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壊れた初恋  作者: 雨乞猫
12/23

幸福な初デート

それから俺は毎日志穂さんの勤めるパン屋へと足しげく通った。


志穂さんは相変わらず少し戸惑い気味だったが俺が志穂さん目当てで通っている事を知っている店員たちは俺の接客に志穂さんを当ててくれた。


俺がいつものようにパンを選んでいると例のバカ女二人が志穂さんに近づき話しかけていた。


「ねえ、坂本さん。彼のどこが気に入らないって言うのですか?」


「そうですよ、あんなイケメンがこれほど情熱的にアタックをかけてくれるとか、普通ありませんよ⁉嫌なら私に紹介してくださいよ」

 

何やら好き勝手な事を言っているが本音を言えば俺も聞きたい。


俺がこうして足しげく通っているのが迷惑でないのならば、志穂さんは何をそんなに気にしているのだろうか?


「嫌という訳では無いのだけれど……」

 

志穂さんの口から出た言葉はどうにも歯切れの悪いモノだった。


それは物事をハッキリ言う志穂さんらしくない事だと感じられた。

 

いつものように選んだパンをレジへと運び会計するとき、志穂さんがボソリと小声で言った。


「徹君、こうして同じ時間にいつも来てくれるのはありがたいのだけれど、絶対に学業にも支障が出ているよね?もう少し自重するというか、これ以上は……」

 

いつものように視線を逸らし申し訳なさそうに言葉を発する志穂さん。


この言葉を額面通り受け取ると俺の事を心配してくれているととれるのだが、遠回しに迷惑と言っているのだろうか?


確かに俺のやっている事はストーカーまがいの行為だし、仲間のいる職場で毎日言い寄られても恥ずかしいというのもある。


ここは志穂さんの気持ちを確かめる為にも一つ提案してみるか。


「志穂さん、俺とデートしてくれませんか?」

 

俺のストレートな申し出に志穂さんは驚きの顔で俺を見つめる。後ろのバカ女二人はキャーキャー言って盛り上がっていた。


「嫌ですか?」

 

俺が問いかけると、志穂さんは俯いて小声で答えた。


「嫌じゃないけれど……」


「じゃあOKって事ですね⁉では日取りと場所を送りますから連絡先を教えてください」

 

志穂さんは渋々ながら連絡先の電話番号を教えてくれた。連絡先を教えてくれるという事は嫌がられてはいないと思えるのだがそれにしては志穂さんの態度が気になる。


とはいえめでたくデートの約束と連絡先情報を獲得したのだ、順風満帆であることには変わりないであろう。


俺はポジティブにそう考える事にした。


 

そしてデートの日が訪れた。待ち合わせ場所は定番中の定番、ハチ公前である。


約束の三十分前に来た俺は時計を覗き込むながら期待に胸を膨らませていた。


「遅くなってごめんなさい、思ったよりも準備に時間がかかって」

 

少し息を嫌えながら約束の時間ピッタリに姿を見せた志穂さんは緑を基調とした落ち着いた服装だった。


ファッションのことなどまるで分らない俺だが今日の志穂さんは凄く落ち着いた大人の女性に見えた。


「いえ、俺も今来たところですので。それにしても今日の志穂さんは綺麗ですね」

 

俺の言葉が意外だったのか、少し恥ずかしそうに視線を逸らす志穂さん。


「もう、会っていきなりそんな事を……昔の徹君はそんな事は言わなかったわ」


「そりゃあそうでしょう、小学生のガキがそんな事を言ったらおかしいじゃないですか」

 

〈そりゃあ、そうか〉と笑う志穂さん。その屈託のない笑顔は昔のままだ。


そんな志穂さんの一挙手一投足から目が離せない、そしてその全てが俺にとっては幸福を与えてくれるものなのである。


「それで、今日はどこに行く予定なの?」

 

昨日とは打って変わって少し楽しそうな志穂さん。その反応に少し戸惑ってしまった。


「えっ?ああ、そうですね。最初は水族館に行きたいと思っています」


「そうなんだ、実は私、水族館大好きなの」


「多分そうじゃないかと思っていまして、今日の予定に入れました」


「えっ⁉どうしてわかったの?」

 

