?こういう気持ちになるのは初めてなのでこれが嫉妬ややきもちなのか
単なる心配なのかわからない。そんな思いを抱えながら俺達を乗せた車は我が家へと近づいていった。




