リスタート
色々あったが萌香と別れた翌日、俺は早速志穂さんに会いに【ウィンディ】へと足を運んだ。
開店時間は十時だったが待ちきれず九時半には店に到着してしまう。
土日などには開店前にも行列ができる事もあると聞いていたが平日である今日は誰もいない。
仕方がないので店の前で時間を潰そうかと思っていたところ、店の裏から若い女性が話す声が聞こえて来た。
何と無しに覗いてみると、そこには俺と同い年ぐらいの若い女性が二人楽しそうに話していた。
昨日の志穂さんと同じ制服を着ているところを見るとこのパン屋でバイトしている店員のようだ
開店前だというのに店の裏で話に花を咲かせる事に夢中になっている様子でどうやらさぼっている様だ。
「開店前にこんなところで喋っているとか、ウチらヤバくない?」
「別に良くない?バイト料そんなに高い訳でもないし」
何故か爆笑する女子バイト二人、今の会話の何が面白いのだろうか?
俺は不思議な気持ちで聞いていると彼女たちの話は続いた。
しかし聞いていてあまり面白い話でもなさそうだし、盗み聞きもどうかと思ったのでその場を立ち去ろうとした。その時である。
「こんなバイトで目一杯働くとか無いわ、そんなん坂本さんぐらいじゃね?」
不意に志穂さんの名前が出て来たので俺の足が思わず止まった。
「そうそう、ていうか坂本さんってマジでヤバくない⁉」
「だよね、あの人もういい年じゃん、それなのにパン屋でバイトとか、ありえなくね?」
「来ている服も何かダサいし、男っ気ゼロとかウケるわ~」
何故か志穂さんの悪口で盛り上がる二人。志穂さんに会って感情を取り戻したおかげで俺の心に熱い気持ちが沸き上がってくる。
衝動にかられ、思わずぶん殴ってやりたい気持ちになるが、そんな事をしたら志穂さんに迷惑がかかるだけなので自重した。
このクソ女どもに唯一情状酌量の余地があるとすれば、〈志穂さんに男っ気がない〉という貴重な情報を俺に提供してくれたことだけである。
「そういえばさ、昨日坂本さん客とモメたらしいよ」
「何それ⁉初耳、何があったの?」
昨日のモメ事と言えば俺と萌香との事だな。俺達が店内で騒ぎを起こしたせいで志穂さんの評判を落とすような事になってしまったのか、マズいな……
そういえばあの時にはコイツらいなかったな。どんな話になっているのだ?
俺の落ち込みとは裏腹にバカ女どもの話はさらに盛り上がっていく。
「何か昨日、若いカップルの客が来たらしいんだけれど、坂本さんが男の客に声をかけたんだって。
それで彼女の方がキレちゃって、店内で大騒ぎになったらしいよ」
「何それ⁉面白すぎるんですけど⁉でもどうして彼女がキレたの?坂本さんってあまり客とモメるとかのイメージないんだけれど?」
「私もその場にいなかったし、聞いた話だから詳しくは知らないんだけれど。
どうやら坂本さんそのカップルの男に色目を使ったみたいで、それで彼女がキレちゃって……みたいな」
「何それ、ウケるwwカップル客の男に色目使うとか、どんだけ男に飢えているのよ」
無責任な憶測でキャッキャと盛り上がるバカ女。この二人は俺に真の怒りという感情を教えてくれた。
「男がいなくて焦る女とか、惨めよね~ああはなりたくないわ」
「言えてる、私達もそんな惨めな未来を迎えないようにいい男を探しますか‼」
なぜか異常に盛り上がる二人の痴女共。こいつら自分達にも男がいないくせに志穂さんの事を馬鹿にしていたのか、本当に許せんな。
「今週末、合コンがあるのよ。その中には青山学院大学の男もいるらしいわ」
「ちょ、マジで⁉私もその合コン行きたい‼」
一人の低能女が自慢げに言うともう一人の阿保女が目を輝かせてその話に食いついた。
「ブッブー、もう店員オーバーです~」
痴れ女が両手で×マークを作るともう一人の蒙昧女はガックリと肩を落とした。
「うそ~ん。いいなあチカ」
心底うらやましそうに相手を見上げる痴呆女、相手の女の名前はチカというらしい。多分〈痴化〉と書くのだろう。
「ふふ~ん、いいでしょ。もちろん狙いは青山学院の男よ、上手くゲット出来たらチアキにも誰か紹介してあげるわ」
まだ自分も男をゲットできていないのに何故か勝ち誇る痴化。もう一人の方は恥阿奇というらしい。まあどうでもいい事だ。
その時、店の裏のドアが開いて志穂さんが顔を出す。
「もうすぐ開店よ、二人とも準備の手伝いをお願い‼」
二人の愚かな女どもは顔を見合わせクスリと笑うとニコリと微笑んで口を開いた。
「は~い」
合わせたような二人の返事だったが、どことなく誠実さに欠ける言い回しだ。
それにしてもあの二人は許せないな。何かいい手はないモノか……少し考えて俺はある行動に出た。
「いらっしゃいませ‼」
開店時間には間に合わなかったが俺が入り口の自動ドアが開くと元気のいい声が飛び込んできた。
俺は急いで買って来たバラの花を手に店内へと足を踏み入れた。
「何、あのイケメン⁉」
「凄いいい男、お近づきになるチャンスよ‼」
