家族との対面
俺は志穂さんと共に母屋へと通された。十二畳ほどの居間には少し古い感じの石油ストーブと飾り棚
大型テレビの横には王将と書かれた大きな将棋の駒が置いてある。
壁には地方銀行のカレンダーが掛けられておりどことなく茨木の祖母の家を思い出させた。
大きめのリビングテーブルに横並びに座らされた俺と志穂さん、正面には志穂さんのお父さんが座り腕組みをしながら無言のまま目を閉じている。
そこに一人の中年女性がお茶を持ってきてくれた、おそらくこの人は志穂さんのお母さんなのだろう。
丁寧に俺の前にお茶の入った湯呑を差し出してくれたので俺は軽く会釈をした。
「わざわざ東京から来てくれたのですか?」
志穂さんのお母さんの質問に俺はかしこまって答えた。
「はい、今朝家を出て高速道路を使ってここまで来ました」
俺のこのなんでもない返しにお母さんは〈そうですか〉と何度もうなずいた。
俺はここで少し気になった事があった。それは志穂さんの両親の反応だ。
お父さんは腕組みをしながらずっといぶかし気な表情を浮かべている、明らかに機嫌が悪そうだ。
それとは対照的にお母さんの方は顔に笑みを浮かべどこか嬉しそうなのである。
俺と志穂さんが横並びに座りリビングテーブルを挟んで正面にご両親が座っている。
しかしお母さんとの最初のコンタクト以来会話は無い。居間には息苦しい雰囲気が漂い、時折強い風が窓を揺らすガタガタという音がするだけでしばらく沈黙が続いた。
ここは俺から話を切り出さないといけないのだろうか?思い切って俺から話を切り出す決意をする。
「あの……」
と、話を切り出そうとした時である。廊下からドタドタとこちらに近づいて来る足音がして一人の人間が姿を見せた。
「悪りい、悪りい。ちょっと仕事が片付かなくて」
頭を掻きながら部屋に入ってきたのは一人の若い男性だった。
作業着を着て首からタオルを下げている所をみるとこの酒蔵の従業員なのだろうが
日に焼けた黒い肌に金色のメッシュの入った髪、そして耳にはピアスをはめており、あまり酒蔵という職場には似つかわしくない風貌だった。
「コラ、誠二。お客様の前ではしたない」
お母さんがその男性に向かってたしなめるように注意した。
しかしその男性はそんな事を気にする様子もなく俺を見てニヤリと笑った。
「東京から姉ちゃんを追いかけて男が来たというからどんな奴だ?と思っていたが、随分と若いじゃねーか。
姉ちゃんこんな若い男をたぶらかしていたのかよ」
少しふざけ気味のからかい口調で話す彼を志穂さんは無言で睨みつけた。
どうやらこの男性がミュージシャンを目指していたという志穂さんの弟さんのようだ。
前に聞いた話だと俺より四つ年上のはずだが志穂さんの言う通り少し軽薄な感じがする。
弟さんはそのままドカッと腰を下ろし胡坐をかいた。それを皮切りにお父さんがワザとらしく咳払いをして話の口火を切った。
「ゴホン、家族も揃ったところで話を始めよう。それで君がここに来た目的は何だね?」
その口調は質問というより尋問の様でもあった。しかし隠す事でもないので俺はありのまま正直に答えた。
「志穂さんを追いかけてきました」
お父さんの眉がピクリと動く、その姿はまるでベテラン刑事の様にも見えた。
「君はウチの志穂と、その……付き合っていたのかね?」
お父さんの質問に横の志穂さんは俯きながら両こぶしを握り締めた。
ここに来てからというモノ志穂さんは一度も俺と目を合わそうとしない。
家族の前でこんな事を聞かれるということ自体が恥ずかしいのかもしれない。
俺は世間の常識というモノに疎いのでそのあたりの判断は付きかねるし
こういった風習というか常識は土地柄によっても違うモノなのかもしれない。
だがここで変に誤魔化すのは悪手だろう、そう思った俺はありのままの思いをそのまま答えた。
「いえ、お付き合いはしていません。ですが志穂さんとは結婚を前提でお付き合いさせていただきたいと思っています」
俺がそう答えるとお母さんは〈まあ⁉〉と言って嬉しそうに微笑んだ、弟さんはヒュ~と口笛を鳴らす。
だがお父さんの表情は益々強張り質問を続けた。
