久方ぶりの親子の会話
志穂さんとのデートから三日が過ぎた、俺は大学にも行かず一人家に閉じこもった。
色々な事が頭を駆け巡り何も手に付かないという状態が続き全く無駄で非建設的な時間を過ごした。
しかしいくら考えを巡らせても最後には〈俺には志穂さんしかいない〉という結論に至るのだった。
俺は思い切って再び志穂さんに会いに行く決意をする。
三日ぶりに外へと出ると心なしか太陽がやけに眩しく感じられ外の空気自体が俺を拒絶しているかのような錯覚すら覚えた。
そんな妄想とも錯覚とも思える抵抗を振り切り志穂さんのバイト先【ウィンディ】へと到着する。
ちょうど昼時だったので客もそれなりに居て相変わらずの繁盛ぶりだった。
しかし店内を見渡しても志穂さんの姿は見当たらない、裏で仕事をしているのだろうか?それとも今日は休みなのだろうか?
俺は疑問に思いながら手の空いている中年女性店員に声をかけた。
「あの、今日坂本さんは?」
するとその中年女性店員は特に気にする様子もなくサラリと答えた。
「坂本さんでしたら先日辞めましたよ」
その言葉を聞いて俺は愕然とした。
「辞めたって……いつですか⁉」
その中年女性店員は少し考えるそぶりを見せ、口を開いた。
「三日前ですかね、電話で〈急で申し訳ありませんが都合によりバイトを辞めさせていただきます〉って……」
俺は言葉を失い茫然としてしまう。
「いきなり電話で辞めますとか、本当に困るのよね~シフトも滅茶苦茶で私が急に出勤させられたのよ。
真面目そうな人だったから安心していたのに、世間常識というか最低限のマナーは守って欲しいわ、全く……」
何やらブツブツと文句を言っていたがその内容など俺の耳には全く入ってこない。
辞めた、志穂さんが⁉俺の頭は一瞬パニックになる。いったん店を出て急いで電話を掛けるが通じない。
どうやら着信拒否されている様だ。
何だよ、コレ……その時、志穂さんの寂し気な顔と〈さようなら〉という言葉が頭をよぎる。俺は慌てて店内に戻り先ほどの中年女性店員に問いかけた。
「すみません、坂本さんがどこに行ったのか知りませんか⁉」
俺の言動が余程鬼気迫るモノだったのだろう、その中年女性は怪訝そうな表情を浮かべ怪しそうに俺を見ながら答えた。
「知りません。もし知っていたとしてもこのご時世ですから教える事はできません。申し訳ありませんが……」
中年女性店員はマニュアル通りといった感じで事務的に答え頭を下げた。
まあそうだろうな、予想通りではあるがこちらにしてみれば藁をも掴む思いだったのである。
しかしその藁も掴めず俺は絶望に暮れたまま店を出た。もはや手がかりはない
こうなってしまうと先日のデートの時に志穂さんの事をもっと色々聞いておけばよかったと後悔するがもはや後の祭りである。
今一度先日の記憶を呼び起こしてみる〈小学校の教師になるために通信制の大学で勉強している〉
〈ミュージシャンを目指していた弟がいる〉〈魚が好き〉など、志穂さんの所在を知るにはどれも役に立たなそうな情報ばかりだ。
だがその時ふとある考えが頭をよぎる。
俺とのデートの後、志穂さんはバイト先に突然電話でバイトを辞めた
バイト先の人達に迷惑がかかる事を承知でそれをしたというのは志穂さんらしくない行動だ。
という事は志穂さんにしてみればバイトを辞めるのは予定していたことではなく急な行動。
それならば住んでいた所ごと引き払っている可能性がある。
単にバイトを変えただけというのであればお手上げだがこの東京にいる限り先日のように俺と偶然会ってしまう可能性もある。
そこまで金銭的に余裕は無いだろうし、もし実家に帰っているというのであれば……
そう考えていた時、もう一つの情報が頭に浮かんだ。〈私は昔、貴方のお父さんとお付き合いをしていたの〉
思い出したくない言葉だったがこの際そうも言ってはいられない、これがおそらく一番有力な情報だろう。
父さんは基本寡黙であまり喋らない。逆に志穂さんは明るくて良く喋る。
という事は父さんと志穂さんが付き合っていた時は志穂さんが喋って父さんが聞くという間柄だったのではないか?と推察できる。