早速あのバカ女どもが目を輝かせて近づいてきた。計画通りではあるが本音を言えば近づかれるのも嫌なのである。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「こちらにおすすめの焼き立てチーズパンがございます」
まるで盛りの付いたメスのように近づいてきた愚か者どもには目もくれず、まっすぐ志穂さんの元へと近づくと、買って来たばかりのバラを彼女に差し出した。
「志穂さんに、これを。俺の気持ちです」
口を半開きにして茫然とする痴れ女ども。だが当の志穂さんも困惑した表情を浮かべ、俺から視線を逸らした。
「こ、困るわ、そんな物を渡されても……」
「これは単なる再会のしるしだとでも思ってください。ではパンを買いに来たので志穂さんのお勧めを教えてください」
俺は置いてあったトレーとトングを手に取り志穂さんに向かってニコリと微笑んだ。
だが俺の笑顔とは裏腹に戸惑いを隠せない様子の志穂さん。
視線を逸らしたまま何も答えてはくれなかった。すると例のバカ女どもが食い気味に割り込んできた。
「おすすめはこちらのコーナーですよ‼」
「それよりもあちらのコーナーが人気で‼」
我先にとアピールしてくる低能女どもをガン無視し、再び志穂さんへと声をかけた。
「俺は 志 穂 さ ん の おすすめが知りたいのですが」
志穂さんはまだ視線を逸らしたままだったがそれでも店の右側を指さし、ボソリとつぶやくように話してくれた。
「あそこのコーナーのパンならばおいしいと思うわ……」
俺は言われるままに志穂さんの指したコーナーへと向かった。
特に目当てのパンがあった訳でもないので適当に三つ四つ選んでとーレーに乗せる。そんな俺の姿を例のバカ女二人が見ていた。
会計のレジでは志穂さんが対応してくれた。といってもまだ視線をこちらに向けてはくれない。
志穂さんはうつむいたまま淡々とレジを打つ、その際の機械的な電子音が耳に届き合計金額が出ると志穂さんは小さな声でボソリと言った。
「870円です……」
俺は財布から千円札を取り出し志穂さんに手渡す、財布の中には小銭で870円入っていたがお釣りを渡してもらえる分だけやり取りが増えるのであえてそうした。
「またこの時間に来ます。いいですか?」
俺が尋ねると志穂さんは小さく頷いた。
「お客様として来てくれる人を断る理由は無いから……」
どうにも歯切れの悪い返事だ。多分昨日の事を気にしているのだろう。
「でもこんな時間に来て、学校の方は大丈夫なの?」
相変わらずこちらを見てはくれないが、一応俺の事を心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですよ、こんな事で単位を落としたりするようなヘマはしませんから」
俺がそう言うと横にいたバカ女の一人が食い気味に問いかけて来た。
「あ、あの‼失礼ですがどちらの大学に行ってみえるのですか⁉」
俺と志穂さんの大事な時間に割り込んでくるバカ女とは話すのも面倒だったが、ここは答えた方がいいだろう。
「東京大学です」
俺の返答に目を丸くする二人のバカ女。
「と、東大‼って、あの東大⁉」
「こんなイケメンで東大とか、超絶優良物件じゃん‼」
二人は興奮気味にこちらを見つめていた。赤の他人の事でどうしてこれほど興奮するのか意味不明だが、まあ俺にとってはどうでもいい事だ。
そんな二人とは対照的に志穂さんの表情は暗い。もじもじしながらどこか落ち着かない様子である。
「そ、それで、その……昨日の彼女さんとはどうなったの?」
やはり昨日の事を気にしていたのか。ならばはっきり言った方がいいだろう。
「別れました」
俺が答えた瞬間、志穂さんは今日初めてこちらを見た。目を大きく見開き、驚きを隠せない驚愕の表情で俺の方を見ていたのである。
「ど、どうして……」
「どうしても何も、俺が好きなのは志穂さんだからですよ」
俺は素直な気持ちを口にしただけなのだが、志穂さんはそれを否定するように首を大きく左右に振った。
「何を言っているのよ、冷静になりなさい。いい、私は徹君より七つも年上なのよ。それに七年ぶりに会ったというのにそんな事……」
志穂さんは俺が何かの気の迷いで言っていると思っている様だ。
「年齢差とか、七年ぶりとか、何か関係あるのですか?萌香と別れたのは志穂さんの事が好きだからです。
その気持ちに素直に従ったまでの事なので」
志穂さんは言葉を失い、俺の顔を見つめながら茫然としていた。
そんな俺達のやり取りを見ていたバカ女二人が思わず口を開いた。
「う、うらやましい……こんなドラマみたいな台詞、私にも言って欲しい……」
「こんなイケメンに、そんな台詞言われたら、私なら即OKなのに……」
そんな二人とは裏腹に志穂さんはどうしていいのかわからないと言った感じである。
「迷惑でしたか?」
俺が問いかけると志穂さんは再びうつむいた。
「そういう訳じゃないけれど……」
「じゃあ、また来ます。俺の気持ちは変わりませんから、覚えておいてください、では」
俺はニコリと微笑んだ後、店を後にした。




