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壊れた初恋  作者: 雨乞猫
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心情と説明責任

「一つ聞きたい。君のような見た目も良くて将来有望な男がどうしてウチの志穂にそこまで執着するのかね?


先ほどまでの話だと君と志穂とは付き合ってはいない、それどころか志穂は行き先も告げずに君の前から姿を消したのだろう?


普通の人間ならばならばそこで終わりだ。志穂ももう二十七歳だからこんな事に親が口を挟むことでは無いのかもしれないが


やはりいくつになっても娘は娘、心配なのでね。その辺のところを聞かせてはくれないかね?」

 

先程までとは違って随分と穏やかな口調だったが父親として娘が心配なのだという言葉には説得力があった。


俺は小さく頷き、事の経緯を話した。


「志穂さんは俺の初恋の人なのです」

 

俺がそう言うとお母さんのテンションは益々上がり、弟さんは再びヒュ~と口笛を鳴らした。


だがお父さんは特に反応することもなくジッと俺の話を聞いていた。


「実は……」

 

俺は過去の事を包み隠さず話した。母親が子供を愛せずそれを苦に精神を病んでしまった事。


その母が俺の言葉がきっかけで自殺してしまった事。それがトラウマになり俺は心を閉ざし人とかかわらなくなった事。


そんな俺を救ってくれたのが志穂さんだった事。そして志穂さんが突然いなくなってしまった事で俺の心が壊れてしまった事を話した。


最初は興味津々で聞いていた志穂さんの家族たちだったが予想以上に話が重かったせいか皆言葉を失い神妙な面持ちで黙ってしまった。


重苦しい沈黙が部屋に漂う。そんな空気を振り払うようにお父さんが言葉を発した。


「あまりに壮絶というか、想定外の話で戸惑ってしまったのだが……君に一つ聞いてもいいかな?」


「はい、何でしょうか?」


「今、君は自分の事を〈心が壊れてしまった〉と言っていたが


君の理路整然とした話し方を見るに心が壊れた人間とはとても思えないのだが。心が壊れたというのはどういうことなのかね?


できれば私達にもわかるように説明してはくれないだろうか?」

 

お父さんは静かに話し掛けて来る。俺は無言で小さく頷いた。


「そうですね、どう説明すればいいのか少し難しいですが……例えば今私はお父さんたちと会話していますよね?


だけれど私にとってその会話はどこか実感がないというか、別の世界での出来事のように思えてしまうのです。


つまりテレビの中やパソコンのモニターの中で我々が話していてそれを少し離れた所から俯瞰して見ている感じです」

 

志穂さんの家族は唖然として俺の話を聞いていた。俺はさらに話を続けた。


「例えばあのカレンダー……」

 

俺は壁にかかっている地方銀行のカレンダーを指さした。


「あのカレンダーには銀行の制服姿で微笑む若い女性が載せられていますが、俺はあの女性を認識できないのです」


「どういうことだね?」

 

お父さんが思わず問いかけて来る。


「あのカレンダーの女性は若くて容姿が優れている事は分かります。


ですが俺にとってそれは情報を分析して識別しているのに過ぎないのです。


ですから彼女の事を可愛いとか好きだとか、付き合いたいとか性的欲求をそそられることは一切ありません。


女性として認識できないのです。つまり若くて美しい女性も八十過ぎのおじいちゃんも俺にとっては同じ人間にしか思えないのです」

 

俺の告白があまりに衝撃的だったのか、皆は言葉を失っていた。


「そんな私がある時偶然志穂さんと再会して衝撃を受けたのです。


自分にとって志穂さんだけは女性として認識できることが


希薄になってしまった感情が志穂さんを相手だと心が揺さぶられ熱い思いが込み上げて来る


好きでいられる、俺は志穂さんの前でだけは人間でいられるのです」

 

誰も言葉を発しようとはしなかった。俺は話を続けた。


「よく感情的な比喩表現で〈俺には君しかいない〉という言葉がありますが、俺にとって志穂さんはそういう存在なのです。


だから俺にとって世界の人間は志穂さんかそれ以外に分類されると言っても過言じゃありません。


それは感情的なモノではなく寧ろ生物学的な観点です」

 

俺が話し終わると部屋には静寂が訪れた。誰もが押し黙ったように口をつぐみ言葉を発することができないでいた。


そんな空気を変えようとしてかお母さんが口を開いた。


「な、何か思っていたのとは違う話だったわね……」

 

それに追随するように弟さんも続いた。


「ああ、少しな……でも考えようによってはイケメンエリートが浮気もせず自分だけを愛してくれるとか、理想と言えば理想じゃね?」


弟さんが渇いた笑いを浮かべ場を和まそうとした。しかしそれを遮るようにお父さんが口を挟んだ。


「そういう問題じゃない‼」

 

お父さんの真剣な口調に再び場が凍り付く。そしてジッと俺の目を見て語り始めた。


「松原徹君、君の話はわかった、君の生い立ちに同情するところも多々あった事は認める


しかしそれを志穂に押し付けるのはあまりに重すぎる。親としては娘には普通の幸せを掴んで欲しいという思いがある。


だが最終的な判断は志穂に任せる、それでいいね?」

 

もちろん俺に異論などない、俺は無言のままうなずいた。


「で、志穂はどうなのだ?」

 

ざっくりとした質問だがお父さんの意図は伝わっただろう。しかし志穂さんは何も言わず顔を伏せ、唇をかみしめていた。


「無理なら無理とハッキリ言えばいいのだ。誰もそれを責めたりはしない」

 

お父さんは志穂さんを促すように言葉を続けた。すると志穂さんは小さな声で答えた。


「別に、嫌じゃないわよ……」

 

その声は消え入りそうなほど小さく、そして弱弱しかった。


「嫌じゃないならばOKって事だろ?簡単な話じゃん」

 

弟さんが軽く結論付けるとすかさず志穂さんがそれを否定した。


「そんな単純な問題じゃないのよ‼」

 

再び場が凍り付く。志穂さんの家族は怪訝そうな表情を浮かべながら〈これ以上まだ何かあるのか⁉〉と志穂さんの顔を見た。


「ねえ、どういう事なの?」

 

お母さんが娘に優しく問いかけるが志穂さんは黙ったまま再びうつむいてしまう。


何やら複雑な事情がある事だけは皆に伝わった様だ。それが何なのか俺にはわかっているが俺の口から皆に説明する訳にはいかない。


しばらく沈黙していた志穂さんだったがきちんと説明しなければこの場は治まらないと諦めたのか、意を決したかのように話し始めた。


「徹君と初めて出会った時が七年前、私が二十歳で徹君は十三歳だった……」

 

静かに語る志穂さんの話を皆が黙って聞いていた。


「どうして私がその頃の徹君と出会ったのか、わかる?」

 

志穂さんが誰ともなく問いかけるように言った。もちろん誰も答える事は無かった、そして志穂さんは話を続けた。


「私が徹君のお父さんとお付き合いしていたからよ」

 

志穂さんの告白は衝撃だったのだろう、お父さんもお母さんも口を半開きにして驚きを隠せずにいた。


その時弟さんが思わず言葉を発する。


「姉ちゃん……まさか、不倫していたのか?」


「違うわよ‼」

 

志穂さんは反射的に否定した。


「不倫じゃないわ。徹君のお母さんが亡くなって、それから徹君のお父さんの手助けをするようになったのよ、それで……」

 

志穂さんはそれ以上口にしなかったが、皆にも事情は伝わった様だった。


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