29. グレイブの包丁
次の日、オリバーさ早速仕事に取り掛かった。素材の組み合わせの記録を見る。名前や素材の配合比率、重さ状態の詳細な観察、テスト内容など細かく書かれているのだが、その試検日の天気や温度なども書いてある。
ここ1年のものは湿度まで書いてある。この会社で行った試検したものなのだろう。ここまで細かいとデータとしても揺らぎが少なくて説得力がある。
一方、父さんのデータは天気や、温度のようなものは一切ない。その代わりに魔石の状態が詳細に書かれている。そして取れた場所が書いてあるのもある。
以前自分が渡したクズ魔石の情報は100ページくらいあった。これは衝撃緩和素材の大事な定着剤なので、細かい情報が載っている。
そのお互いの良いところをこれからの記録へ反映させていきたい。その願いを込めた1案も混ぜた。
父の部屋にオリバー、父、スグロ、グレイブの4人で集まった。オリバーは印刷した紙をデスクへ広げた。オリバーは5案作ったので、それを1つずつ説明したのだ。その説明が終わるとこう付け加えた。
「ちなみにメインの表示方法が決まれば、先ほど説明した5案すべての見え方は可能です。項目ごとにコードを採番して集計できるようにしておけば色んな分類で見ることが出来ます。グラフや傾向もすぐに分かります」
それを聞いたスグロはため息をついた。
「ワイズ、お前の息子も天才だな。俺たちが解決できない分野だから、かなり助かるな」
父は大きく頷いて満足そうにしている。グレイブもオリバーに笑いかけて来た。オリバーは最後にガラス細工を扱うような手つきで1枚の紙を取り出すと皆の前へそっと置いた。
「これは父とグレイブさんのデータを見比べて自分が良いなと思った項目を入れる案を作って見ました」
その紙を見た3人は「これで決定だな」と声を揃えた。
オリバーはそれからグレイブの記録をまとめることを最優先に作業を進めた。
オリバーはそれ以外にも提案したことがあった。それはこのデータをそれぞれの括りとして管理し、そのデータ毎に権限付与の度合いを変えられるようにした。
それ以外にも、例えば父とグレイブのデータの両方の閲覧権を持つ人は両方のデータから情報を組み合わせられるようにする仕組みを作った。
そうすることによって様々な素材開発の部門があるが、その部門を横断して素材、魔石の分析を見ることが出来るようになった。
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オリバーが分類したグレイブの記録はとても見やすいものだった。グレイブは3年ほど試したある日、オリバーにこう結論づけた。
「包丁の切れ味は真ん中の刃が如何に鋭いかだ。しかしそれを支える外側も衝撃を分散できるように真ん中の刃の角度から流れるような角度にしなければならないんだ」
効果付与の魔石―効果減少魔石や効果反射魔石だけでなくニアリーゼロの部分的使用、比率を変えたいくつもの配合も試したが、強度が増したり劣化が遅くかったりはするが刃が丸くなった時に研ぎが必要になる。
「どんなに硬くしても毎日何度も受ける衝撃には少しずつ刃が欠けてしまう。刃が1番切れる状態を保つには、今のところ毎日研ぐことが必要なんだ。その研ぎの感覚が変わってしまう。そうすると1番良い状態にできない可能性が高いな。
それならいっそ包丁には効果付与しないほうがいい」
オリバーはある好奇心が湧いた。
「グレイブさんの研ぎを見てみたいのですが⋯⋯」
「明日準備してくるよ」
次の日、給湯室でグレイブは研ぎを見せてくれると言った。トレイに水を張ってレンガのような形の石を3つ入れた。
「これは砥石と言ってこれに刃の部分を擦り付けて研ぐんだ。これが荒砥石、こっちが中砥石、最後に仕上げ砥石だ。砥石の状態を整えるから、午後に研いでもいいかな?」
午後にグレイブに呼ばれたオリバーはグレイブの職人の手つきを凝視していた。聞き慣れない甲高くざらざらとした研ぎの音が給湯室に響く。
給湯室は狭いのでオリバーはグレイブの邪魔にならない様に少し離れて見る。グレイブは時折刃の様子を見るのに包丁を上げた。
グレイブが動きを止めるとプチトマトが出てきた。グレイブがトマトを2回切るとらレントゲンで撮られたように透き通った半紙のように薄いトマトになった。
オリバーは心が熱くなった。
(俺もあんな風になりたい)
「グレイブさん、格好良いです!」
グレイブは目を丸くした。そして頬が熱くなったようで顔をオリバーから反らした。
