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07. ケイト、交通事故に遭う

 王都歴2020年になり息子が2歳になった頃、ワイズの母が息子を動物園に連れて行ってくれると言ってくれた。ワイズはそれを聞いて昼休みに近くのデパートへ行ってゾウとキリンのぬいぐるみを買った。買った後で、向こうでお土産に買ってくるかもしれないなと考えた。


 ワイズは2つのぬいぐるみが入った袋を片手に家へと帰ってきた。ワイズはいつものように玄関のドアを開けると玄関は暗く、しんと静まりかえっていた。


 ワイズは伝版と呼ばれる両手サイズの通信機器を確認する。


「見慣れない番号だな⋯⋯」


 知らない番号から複数の電話があったようだ。ワイズは折り返し電話をかけてみる。


「――王立病院です⋯⋯」


 ワイズの心臓は嫌な方向に捻れたように苦しくなる。


「奥様は大変申し訳ありませんが、交通事故に遭われて人形化ザドールになりまして⋯⋯ザドールガレッジへの搬送は明日になりますので、こちらにいらっしゃいますか?」


 ワイズは自分がなんと話したのか分からなかった。家の鍵をちゃんとかけて出ていったのかも分からない。


 道路でタクシーを捕まえて病院へと向かった。


 これは現実なのだろうか⋯⋯


 ワイズはタクシーから出ると、病院の受付へと向かう。


 ワイズの血相を変えた顔に受付の女性は目を見開いて固まった。


 ワイズはなんと言ったのか分からないが、女性の方もワイズの意図を汲み取ってくれたようで地下にある部屋へと案内してくれた。


 部屋は広い空間だった。その左端にベッドがあり上には大きいシーツが掛けてある。


 女性はそのベッドの2メートルほど手前で止まるとそのベッドを手指しした。


「この部屋はオートロックになりますので、退室しましたらそのままお帰りいただけます」


 女性はそう説明すると部屋を出て行った。


 ワイズの心臓はぎゅっと縮まったように苦しい。


 一歩一歩近づくとベッドに盛り上がるシーツの凹凸を眺めていた。震える右手を上げるとシーツをそっとめくってみる。


 ワイズの心臓は獣に握りつぶされたかのように痛い⋯⋯息が出来ない⋯⋯


「ケイト⋯⋯ケイト⋯⋯」


 まさか自分の妻が人形化ザドールになるとは思っていなかった⋯⋯


 ワイズはそっとケイトの頬に触れる。



 ケイトは目を覚まさない



 ワイズはその時初めて『人形化ザドール』と言う言葉の意味を体感した。


 人形のようになったケイトを優しく抱きしめる⋯⋯


 ワイズの目から熱いものが流れ出る。


 次第にケイトを抱く手が震え始めた⋯⋯


 そこでワイズは目を意識を持っていった。


『7850』


 まだ転生ポイントは転生が出来る10000ポイント貯まっていなかった⋯⋯


 ワイズは自分を責めた、なぜ隣にいなかったんだ


 なぜケイトじゃなきゃいけなかったんだ⋯⋯


 その思いは頭の中をぐるぐると駆け巡った。



 ■



 玄関のインターホンを押した。


 少し間があって鍵の開く音がすると玄関が開いた。


 初老の女性は相手の姿を見て目を少し大きくしたが、静かにこう言った。


「オリバーはもう寝ちゃったわ。あなたも今日くらい1人でゆっくりしなさい。明日迎えに来てくれたらいいから」


 ワイズは目を伏せがちに俯いている。手を上げるとそのまま目頭を押さえた。


「母さん、ありがとう⋯⋯」


「ケイトさんのことは本当に残念だったわ。病院でケイトさんの姿を私たちも見に行ったけど、あなたは私たちに気が付かなかったわね。床に落ちていたゾウとキリンのぬいぐるみは持って帰ってきたわよ。オリバーが枕の横に並べて寝ちゃったの」


 ワイズは言葉を絞り出す。


「⋯⋯ごめん」


「いいの。それほど大切だったんでしょう。でもオリバーはまだ2歳よ。明日は前を向いて迎えに来てちょうだい」


 ワイズは母に頭を深く下げると母の家に息子を置いて家に帰ってきた。



 ――――――



 次の日、ワイズは初めて無断欠勤した。



 ワイズはこの先何のために生きていこうかと考えていた。


 思い足取りで洗面所に向かった。鏡に映った自分はひどい顔をしていた。


 蛇口から勢いよく水を出すと飛び散る水にも気にせず勢いよく顔に水をかけた。


 そしてタオルに手をかける。


 そのタオルで顔を拭く。


 あ⋯⋯これもケイトが用意してくれていたんだな⋯⋯


 お風呂の扉を開ける


 綺麗に洗われて水切りで水を切った汚れのないお風呂場が目に入る。


 それを見て顔を歪めながらワイズはキッチンへと移動する。いつもケイトが使っているキッチンはまな板も立てられている。


 おそらく買い物に出掛けて交通事故に遭ったのだろう。


 冷蔵庫を開ける。


 一昨日の残り物のタッパーを見つける。そのフタにはマスキングテープで“作った日”と“賞味期限”が手書きされていた。


 ワイズはそのフタを開ける。


 引き出しを開けると、スプーンを取り出して食べてみる。


 それはワイズの好きなの里芋とイカの煮物だった。


 ワイズの目からは涙が溢れてきた。


 これがケイトの最後の料理だと分かっていた。


 最後の一口を味がしなくなるまで口の中で味わった。


 息を大きく吸い長く吐いていく⋯⋯


 何気なく視線を動かすと開いている引き出しには、息子が練習に使っている小さな握りやすいスプーンとフォークが入っていた。


 ワイズは震える手でオリバーの練習用のスプーンを握り顔の前で見続けている。ワイズは目を強くつぶると頭を左右に何度も振った。


(そうだ、俺にはオリバーがいるんだ。もっと胸の張れる仕事がしたい⋯⋯)



 ■



 玄関のインターホンを押した。


 少し間があって鍵の開く音がすると玄関が開いた。


 初老の女性は相手の姿を見て優しく微笑んだ。


「ひどい顔」

「開口一番にそれか」


 ワイズはそう言いながらも力なく微笑んだ。

 母はワイズを家の中へ入れるとオリバーを探しに行った。少しすると丸い目が可愛いオリバーがひょっこりワイズの元へ顔を出した。


「パパ」


 オリバーはワイズを見ると顔を両手で隠した。両手をぱっと離す。


「いないいない⋯⋯ばぁ!」


 息子なりにワイズを元気づけているのだろうか。ワイズはそれを見て目を潤ませながら息子を強く抱きしめた。


 その後2人を見送る母はこう残した。


「私の寿命までは転生しないから、いつでも頼りなさい」

「母さん、本当にありがとう」


「あーとう」


 ワイズと母は驚いたようにオリバーを見た。



 俯いてはいられない。

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