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32. 最終回 グレイブの幸せな人生

 グレイブは朝1階のミッシェルがいる管理部門に来ていた。ミッシェルの姿を見つけると声をかける。


「ミッシェル、休みを取るのは来週の月曜日でいいんだよな?」


 ミッシェルはそれを聞いてグレイブに近づいていく。


「そうよ、有給休暇の申請を忘れないでね」


 そう話していると同じ管理部門の女の子がミッシェルに聞いた。


「何かあるんですか?」


 グレイブはちらりとミッシェルを見ている。ミッシェルの頬はぱっと赤くなった。急に居心地が悪くなったように手を頬につけている。


「その日じゃないんだけど⋯⋯土曜日に歌のど自慢に出ることになったの」


 グレイブはミッシェルとその女の子のやり取りを静かに見ている。


(ミッシェルは歌うことを言えるようになったんだな。良かった⋯⋯)


 女の子は後ろに一歩引きながら大声を出した。


「歌のど自慢? ⋯⋯あっ大きな声が出ちゃいました。すごいじゃないですか! 私もミッシェルさんが歌うことろ見に行きたいです!」


 女の子が騒ぎ始めると、デスクで仕事をしていた管理部門の人が、ちらほら近づいてくる。各々「何の話?」「歌のど自慢?」と聞きながら会話の輪が広がる。


 ミッシェルは、今でも歌を歌うのが好きだった。僕の前ではいつもマイクを持ちながら楽しそうに歌っていたのだ。


 昨日青ざめた顔をしてスーパーで買ったお弁当を出してきたのでグレイブはびっくりした。料理が好きな彼女が出来合いの物を買ってくるなんて、それに顔色も悪いように見える。


 グレイブは心配して訊ねてみると、「歌のど自慢に参加できることが決まった」と伝えてきた。歌のど自慢は歌の大会だが、順位はない。鐘の回数だけなのだ。


 グレイブはその報せを聞いた後、興奮していた大騒ぎしてしまったのだ。


 たが、手の前では同じ管理部門の人たちとはしゃいでいる。そこにワイズが通りかかった。


「なんだか楽しそうな話をしているのかな? 私も聞いていい話かな?」


 ワイズは様子を伺いながら一歩踏み出そうか迷っている。それを見たミッシェルが声を上げた。


「ワイズさん! ワイズさんも来てくれるんですか? 私、歌のど自慢に出るんです」

「それはおめでとう! 歌のど自慢はいつなのかな?」


 大会には会社の管理部門のメンバーや社長たちとグレイブが応援に来てくれることになった。


 グレイブは会社の皆に頭を下げた。社長は嬉しそうに笑いながらグレイブの背中を叩いてくる。他の皆も少し照れながら笑っていた。管理部門の有志の中でも若い女の子がうちわを用意してきてくれた。