志穂さんは少し驚いた顔でこちらを見て来た。


「昔、志穂さんはイルカの装飾品を持っていたじゃないですか。だから魚が好きなのかな?と思いまして」


「凄いね、そんな小学生の頃の記憶をもとに……さすが東大に通っている人は違うね」

 

感心気味に俺の事をマジマジと見て来る志穂さん。


今まで自分の容姿や頭脳の事を褒められても所詮親からの遺伝で受け継いだモノという認識しかなかったのでそれらを褒められてもうれしいと思った事など一度も無かった。


だが志穂さんに改めて言われると、自分が少し誇らしく思えてくるのだから不思議だ。


水族館に到着すると志穂さんは水槽の中の様々な生物を〈うわ~〉とか〈へえ~〉とか感嘆の声を漏らしながらやや興奮気味に見ていた。


「次はアレを見に行きましょう‼」

 

途中からは俺の手を引っ張り積極的に回るようになっていた。どうやって退屈させずにエスコートしようかと悩んでいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


前に萌香から〈いい、徹。デートというのは最初が肝心なの、初めてのデートがつまらなかったら女はもう二度とデートの誘いに乗ってこないわ‼〉


とレクチャーされたことがあった。だから今日の予定はネット情報などを駆使しながら凄く考えたモノだ。


〈会った際に髪型とか服装とかとにかく褒めろ〉というのも萌香の教えである。彼女には本当に申し訳ないと思うがどうやら今日は上手くいっているっぽい。



水族館を堪能した俺達は昼食の為にファミレスに入った。


「いっぱい歩いたから疲れちゃった」

 

志穂さんは背伸びをしながらそう言うと、ドリンクバーのジュースを口に運んだ。


「運動不足じゃないのですか?」


俺が何気なしに言うと志穂さんはジロリとこちらを見て来た。


「どうせ私はおばさんですからね、すぐ疲れちゃのよ‼」

 

プイっとそっぽを向いてすねるような仕草を見せる志穂さん。何というか、可愛いな。

 

そんな事を思いながら志穂さんの事をニヤニヤ見ていると、彼女は目を細め、ジト目でこちらを見て不満そうに口を開いた。


「あっ、今私の事を子供っぽいと思ったのでしょう?」

 

プウ~と頬を膨らませ怒る演出をする志穂さんは俺の知っている昔の志穂さんだった。


「別にそんなこと思っていませんよ。ただ……」


「ただ、何?」

 

志穂さんは俺の顔を覗き込むように問いかけて来た。


「いえ、店での志穂さんはまともに俺と話してくれなかったじゃないですか。だからあまり歓迎されていないのかな?とか思っていたので……」

 

志穂さんは〈何だ、その事か〉とでも言わんばかりにクスリと笑い、ジッと俺の方を見た。


「だって、私の知っている徹君は私よりずっと小さかった小学生だったのよ


それがこんなに立派になって、カッコよくなって……そんな徹君からグイグイと来られたら戸惑うのも無理は無いじゃない」


「そういうモノですか?」


「そういうモノよ。それに私、今まで男の人に誘われた事とか無かったから……」

 

どことなく陰のある言い回しだったが、俺は単なる自虐のせいだろうと判断した。


「それは今まで志穂さんの周りの男どもの見る目が無かったというだけですよ」

 

俺が志穂さんの目をまっすぐ見て言うと彼女は少しほほを赤らめてうつむいた。


「あ、有難う……それにしても徹君は随分口が上手くなったわね。誰にでもそういう事を言っているのじゃないの?」


「いえ、こんな事を言うのは志穂さんが初めてですよ」


「また、そんな嘘を……」


「嘘じゃないですよ、こんな事で嘘は付きません」


俺は真面目な口調で思いを伝えた。すると志穂さんは俺の言葉が聞こえなかったかのような仕草でもう一度背伸びをした。


「だからさ、あまりゴチャゴチャ色々な事を考えるのをやめて久々のデートを楽しもうかな?と思ったのよ。だから徹君の誘いに乗った、それだけよ」

 

