31. 宇宙へ希望を飛ばせ
スグロは顔を歪めた。
「もしかすると事故の可能性もあるぞ。ここから走って行け!」
『そこからずっと真っすぐ行くと2号線よ』
スグロはグレイブの背中を乱暴に叩いた。
「いった⋯⋯スグロさん馬鹿力」
「なにぃ?」
オリバーはスグロに手を伸ばしている。スグロはそれを見ると自分の手を伸ばして固く握った。
「オリバー、必ず勝ち取れ!」
「はい!」
2人は車から下りると走り始めた。2号線が見えてきたがオリバーはしきりに後ろを確認している。グレイブが遅れ始めたのだ。
『オリバー、偽レオンのタクシーはすぐ近くよ。マルクがあなた達の姿が見えるって言ってるわ!』
「ぐっ⋯⋯はぁ⋯⋯40の身体には堪える⋯⋯オリバー⋯⋯先に行け。お前に全てを託す」
オリバーの目が左右に揺れる。
グレイブは手を上げると希望とともにオリバーの背中をありったけ押した。
「うわっ⋯⋯必ず先にたどり着きます!」
「頼んだ⋯⋯ぞ!」
オリバーはぐんぐん前へと進んでいく。斜め前に黒いタクシーがいたので覗いてみると、後部座席に2人乗っていた。
スピアにそれを聞くと、そのタクシーが偽レオンだと言った。
『オリバー、2号線に合流したら2ブロック先を右よ。その後大通りに出たら斜め左』
「分かった」
オリバーは息が上がり始めたが、不思議と足は軽い。2ブロック先を右へ曲がると大きな通りへと出た。大通りまでは少し距離がある。
少しずつ足が重たくなる。気持ちでは前へ前へと進んでいるのに中々身体がついていかない。大通りに出るとちょうど信号が青だったのでそのまま渡る。
黒いタクシーは赤信号で止まっていた。
(よし、この調子で先にたどり着くぞ)
斜め左の道へと入る。少し狭い道だった。
『そのまま大きな通りに出たら道路の向かいにある大きな建物が特許庁よ。私が目の前に立っているわ』
「はぁはぁ⋯⋯分かった」
そしてオリバーは伝版をポケットにしまうと走ることに集中する。
(苦しい⋯⋯急に肺が苦しくなってきた⋯⋯足も⋯⋯靴が鉛のように重く感じる)
オリバーは息が苦しくで顔を左右に振ってしまう。
(でも⋯⋯皆の希望を絶対に繋げるんだ!)
細い道の目の前に横に走る大きな道路が見えてきた。だが、歩行者用信号は赤だ。信号が青になるのを待っていると道路の向かい側に黒いタクシーが止まった。
それを見てオリバーの胸は痛いほど飛び上がった。オリバーは足踏みをし始めた。
「オリバー!」
オリバーが顔を上げると、向かいの歩道にぴょんぴょんと跳ねているスピアの姿が見える。
歩行者用信号は青に変わった。オリバーは飛び出した。
黒いタクシーからはまだ人が出てきていない。
(良かった、料金を精算しているのかな?)
オリバーが向かいの歩道に踏み入れるとタクシーの扉が開いたのをオリバーは見た。
スピアがオリバーの背中を押した。
「もう少しよ。あなたが1番!」
「ありがとう、スピア!」
オリバーは特許庁の自動ドアをくぐった――。
■
オリバーはグレイブと一緒に父とスグロの元へ訪れていた。先ほど2人が提出した特許出願が思って特許権が登録された知らせが入ったのだ。
それを聞いた父の目はどことなく潤んでいる。スグロはちらりと父を見たが見て見ぬフリをしたようだ。そしてスグロは大きな口を開けた。
「グレイブとオリバー、特許おめでとう! そして我が社への多大な貢献ありがとう! すごいぞ!」
オリバーはグレイブと見合って笑った。オリバーは特許が取れたら、言おうと思っていたことがあった。
「特許が取れたら言おうと思っていたんです。特許の取れた製品を宇宙関連素材にする入札に参加しませんか?」
スグロは父を見ながらこう聞いた。
「入札について必要な資料、手続き等情報を集めてくれないか?」
それを聞いた父はオリバーを覗き込んだ。
「オリバー出来るかい?」
「やらせて下さい!」
オリバーはやる気満々で力の入った返事をした。グレイブはオリバーを覗いてきた。
「やりたいことを見つかったんだな」
「はい、俺が主導で動いてもいいですか?」
「もちろんだ!」
オリバーはそれから忙しい日々が続いた。今募集がかかっている入札へ向けて早く準備をして会議で審議をかけてもらわなくてはならない。
オリバーは自分で仕事が出来る充実感があった。それは大変な事もあるが自分で注いだ努力が形になるのだ。
準備は着々と進んでいく。会議にもかけてもらい入札の申し込みも完了した。
(俺にはまだやることがある)
オリバーはスグロの部屋に来ていた。スグロは探るようにオリバーを見ている。
「今回の入札は俺が説明をしたいんです。説明資料や実際のプレゼンテーションの指導をしていただきたいのですが、スグロさんが得意と聞きまして⋯⋯いかがでしょうか?」
それを聞いたスグロは口元を手で隠した。
「そんなの、協力するに決まっているだろう!」
「ありがとうございます!」
オリバーはいつも自信のない自分に嫌気がさしていた。周りで輝くように素敵な人と肩を並べられるとは思っていなかった。
自分の出来ることなんてちっぽけなものだ。人から言われたことをやっておけば良い。皆が良いと言うことをやっておけば良い。
そんな時、自分の心の内を正面から見せてくれる人が居て、欲が出た。自分を分かってほしい。誰かにこの胸の中にずしんと重たく居座る記憶を聞いてほしい。
それを聞いて共に仕事をしてくれた。全力でやるんだと体現してくれた大先輩のグレイブからようやく言われるようになった。
「オリバー、俺たちの想いを繋いでくれ。君に託す。宇宙へ希望を飛ばしてくれ」
「グレイブさん、俺掴んできますよ」
もう自信が無いと目を滲ませた自分は居ない。自信満々無わけではないが、自信が無い自分と寄り添えるようになったのだ。
もう一人じゃない。
「ニューマテリアルテック株式会社さん、中へどうぞ」
「はい」
オリバーは鞄を手に持つと、宇宙の星の上に立つ宇宙飛行士を想像しながらゆっくりと入札会場へ一歩一歩足を踏み出した――。