 そこでグレイブは大会前日にマイクの首元に黄色のハンカチを結んだマイクを渡した。


「いつもの君が1番素敵だ。もしマイクの持ち込みが大丈夫ならいいんだけど⋯⋯駄目だったらハンカチだけ持っていって」


 ミッシェルは嬉しそうにマイクを受け取った。


「ありがとう、あなたが近くにいるようだわ」


 ミッシェルはグレイブから受け取ったマイクを嬉しそうに眺めていた。


 歌のど自慢ではミッシェルの順番は終わりの方だった。


 大きい公園の野外ステージで、審査員が4人座っている。その人たちは著名人で順繰りに評価して鐘がいくつかを決めている。


 鐘が1つで肩を落とす人、鐘が2つで苦笑いする人、鐘が3つで鐘が流れるようになり大喜びする人、いろんな人の歌が終わった。


 ミッシェルの名前が呼ばれる。身体がカチコチになりながらグレイブが渡した黄色のハンカチが結ばれたマイクを握りしめている。


 司会者が軽快なタッチでミッシェルを紹介すると、ミッシェルは緊張で上手く言葉を返せなかった。


 そこで司会者は応援に来ているグレイブたちを手指しして会場を盛り上げる。


 歌う曲はグレイブがいつも聴いている曲だ。


 最初こそ少し声がうわずったが調子が出てきたようだ。声が伸びていく。サビにかかるといつもの調子になった。


 彼女の姿に緊張が薄らいでいくように見える。歌の楽しさを体現するかのように彼女の身体から歌を音に乗せていく。


 審査員には興味を示さないのか腕組みをしたり、頬杖をついたりしている人もいる。


 歌が終わるとミッシェルは頬を上気させて深々と頭を下げた。


 司会者は審査員の順番を確認して、少し躊躇しているように見えた。


 そして司会者は審査員の名前を呼んだ。


 音楽界の大御所で強面の男の人だった。はっきり言ってミッシェルには歌の技術があるわけではなかった。


 ほんの僅かな時間だったが、長い間沈黙が流れたかのようにミッシェルもグレイブも感じた。


 その男は固く閉じた口をゆっくりと開いた。


「まぁ、いいんじゃないの? 味があって俺は好きだけどな。それって鐘3つ鳴らしていいの?」


 司会者は一瞬固まったが大きく頭を上下に振っていた。


 他の審査員が目を丸くしてその大御所を見た。


 鐘が大きくなった。


 それが歌の上手さではなく、大御所の気まぐれと言われようが、グレイブには嬉しかった。


 グレイブは思わず立ち上がって階段を駆け下り、ステージに勢いよく上がるとミッシェルを抱き上げた。


 その写真は次の日、地域新聞に載った。グレイブはその写真をもらうと写真立てに飾って玄関の1番見えるところに置いた。


 意外なことにその後、地方のイベントにもミッシェルは呼ばれるようになった。


 ミッシェルはとても嬉しそうだった。


 そしてグレイブのいるニューメタル部門の衝撃緩和素材“ネオニーザ”が特許を取り魔道具化した。それは宇宙開発の部品素材にも選ばれたので、会社はメディアに取り上げられた。


 社長の両隣に並ぶグレイブとオリバーの写真が会社のHPホームページの1番目立つところに掲載された。


 グレイブはそのHPホームページに掲載されている写真を、写真立てに入れるとリビングに飾った。玄関からリビングまでたくさんの写真を飾っている。


 玄関を入るとミッシェルと結婚したときの写真が1番に目に入ってくる。笑顔のまぶしい彼女は茶色の髪をまとめている。その隣にはワックスで整えられた黒い髪にタキシードの自分が同じような笑顔で映っている。


 旅行に行ったときの写真もある。海や魔山、花で埋め尽くされた丘やきらびやかなホテル、文化遺産や自然遺産――


 包丁を納入しに王室に行ったときの写真


 歌のど自慢のミッシェルを抱き上げているグレイブを撮った写真


 それでもグレイブが1番好きな写真はリビングの壁に大きく飾っている、2人がただベンチに座って手をつないでいる写真だ。



 ■



 そうして時は穏やかに優しく過ぎていき、頭はグレーに変わり皺が顔や手にも刻まれた歳になっても2人は手を繋いで公園を歩いた。


 ベンチに腰掛けるとグレイブはミッシェルを見る。


「愛しいミッシェル、いつもありがとう。人生って何度でもくるものだって思っていたけど、終わりがくるって分かってからの方が充実した人生だった。この人生はどんな人生よりもかけがえのない瞬間ばかりだった。楽しい時も悲しい時も大変な時も嬉しい時も、隣に居続けてくれてありがとう。いつまでもずっとそばに居てほしい。⋯⋯また君の歌を聴かせてくれないか?」


「大好きなグレイブ、私の人生を明るく照らしてくれてありがとう。あなたがいたから歩けるようになったし、大好きだった歌をこんなに堂々と歌えるようになったの。今が1番大事よ⋯⋯。えぇ、いつまでも私の歌を聴いて⋯⋯」


 風とともに一緒に舞いながら優しく包むミッシェルの歌が心地よくて、時に盛り上がる旋律に心が温かくなるのを感じ、グレイブはミッシェルの手を強く握り続けた。


 ずっと⋯⋯


 ずっと⋯⋯⋯⋯

ここまでお読みいただきありがとうございました!短編から始まったことお話が頭の中でどんどん広がって、いろいろなキャラクターを描くことが出来ました。


誤字・脱字等ありましたらご連絡お願いいたします!

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