志穂さんは窓の外を眺めながら〈そんなモノよ〉とでもいう口調で俺に話してくれた。


「久々のデートなのですか?」

 

俺が気になった点を質問すると、志穂さんは再びジト目でこちらを見て口を開いた。


「久々で悪かったわね。そこは掘り下げる所じゃないわよ。さっき言ったでしょ、私モテないって。あっ、今私の事を寂しい女だな、とか思ったのでしょう?」


「そんな事、思っていませんよ」

 

本心だった。久々という事は前に誰かとデートしたという事だ、俺にはその相手が気になったので聞いたのだが、志穂さんは別の意味でとらえた様だった。


「志穂さん、もう一つ聞いていいですか?」


「何?」


「志穂さんはどうしてパン屋でバイトをしていたのですか?」

 

俺の素朴な質問に志穂さんは〈ああ、その事か〉といった顔で答えてくれた。


「私ね、一旦OLとして就職したのだけれど、どうしても夢をあきらめきれなくて……」


「夢ですか?一体どんな夢なのですか?」

 

すると志穂さんは少し気恥ずかしそうに一旦間を取り、改めて話してくれた。


「私ね、昔から小学校の先生になりたかったのよ」


「小学校の先生ですか⁉志穂さんにはピッタリだと思いますよ」

 

俺がそう言うと志穂さんは嬉しそうに笑った。


「有難う、だから夜は教師になるために通信制の大学で勉強をして、昼はパン屋でバイトをしているという訳なの」

 

なるほど、そういう事だったのか。


「志穂さんは教師に向いていると思います。子供の相手とか上手ですし」


「ふふっ、そういえば初めて会った時の君はまだ子供だったものね」


「はい、俺が坂本志穂先生の初めての生徒です」

 

俺達は二人で笑った。


「二十七歳で夢とか、少し痛い女かな?とは思うけれど諦めきれなくて……」


「いいじゃないですか、今も昔も志穂さんは輝いていますよ」

 

志穂さんは少し驚いた感じでうつむくと、そのまま上目遣いでこちらを見た。


「あ、有難う……でもあまりそういう事を軽く言うのはどうかと思うわよ」


「本心で言っているので俺にとっては軽くも重くも無いのですが?」

 

すると志穂さんはワザと話題を逸らすように語り始めた。


「私ね、三つ下の弟がいて、子供の頃は私が弟の面倒を見ていたのよ。


その影響からなのかな、ふと小学校の教師になりたいって思ったの。


でもその事のウチは私を大学に入れさせるほどの余裕が無くて、仕方がなく高校を卒業して就職したの……」

 

志穂さんは昔を思い出すようにとつとつと語ってくれた。


志穂さんにとってはあまりいい思い出でもないのかもしれないが、俺にしてみれば志穂さんをもっと知る事が出来てうれしかった。


「志穂さんには弟さんがいたのですか」

 

俺が聞くと、志穂さんはため息交じりに答えてくれた。


「ええ、三つ下だから徹君の四つ上になるのかしら。でも徹君ほどしっかりしていないというか、軽いというか……


少し前までバンドをやっていて〈必ずビックになる‼〉とか言っていたみたいだけれど、ようやく身の丈を知ったのか、バンドを諦めて就職したわ」

 

ヤレヤレといった感じで話す志穂さんは正に姉の顔だった。


「そうですか、兄弟そろって夢見がちという事なのですね?」

 

俺が少しからかい気味に言うと、志穂さんはムキになって反論してきた。


「あの子と一緒にしないで‼」

 

俺を少し睨むように言葉を返す志穂さんの顔を俺はニヤニヤと見つめていた。


すると、彼女は目を細めてジッとこちらを見ながら口を開いた。


「徹君はイジワルね」

 

志穂さんのその言い回しがとてつもなく可愛かった。この何気ない会話が凄く心地良く胸に温かいモノが込み上げて来る。


心が幸福感で満たされていくのがわかった。この時間がずっと続けばいい、いや続くのではないか?そんな事を思っていたのである。



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