「ありがとう⋯⋯そんな風に言われたのは、初めてだよ」
オリバーはそのまま見続けていると、グレイブの口角が上がっているのが見えた。
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グレイブはまな板の方に目をつける。こちらに効果減少魔石と効果持続魔石を入れるほうがいいのかもしれない。
効果減少が強すぎても、食材が適切に切れなければ意味がない。効果反射は少しだけ入れる方が良さそうだった。効果持続魔石は有用性が高いため、魔石が高価だった。まな板の表面に薄く塗って試してみることにした。
オリバーはグレイブの試作の様子をいつも眺めていた。グレイブは納得のいくものが出来たようで今度はキャベツの千切りを見せてくれた。まな板の上で包丁が上下するとトントンという木の音が何度も聞こえた。
その音を聞いてグレイブは口を緩めたのだった。
その何日かするとグレイブはその試作品をどこかへ納入すると言っていた。包丁とまな板だ。包丁は既存の物とほとんど変わらない。少し耐水と強度を上げただけのシンプルなものだった。
オリバーは荷物持ちに立候補したのだ。オリバーは大きめのリュックに入れたが入らない分もある。残りは紙袋に入れてグレイブの後ろをついて行った。
魔道機関車に乗り込んで何駅かすると乗り換えた。目的の駅に着くとオリバーは眉をひそめた。
「グレイブさん、この駅ですか?」
「あぁ、顧客はお金持ちの人しかいないからね」
グレイブは笑いながら歩き始めた。3分程で駅直結のビルの入り口についた。タワーマンションだ。
そこで立ち止まってオリバーはもう1度聞いた。
「グレイブさん、本当にここですか?」
「ここだよ、何度も来ているから間違えることはないよ」
オリバーはある予想が頭を支配した。
(ここまで来ると、絶対そうだよな⋯⋯?)
グレイブは入り口の機械でその顧客を呼び出して話しているようだ。それが終わると入り口が開いてマンションの中へと入った。オリバーはそこから一言も話さなかった。
エレベーターに入ると、グレイブが最上階を押す。そして最上階に着くと、ドアの前まで歩いてきた。
インターホンを押しながらグレイブはオリバーの方を見て、「オリバー、とてもいい人だから緊張することはないよ」と言った。
玄関のドアが開くと、中から出てきた上品な婦人は「あっ」と短く声を上げた。
「あら、オリバーくん」
「スピアのお母様、お久しぶりです」
グレイブは目を見開いて2人を交互に見た。驚いているグレイブを気にかけてはいられない。
オリバーも心から驚いていたのだ。
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それからしばらくしてオリバーは電話をとった。
「はい、ニューマテリアルテック株式会社、ニューメタル部でございます⋯⋯はい⋯⋯あっメタル部も同じ者が受け持っておりまして⋯⋯はい、グレイブでございますか? ⋯⋯少々お待ち下さい」
オリバーは目を丸くして顔を上げると席を離れて歩いていくグレイブの姿が見えた。
「グレイブさん、王室の管理部門からお電話です!」
オリバーはついつい声を大きくした。その声にグレイブはすぐに振り返ると、慌てて戻って来て電話をとった。
電話が終わるとグレイブは放心したように脱力していた。
オリバーの胸の高鳴りは押されられない。オリバーはグレイブを見続けた。グレイブは手を頭の後ろに回してオリバーをちらりと見た。
「この前のご婦人⋯⋯オリバーの奥さんのお母様が王室の方と知り合いなんだそうだ。この前渡した包丁とまな板を渡したみたいで、王室が正式に使いたいって言われた!」
「グレイブさんやりましたね!」
「⋯⋯オリバー悪い!」
グレイブはそう言い残すといきなり走り出した。オリバーはその少し後を追っていく。迷わず非常階段を選択した。グレイブは1階まで下りると部屋の奥を見ながら頭を左右に振って誰かを探している。
そしてグレイブの動きが止まると大声を出した。
「ミッシェル! 僕の作った包丁が王室に納入されることが決まったよ!!」
ミッシェルはその知らせを聞くとはっと息をのみ両手で口元と隠した後、両手を広げてグレイブに抱きついた。
「グレイブ、おめでとう! あなたの夢が叶ったのね!」
「あぁ、夢が1つ叶ったよ」
グレイブは眩しいほどの満面の笑顔でミッシェルを抱きしめている。それを見たオリバーは小さくガッツポーズをした。




