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壊れた初恋  作者: 雨乞猫
18/23

女への転身

志穂さんが心痛な面持ちで話し終わるとご両親は言葉を失い内を言っていいのか戸惑っている様だった。


そんな空気を打ち破るように弟さんがボソリと言葉を発した。


「姉ちゃん、それじゃあ親子丼……」

 

思わずつぶやいた弟さんの言葉に敵意ともいえる視線をぶつけた志穂さん。弟さんは慌てて口をふさぐ仕草を見せた。


志穂さんの話が衝撃的だったせいか、お父さんなどは茫然自失といった様相を呈していた。誰も言葉を発することはできないでいた。


「わかったでしょ。私が徹君と付き合うとか、倫理的にあり得ないという事が……」

 

その口調は淡々をしておりまるで事務的な伝達事項を口にしている様でもあった。


「どうしてそれが付き合えない原因になるのですか?」

 

俺が問いかけると志穂さんは少し苛立ちまぎれの声で反論した。


「どうして?って……前にも言ったでしょ、そんな事許されないって。貴方だってショックを受けていたじゃない‼」


「確かにあの時はショックを受けましたが、それでも俺には志穂さんしかいない。そう結論付けました」


「結論付けました って……そんな数学の問題じゃあるまいし」

 

それが当然とばかりに言い放った俺の言葉に対し、志穂さんはムキになって反論した。


「単純な定義付けですよ。そんな過去の事実より志穂さんがいなくなるという現実の方が俺にとって遥かにダメージが大きい。それだけの事です」

 

俺の話を聞いた志穂さんは呆れたと言わんばかりに首を左右に振った。


「こういう事は理屈じゃないのよ。大体私と付き合うって事になったらお父さんにはどう説明するつもりなのよ⁉」


「父さんにはもう説明してあります」

 

俺がそう言った瞬間、志穂さんは大きく目を見開き驚愕の表情でこちらを見た。今日初めて俺の顔をまともに見た気がする。


「説明してある……って」


「言葉の通りですよ。〈俺は志穂さんが好きだ、彼女が昔に誰と付き合っていようがそんなの関係ない。


俺自身が嫌われているのであれば諦めもするが、そんな理不尽な理由で断れるのは納得できない‼〉と伝えました。


そもそも志穂さんがいるこの場所を特定するのにも父さんの手助けを借りたのですから」

 

志穂さんは明らかに戸惑っていた。俺の顔をマジマジと見つめながらも目は泳ぎ、唇は震えていた。


「それで……信二さんは何と?」

 

志穂さんは絞り出すように言葉を発した。


「志穂さんがいいというのであれば自分に反対する理由はない と」

 

父さんの言葉を聞いた志穂さんは再びうつむいた。


「そう、全て私にぶつけるのね……」

 

少し恨めし気に志穂さんはつぶやいた。しばらく黙ったまま考え込んでいた志穂さんだったが


そのままスッと立ち上がると家族に向かって宣言するように言葉を発した。


「これでわかったでしょ、お父さんやお母さんが口出しするような事じゃないと。これは私達の問題よ、これからどうするかは二人で話し合って決めるわ」

 

志穂さんは宣言するように言い放つと誰かの反応を待つことなくそのまま早足で部屋を出て行った。


俺は皆に軽く頭を下げ急いで志穂さんの後を追った。唖然としている家族の人達には悪いが皆のフォローをしている暇はない。


俺にとって志穂さん以上に優先されることなど無いのだから。


「待ってよ、志穂さん‼」

 

玄関を出て何処へ行くともなく早足で歩いていく志穂さんの姿を後ろから小走りに追いかけて声をかけた。


「待ってよ、志穂さん‼ちゃんと話を……」

 

必死に追いかけようやく追いつきそうになったと思った瞬間、志穂さんは突然足を止めクルリとこちらに振り向いた。


「お父さん達に聞こえるかもしれないからこんな所で話はしたくないわ」

 

志穂さんの目には明確な意思表示が感じられた。確かに年頃の女性にとってこんなドロドロした恋愛事情を家族の前でするのは苦痛なのだろう。


その辺りは心が壊れてしまっている俺でも何となく理解できた。


「じゃあ場所を変えましょう」

 

俺の提案に志穂さんは小さく頷いた。俺と志穂さんは父さんに借りて来た車で場所を移動することになった。


助手席に座った志穂さんは相変わらずこちらを見てはくれない。


「志穂さん、どこに行けばいいですか?」


「別に……人のいない所ならばどこでもいいわ」

 

志穂さんは半ば投げやりな口調で返事を返してきた、覚悟はしてきたがやはりあまり歓迎されてはいない様だ。

 

俺は適当に駐車場のある公園を検索しナビをセットしてそこに向かう事にした。


公園に向う途中も志穂さんはずっと黙ったまま車の窓から外に視線を向けこちらを見ようとしない。


俺が話しかけても曖昧な生返事しか返ってこない状態である。


確かにこんな所までしつこく追いかけてきてストーカーまがいの行為をしているのだから無理もない。


やっている事はそれと紙一重なのだから。

 

公園の駐車場に着くと周りには数台の車が止まっていたが人影は見当たらない。


志穂さんは車を降りたので俺も釣られるようにそそくさと車を降りた。


肌を刺すような冷たい風が吹きつけてきて志穂さんは首をすくめ身を固めるがまだこちらを見てはくれない。


俺は思い切って話を切り出した。


「志穂さん、やっぱり俺のやっている事は迷惑ですか?志穂さんに嫌がられているのであれば俺は潔く身を引きます。迷惑ならば迷惑とハッキリと言ってください」

 

