絶望への転落
ファミレスで昼食を済ませた俺達はウインドショッピングやプラネタリウムを回り最後は夜景の見えるおしゃれなディナーで締めくくった。
「う~ん、今日は楽しかったわ」
志穂さんは再び伸びをしながらそう言った。
「良かった、志穂さんに満足してもらえなかったらどうしようと思っていましたから」
それは俺の偽らざる本音だったのだが、俺の言葉を聞いて志穂さんはいぶかしげな顔を浮かべた。
「あまり年上の女性をからかうものじゃないわよ。徹君みたいなイケメンからそんな事を言われたら本気にする子もいっぱいいるのだから」
「俺は本気で言っているのですが……」
「はいはい、そのくらいにしておきなさい。徹君みたいな将来有望な美少年がこんなオバサン口説いてもしょうがないでしょ」
まるで俺を諭すように話す志穂さん。何だろう、コレは何か話の流れが良くない方に行っている気がする。
「志穂さん、俺は本気なのです。また次も会って……」
俺が言いかけると、志穂さんはその言葉を遮るように右手の差し出した。
「次は無いわ」
「どうしてですか⁉さっきはゴチャゴチャと色々な事を考えるのはやめてデートを楽しむって……」
「あれは嘘よ」
納得のいかない俺は必死で食い下がったが志穂さんはそんな俺をあざ笑うかのようにサラリと言った。
「まあ、全部が全部嘘という訳ではないけれどね……」
志穂さんは遠くを見るように夜のとばりが下りた街並みを眺めながら独り言のようにつぶやいた。
だが俺にしてみればそんな説明で納得などできるはずがなかった。
しかし志穂さんが何を考えているのか、俺の事をどう思っているのかがわからない以上、有効な反論材料が見当たらない
以前萌香が〈女心は理屈じゃない〉というと言っていたのをふと思い出した。
こういった場合、理詰めで話を進めるとロクな事にならないという教訓だった。
しかしそれがわかっても俺にはどうすることも出来ない。何を言っていいのかわからず俺はただただ木偶の棒のように突っ立っている事しかできなかったのだ。
そんな俺の思いを見透かしたのか、志穂さんは諭すような口調で話し始めた。
「いい、徹君。今の君は懐かしい初恋の人の面影を追っているだけ。私は君が思っている様な立派な女じゃない。
君にはもっとふさわしい人がいるわ、私の事はもう忘れなさい」
先ほどまでの幸福な気持ちが一気に吹き飛んだ。何がどうなっている?何がいけなかった?
わからない、わからない、わからない……
困惑する俺を尻目にクルリと背中を向け立ち去ろうとする志穂さん。志穂さんが行ってしまう、志穂さんともう会えなくなる、嫌だ、嫌だ、嫌だ……
あまりの事に思考は停止し言葉も出ない。視界から段々と遠くなっていく志穂さんの背中だけが見える。
これで終わり?これでは子供の時と同じだ。あの時のように俺は何もできずに志穂さんの姿を見送る事しかできないのか⁉
そんな事あってたまるか‼俺はあの時の子供じゃないんだ。そう思った俺はありったけの声で叫んだ。
「志穂さん‼」
俺の思いが届いたのか、志穂さん足を止めゆっくりと振り向いた。俺は急いで彼女に駆け寄り思いの丈を伝えた。
「俺には志穂さんしかいないのです。志穂さんだけが俺の……」
重いが溢れて言葉にならない。だがそんな俺の思いとは対照的に志穂さんは小さくため息をついた。
「徹君、何度も言うけれど私は貴方にふさわしくないの。前の彼女とヨリを戻すなり、新しい恋人を作るなりしなさい。私の事は忘れて、いいわね」
「嫌だ‼」
俺は反射的に叫んだ。全身の細胞が志穂さんとの別れを拒絶しているのがわかる。
まさに魂の叫びともいえる言葉だったのだ。しかし志穂さんは冷めた目でこちらを見ている、そして信じられない事を言ったのだ。
「だったらこれから一緒にホテルに行く?それで貴方が私の事をあと腐れなく諦められるというのならばいいわよ」
無表情のまま淡々と、そして業務連絡のように告げる志穂さん。
何だよ、これ?何だよ、これ⁉何だよ、これは‼俺はもう何も考えられなくなっていた。そんな俺の様子を見て志穂さんはゆっくりと首を振った
「徹君、今日はもう帰りなさい。冷静になってもう一度ちゃんと考えて」
志穂さんはそう言って再び背中を向け歩きだした。
「冷静になって考えたら……ちゃんと考えたら……また会ってくれますよね⁉」
俺は必死で食い下がると志穂さんは再び振り返った。だがその顔はとても寂しそうで悲しい表情だった。
「これは言わずにおければと思ったのだけれど……いい、徹君。私は昔、貴方のお父さんとお付き合いをしていたの。
一時は本気で貴方の母親になろうと思っていた女よ。そんな女と付き合うとか……あり得ないでしょ?そういう事よ。
貴方にはもっとふさわしい人がいるわ。じゃあ、さようなら、元気でね……」
志穂さんの言葉は俺にとってあまりにも衝撃的だった。正確に言えばそういう可能性も無くはないと心のどこかではか思っていた。
最後に会った時の志穂さんは父さんと言い争いをしていて彼女は泣きながら出て行った。
その状況を考えればそう言った事も十分ありえるとは思ってはいたのだが俺の脳がその事を考えるのを拒絶していたのだ。
こうして俺の志穂さんとの初デートは最高の幸せと最悪の絶望を同時に味わうことになったのである。