「だが志穂は君に何も告げずにここに帰ってきたようだ。それは君との交際を……というより君自身を嫌がってのではないのかね?」
「そうかもしれません、ですからそれを確かめる為にここに来ました。
私が志穂さんに迷惑がられているというのであればもう付きまとったりしません、それはお約束します」
俺がそう答えるとお母さんはウンウンと何度もうなずいた。
弟さんはニヤニヤと志穂さんを見つめている。お父さんは相変わらずいぶかし気な表情を浮かべていてそのまま視線を志穂さんへと向けた。
「志穂、お前はどうなのだ?この男に付きまとわれて迷惑しているのではないのか?嫌なら嫌とハッキリ言ってやれ」
まるでそう言って欲しいかのように話すお父さん。どうやら俺はお父さんにあまり歓迎されていない様だ。
志穂さんは終始うつむきながら小声でボソリと答えた。
「別に……徹君の事は嫌ってもいないし、嫌だという訳ではないわ……」
志穂さんの答えが期待していたモノではなく、しかもどこか煮え切らない返答に苛立ちを隠せないお父さん。
「だったら何でお前はこの男に黙って帰って来たのだ?理由を言いなさい」
問い詰めるような言い方だったが志穂さんは何も言わなかった。
無言のまま唇をかみしめうつむいていた。志穂さんから明確な答えが得られないと判断したお父さんは小さくため息をつくと今度な俺に視線を向け、口を開いた。
「松原徹君、君はまだ若そうだが、年はいくつだね?」
「二十歳です」
俺がそう答えると、〈俺より四つも下かよ⁉〉という弟さんの声が聞こえた。しかしお父さんはかまわず話を続けた。
「そうか……君は見た目もシュッとしていて随分とモテるだろう。志穂とは七つも年が違うし、その辺りをどう思っているのだね?」
「年の差はまったく気にしていません、というより私には志穂さんしかいないので」
お母さんの口から再び〈まあ〉という嬉しそうな声が上がる。弟さんからは〈やるねえ~姉ちゃん〉と揶揄するような声が上がった。お父さんは質問を続けた。
「君はさっき〈結婚を前提に〉と言っていたが、将来の夢とか目標とか、明確なビジョンのようなモノはあるのかね?」
「いえ、ありません」
俺が明確に答えるとお父さんはハア~っと深くため息をついた。
「随分と心もとない答えだな、そんな男にウチの大事な娘を任せるのは不安になる……」
お父さんは目を閉じ一旦間を取るように天井を見上げた。そして両目を見開き俺の方を改めて見つめて来た。
「だったら君がウチでしばらく働いてみるというのはどうかね?それで私達も君がどんな人物か見極める事ができるし、そのままずっとウチで働いてくれてもいい」
「わかりました、でしたらそれで……」
俺が答えようとするとその言葉を遮るように志穂さんが叫んだ。
「お父さん‼」
今までほとんど喋らなかった志穂さんが突然大声を出したのでお父さんをはじめ皆驚いている様子だった。
「何だ、志穂。急に大声を出して⁉」
今案でずっとうつむいていた志穂さんだったが、お父さんを睨みつけるような視線を向けると抗議するように言い放った。
「徹君は現役東大生なのよ、それを辞めさせてウチでハタラキ〈下働き〉とか、させられる訳がないじゃない‼」
志穂さんの言葉に父さんは唖然として言葉を失っている様子だった。
お母さんは〈あらあらあら〉と驚きと悦びの入り交じった声をあげている。
弟さんに至っては〈イケメンで東大とか、姉ちゃん上玉捕まえたな、これって玉の輿じゃね?〉という本気とも冗談もとれない発言をしていた。
「いえ、私が特に将来の目標もなく生きているのは本当なのです。このまま財務省かメガバンクにでも就職するか……
と漠然と思っていたので。将来志穂さんに金銭的な苦労をさせずに暮らせれば私にとって仕事など何でもいいのです」
俺は素直に思った事を伝えると志穂さんの家族はそれぞれ様々な反応を見せていた。
お母さんは〈まるでドラマみたいな話じゃない⁉〉と浮かれていた。
弟さんは〈イケメンで将来有望、いわゆる勝ち組じゃん。どうして姉ちゃんが躊躇しているのかイミフだぜ〉と口にしていた。
だがお父さんは目を閉じジッと何かを考えていた。そして目を開くと意を決したかのように言葉を発した。