これで死刑判決が出るならば潔くそれに殉じる覚悟はあった。


だが志穂さんの返事は俺の予想とは違うモノだった。


「そうじゃないの、迷惑とか、そういうのじゃなくて……」

 

何事もハッキリとモノをいう彼女らしくない何とも煮え切らない曖昧な返答であった。


「じゃあ僕の事をどう思っているのか、教えてください‼」

 

回りくどく聞いても仕方がないと思った俺は単刀直入に聞いてみた。


するとここまで一切こちらを見なかった志穂さんが俺の目をまっすぐ見て口を開いた。


「徹君、貴方の思いは素直に嬉しい。私の事をそこまで思ってくれて……


でもね、一時期とはいえ私は貴方のお父さんと付き合っていたのよ、その意味を本当にわかっているの?」


「わかっています、わかったうえでここに来ているのです‼


志穂さんの居場所を知ることができたのも父さんに聞いたからだと言ったじゃないですか‼」 

 

すると志穂さんは悲しそうに首を振った。


「そうじゃない、そういう事じゃないのよ。徹君は何もわかっていない」


「俺が何を理解していないというのですか、ハッキリ言ってください‼」

 

俺は志穂さんが何を言いたいのかわからず苛立ち始めていた。


すると志穂さんはまっすぐこちらを見ながら一歩近づいてきて口を開いた。


「徹君、貴方お父さんたちに言ったわよね、私と結婚を前提にお付き合いしたいって……」


「ええ、言いました。それが本心ですから」

 

すると志穂さんは目を閉じ小さく首を振った。


「いい、徹君。私と正式に付き合うという事は先々で大人の関係になるという事なのよ」


「それが何か?」

 

俺は志穂さんが何を言いたいのかわからず困惑していた。そんな俺の心を見透かしたのか、志穂さんは意を決する様に語り始めた。


「やっぱり貴方は何もわかっていない。いい?貴方と私が付き合うという事はお父さんとも関係のあった私を抱くという事なのよ」

 

そして志穂さんは自分自身の胸に手を当て、口を開いた。


「お父さんが何度も抱いたこの体、貴方に抱けるの?」


衝撃的な一言だった。そんな事を考えたことも無かった。


昔志穂さんと父さんは大人として付き合っていたのならそれも当然のことなのだが俺はそこに考えが至らなかった。志穂さんは話を続けた。


「普通の人であれば乗り越えられるかもしれない。でも貴方は普通じゃない、純粋すぎる、一途すぎる、思いが強すぎるのよ。


私を抱くたびにお父さんとの事を想像してしまったら貴方は苦しむだけよ……」

 

俺の頭の中は色々な思いで混乱していた。正常な考えがまとまらない。


全身の力が抜け俺はその場で膝から崩れ落ちた。胸の奥からどす黒いモノが込み上げてきて今まで味わった事のない不快な気分になった。


「何だ、これ。何だよ、これは……そうか、これが嫉妬か⁉こんなにも嫌な気分になるんだ……はははははは」

 

なぜだかわからないが笑いが込み上げて来た。俺は本格的に壊れてしまったのかもしれない。そんな俺の頭を志穂さんはそっと抱きしめた。


「ごめんね、嫌な言い方して。でもそれが現実なのよ。貴方には無理でしょう?だから私とは……」

 

ようやく志穂さんの考えが理解できた、しかし……


「志穂さんの方こそなにもわかっていないよ……」

 

俺は絞り出すように言葉を発した。


「何が?」

 

志穂さんは端的に問いかけて来る。


「俺は志穂さんしかいないんだ。志穂さんしか好きになれない、志穂さんしか愛せないんだよ。


例え志穂さんが悪魔だろうが娼婦だろうが妖怪だろうが俺は志穂さんしか……」

 

それ以上は重いが溢れて言葉が出てこない、そしていつの間にか目から涙が溢れだしていた。


泣いたのなんていつ以来だろう?そんな事が頭をよぎった。


志穂さんはそんな俺の姿を見てしばらく何かを考えこんでいたが俺の顔を両手で掴むと顔を近づけてきて俺を諭すように話し始めた。


「わかった、私も腹をくくるわ。でも一つだけいいかしら?」


「何?」

 

俺が問いかけると志穂さんは真剣な顔で話し始めた。


「徹君、貴方は私の事をまるで聖女みたいに言うけれど私は聖女でも女神でも天使でもないの、ただの女よ。そこをわかって」


志穂さんの言いたい事は何となく理解できたが具体的に何をどうすればいいのか、さっぱりわからなかった。


志穂さんは困惑している俺の両頬に手を添え、そっと口づけをした。

 

俺には何が起こったのか全く分からなかった、だが頭に電が落ちたような衝撃と感動の波が押し寄せて来た


あまりの展開に目を丸くして何も言えずにいる俺の耳元で志穂さんはそっと囁いた。


「私をただの女にしてよ……」

 

志穂さんの言いたい事は感覚で何となく理解できた。そこからの事はあまり記憶にない。


とにかく地に足がつかずフワフワとした気分で流れに身を任せた感じだった。

 

俺達は車でラブホテルと呼ばれる所に向かった。だが俺にはそういった知識が全くない。


正常な成人男性の持っている性欲というモノが全くなかった俺はエロ画像や動画を見た事も無いのだ。


性行為というモノを他の動物や昆虫のような生物学的な観点でしかとらえていなかった俺は茫然と固まってしまったのだ。


しかし志穂さんはそんな俺を優しくリードしてくれた。志穂さんの体はどこまでも柔らかくそして温かかった。


俺は気持ちがいいというよりとても幸せな気持ちに包まれた。


今まで味わった事がない程の幸福感に心が満たされたのである。


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