つまり父さんならば志穂さんの情報を知っている可能性がある。
正直、父さんに志穂さんと付き合っている時の話など聞くのも嫌だし父さんとしても話して気持ちのいいモノではないだろう。
だがもうそこにしか希望が無いのであれば選択肢はない。俺は腹をくくって父さんに話すことにした。
その日の夜、父さんはいつものように夜遅く帰ってきた。玄関を入って来てダイニングで座って待っている俺の姿を見て少し驚いた様子であった。
「どうしたのだ、徹?」
「実は父さんに折り入って話があって……」
「私に?お前が?」
父さんは再び驚いた表情を浮かべた。それも無理からぬことで母さんが死んでからというもの、俺と父さんはあまり話すことは無くなった。
萌香のおかげもあって三人で話すことは増えたが基本的には最低限の連絡時事恋以外は俺から父さんに話すことはなかった。
「ああ、聞いて欲しい話がある」
父さんも俺のただならぬ態度を見て表情が険しくなる。そして〈話してみなさい〉とばかりに小さく頷いた。
「実は先日、偶然志穂さんに会った……」
志穂さんの名前を聞いた途端、父さんの両目が大きく見開かれた。俺の口からその名前が出る事が余程驚いたのだろう。
しかし今の俺には父さんの気持ちに考慮している余裕はない。
俺は志穂さんと何があったのか、ありのままの事実を伝えた。
「と、いう訳なんだ。俺は志穂さんが好きだ、彼女以外考えられない程に。
父さんと志穂さんが昔付き合っていたというのは聞いた。でも父さんが何か知っているのであれば教えて欲しい、お願いだ‼」
俺は深々と頭を下げた。父さんはしばらく何も言わず黙って考えている様子だったがふと口を開いた。
「それで、前島さんはどうするつもりなのだ?」
父さんは萌香の事を聞いてきた。当然の事だ、萌香は父さんにもなついていて何度か家に来て料理を作ってくれていたりしたからだ。
「萌香とは……別れた」
俺は頭を下げたまま答えた。父さんはどうして?とか、萌香さんに悪いだろ⁉とかは言わなかった。
俺にしてみれば何も言われないより責められた方がマシだったのだが……
「そうか」
父さんは独り言のように一言だけ言った。そして話を続けた。
「それで、志穂……いや、坂本さんの居場所がわかったら、お前はどうするつもりだ?」
「もう一度、もう一度話をしたい。俺には志穂さんしかいないんだ……」
それから俺は母さんが死んで、志穂さんと会えなくなってから自分の心が壊れてしまった事を父さんに話した。
誰が相手でも他人に対してほとんど感情が持てない、彼女である萌香があれほど尽くしてくれても俺の心は全く動かなかったと。
しかし志穂さんと再会して激しく心が揺れた、人として生きている事を実感できた。俺が思った事実のままに父さんに伝えたのである。
父さんは無言で腕組みをすると目を閉じ考え込んだ。そして再び口を開いた。
「それで、坂本さんはどうしてお前から逃げるように姿を消したと思うのだ?」
「それは、昔父さんと付き合っていた自分がその息子である俺と付き合うとかありえないと……」
「坂本さんがそう言ったのか?」
「ああ」
父さんは再び目を閉じ考え込む。俺はたまらず父さんに問いかけた。
「俺は志穂さんが好きだ、彼女が昔に誰と付き合っていようがそんなの関係ない。
俺自身が嫌われているのであれば諦めもするが、そんな理不尽な理由で断れるのは納得できない‼
ここで改めて父さんに聞きたい。もし俺と志穂さんが付き合うことになったら、父さんは反対なのかい?」
俺の問いかけに父さんは一層難しい顔を浮かべた。そしてゆっくりと首を振り言葉を発した。
「私はお前にとっていい父親ではなかった。そして志穂にとっても誠実な男ではなかった。
そんな私が言える事など何もない。お前ももう二十歳だ、自分で考えそれが良いと判断したならそうしなさい」
「それって、つまり……」
「ああ、志穂がいいというのであれば反対はしない」
これで第一段階はクリアした。父さんとのこだわりは俺よりも志穂さんの方が大きいだろうからこれは嬉しい事である。
だが肝心の志穂さんの居場所がわからない問題が残っている。父さんが何かを知っているのであればいいのだが……




