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04. グレイブ、最大の転機

 ――年月は穏やかに過ぎていく。


 グレイブは包丁研ぎの仕事を増やした。稼ぎが増えた分でミッシェルと色んな所に行きたいと思ったからだ。ミッシェルは嬉しそうな顔をして旅行パンフレットのページをめくっていた。


 普段は見られない自然の壮大な景色やその地域に根差した不思議な食べ物を食べたり、写真を撮ってお土産を買ったり楽しい時間も流れていく。


 グレイブとミッシェルの家の玄関やリビングに飾ってある写真がどんどん増えていく⋯⋯。


 今日は晴れた心地の良い天気だったので公園に散歩に来ていた。しばらく歩いていたので休憩しようと思い、カフェに行こうと言う話になった。


 公園の向かいにあるカフェだ。そして公園の出入口からグレイブたちが出ようとするとグレイブの足元を何かが転がる。


 グレイブは視界の端に転がる黄色の何かを捉えた。黄色のゴムボールはころころと転がり、グレイブを追い越していく


 公園の外の歩道の先には道路がある。


「待ってー」


 高く拙い声がグレイブの耳に届いた。男の子が横を通り過ぎていく。


 グレイブの中にある想いが身体を支配する。


 その男の子がこの先の人生で転生すると分かっていても、”僕たちみたいに悩んで苦労して欲しくて欲しくて”⋯⋯ようやく授かった大事な子どもかもしれない。


 グレイブはその想いが熱く煮えたぎり一歩前へと進む。ミッシェルはグレイブが聞こえていないとかと思って、同じことを言ったが返答はなかった。


 そこでようやくミッシェルはグレイブの異変に気がついた。


 グレイブがまた一歩進んでいく。ミッシェルはグレイブの横を通りすぎていった男の子を見送る。


(僕は何をやっているんだ)


 グレイブはもう一歩進む。グレイブは男の子の方に近づいていく。


(僕はこのまま男の子を無視して、ミッシェルのところに戻ればいいだろう!)


 グレイブの中にある想いは二分する。


 ミッシェルはグレイブの方に手を伸ばした。グレイブの服を掴もうとしている。ミッシェルは手を握る。だが、指にはグレイブの服は引っかからなかった。ミッシェルの指は空振りのまま空を握る。


 ボールと男の子は歩道から道路へと出ようとする。そこへグレイブは膝を曲げ一気に踏み込んだ。


 グレイブは右手を男の子へと伸ばす。


 ミッシェルは右奥からトラックがグレイブの方へ近づいているのが見えた。目を見開いて、ミッシェルは叫ぶ。


 グレイブの耳にミッシェルの叫び声が届いた。視界の端にトラックを確認する。


 トラックはブレーキを踏み始めた。


 それと同時にグレイブは歩道から車道へ出た男の子の隣に並ぶ。グレイブは伸ばした右手を男の子の方へ回す。


(なんで僕は男の子を助けようとしたんだ⋯⋯まだ、僕はミッシェルと歩みたい人生が残っているんだ⋯⋯)


 男の子を助けたい想いとミッシェルとこれからも生きたい想いは、グレイブの心を二つに分かつ。


 トラックが重たい音だんだん高いけたたましい音に変わる。ブレーキを強く踏み込んでいるようだ。


 ミッシェルはグレイブの方を見て叫び続けている。グレイブにはなんと叫んでいるのか分からない。


 グレイブは強く男の子を抱きしめた。


 グレイブたちに子どもが出来て、同じ目に遭いそうになっていたらグレイブは同じことをするだろう。そう思ったら身体が勝手に動いていたんだ。


 トラックの気配が真横にある。


――――――――


 結婚してしばらくした後、ミッシェルは緊張した面持ちでこう切り出した。


「子どもが欲しい」


 僕はまた驚いた。転生ポイントが溜まれば転生出来る世界だ。なのに聞いただけでも大変であろうと分かる、”子どもが欲しい”と言ったんだ。


 グレイブたちは子どもを授かろうとした。だが、意外と出来ないものだ。


 1年が過ぎて病院に通い始める。


 病院に通い始めたならすぐに出来るだろう。2人は楽観的に考えていた。


 1回目⋯⋯


 2回目⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯3回目⋯⋯⋯⋯


 ミッシェルは回数を重ねるごとに涙が増えた。そしてグレイブはミッシェルを抱きしめることしか出来なかった。


 なぜ出来ないんだ。子どもってそんなに出来るのが難しいことなのか⋯⋯


 グレイブはそのあと本屋に行って何冊も関連本を探した。情報を集めた。


 それでも出来ない


 グレイブは辛抱強くミッシェルを励ました。リハビリで頑張ったミッシェルにはこれからもっといい人生がある、と。


 それを聞いたミッシェルは泣いていた。


 それでも病院を訪れるたびに医者は残念そうに首を横に振った。


 その度にグレイブはミッシェルを強く抱きしめた。


 そしてようやくミッシェルは子どものいない現実を受け止め前を向いて進み始めたのだ。


 その隣をグレイブは歩いていく。


 これからもっと、かけがえのない瞬間がたくさんあったはずだ⋯⋯

 ようやく、ようやくかけがえのない人生だと分かり始めてきたのに⋯⋯


――――――――


 グレイブは男の子を強く抱きしめながら、心の中では大声で叫んでいた。


 ⋯⋯嫌だ!⋯⋯僕は死にたくない⋯⋯


 君ともっと色んな話をしてたくさんの経験をして、

 おじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩きたかった。


 僕は君ともっと――――



 グレイブはトラックの正面の固い金属に身体が当たるのを感じた。



 僕はそこで意識が途切れた



 ■



 見慣れない天井が見える。


 これが死ぬということなのだろうか⋯⋯。


「ん⋯⋯」


 グレイブは身動みじろぎをした。すると目の前にミッシェルの顔が見えた。


 ミッシェルはグレイブを見ると顔を歪めてグレイブの胸に顔を擦り付けた。


「あぁ⋯⋯良かった⋯⋯」


 グレイブはそっとミッシェルの背中を優しく撫でた。


 それが落ち着くとミッシェルはグレイブに黄色のハンカチを渡してきた。


 グレイブはそれを受け取りながら見ていた。


「前世の王国ではフォーチュンデーっていう日があって国中にこの黄色のハンカチを結ぶの。国中が幸運になりますようにっていうおまじないみたいなものよ。そしてその日は黄色のハンカチを大切な人に渡すの⋯⋯幸運を運ぶハンカチ。これからはこのハンカチがあなたを守ってくれるわ。だから⋯⋯グレイブ⋯⋯もうどこにも行かないで⋯⋯」


 ミッシェルはグレイブにぎゅっと抱きついた。グレイブも抱きしめ返した。


「僕は⋯⋯あの子が僕たちみたいに切望して授かった子だったらって思って身体が勝手に動いたんだ。でも⋯⋯死を直面して⋯⋯死にたくないって、君とまだ生きたいって思ったんだ。ずっと隣にいて欲しい⋯⋯」


 長い間2人は抱きしめ合っていた。

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