26. 陰の功労者
スピアが頼んだ印象操作の記事が掲載された。その記事はしっかり3点を含んでいる。
【子会社の株を多く保有しているほど、親会社は子会社にしがみついていると思われる】
【関係が良好であれば、子会社の株保有率は高くなくてもいい】
【連結決算で利益が出ていても、親会社単体で赤字のところは不調だ】
スピアはそれを読んで満足そうに笑顔になった。後は協力者がタイミングを見て、その記をイノテックの各取締役にそれとなく促してもらえれば良いのだ。
それから、イノテックにはスピアの父が頻繁に出るのはあからさまだったので、マルクに接触してもらうことにした。スピアの父の伝言と称した言葉をたまに伝えるとイノテックの社長は相好を崩したと、マルクから報告をもらっている。
スピアの見立てではあと5年以内にイノテックは大赤字を出す。そのタイミングに材料を集約させてイノテックに攻め込み“魔道半導体”部門とその優秀な技術者を買収という形でグローリアホールディングスの関連会社へ買収し移管させる。そして、ニューテック株の保有率を下げるという流れだ。
そのタイミングを判断するのをスピア自身が行いたいと主張した。それに則って父からニューテックに伝えたもらい、その年にすべてを行う、そういう計画を立てた。
そこでスピアは1つ付け加えた。
「お父様、イノテックからニューテックへ出向取締役できたアリソンという方なんですが、おそらく優秀です。メディアディスプレイ部門の黄金期に小型魔道具製品向けのディスプレイを提案しているんですの。そして自分自身も小型魔道具部門へ異動しているわ。
でも惜しいことにイノテックからの出向取締役なのでニューテックにはおいておけませんの。“魔道半導体”部門の買収時に一緒に来てもらいたいのですが、マルクに動いてもらってもいいでしょうか?」
「詳しく聞かせてくれるかい? 話によってはマルクと私の2人でやろう。イノテックの優秀な社員は出来るだけ連れて行きたい」
「お父様、今回は難しいですが、小型魔道具部門も結構いいですよ」
「なら長期戦と行こうか」
それを聞いたスピアはにっこりと笑みを返した。
(さすがは私のお父様だわ。話がとても良くわかるわ)
スピアは毎月イノテックの社外取締役をしている父から資料を見せてもらっている。いや、そう言っては誤解が生じる。父がリビングに置き忘れた資料をスピアが勝手に読んでいるのだ。
スピアはようやく兆しを見つけた。今年度発足させたプロジェクトが3つも転けた。そのうちの1つは慣れない分野に手を出したため問題が生じた。その収拾に赤字がどんどん膨らんでいる。
スピアはその兆しを見つけた日の夕食で父に会うと獲物を狙う目で微笑んだ。
「お父様、今年は狩りの時期がやってきましたわ。ニューテックのプレミアム市場への上場を進めましょう。本番は1月になりますからしっかりと準備をしませんと、いけませんわ」
「分かった。それではこちらもスイートルームをとって準備を進めよう」
スピアは父ににっこりと笑顔を向けると、父もにこりと笑顔を返してきた。
おそらく、今持っている材料でニューテックにそれとなく促すのであろう。こちらから全部を伝えるのは簡単だ。だが、当事者が自らが動いていることを自覚することが必要だ。
これは彼らの闘いなのだ。協力者はメインディッシュを飾る前菜であり、スープであり、ソースなのだ。
父は材料をニューテックに見せ、どう調理するかを彼らに決めさせるように話を進めるであろう。
スイートルームから帰ってきた父はニューテックとのやりとりを教えてくれた。
それを聞いたスピアは問題なく事が進んでいる事に満足した。だが、それだけでは終わらない。スピアはマルクにアリソンに直接会って、確認してもらわなければならないことがあった。
スピアはマルクと2人っきりでは会わない。出来るだけ男の人と2人っきりは避けているのだ。2人っきりになりたいのはオリバーとだけだ。
ホテルの最上階のレストランの個室でスピアは父とマルクと食事をした。食事が程なく進むと、マルクからの報告が始まる。
「アリソンの件ですが、彼は有能です。今の小型魔道具部門を成長させているのは彼の成果でしょう。それから買収があった場合の部門ごと引き取りになったらと聞いたことろ、一緒に行きたい姿勢を示して下さいました」
スピアは飲み物を一口飲むと口角を上げた。
「それは良かったわ。彼の右腕や彼が指名する社員も引き入れの準備をお願いしますわ。お父様の買収の資料に加えてもらいます」
スピアは父に買収の際にアリソンをイノテックから飛ばし要員のように見せかけて、連れていけるよう口添えをお願いした。
買収の話が出たら協力者に“魔道半導体部門”はじり貧で今売ってしまったほうがいい、買われていく部門にはイノテックにはもう必要のない人間をつければ良いと入れ知恵をしてもらおうと考えた。
「メディアディスプレイの黄金時代に大型ディスプレイに待ったをかけたことを上手く使えないかしら?」
スピアが言っているのはメディアディスプレイ部門が稼ぎ頭になった時、先見の眼があったアリソンは小型魔道具製品に使えるディスプレイの製作に力を入れたいと提案したが、却下されたことを逆手に取り、イノテックに反抗した者に仕立て上げイノテックから捨てられるように仕向ける作戦だ。
そしてイノテックはその反抗した者を見せしめのように“イノテックの魔道半導体部門”と共に父に買収させるのだ。
父は笑顔でグラスに口をつける。
「うちの娘は優秀だな」
マルクはちらりとスピアを見た。
「ニューテックがアベレージ市場へ移行した際にイノテックから送り込まれたもう1人についてですが、本当にスピアさんがやるんですか?」
「えぇ、ニューテック関係について私の最後の仕事よ」
マルクの言うもう1人とはアリソンと一緒にイノテックからやってきた出向取締役のことだった。
彼はアリソンがメディアディスプレイ部門から下りる事に協力していた。それだけではない。
スピアの目の端が鋭く光る。
「オリバーのいるニューメタル部門の情報をイノテックに流そうとしたのよ。絶対に許さないわ」
■
スピアは家へと帰るとパソコンの画面を見ていた。そこへオリバーが「お茶にしないか?」と聞いてくれたので、ひと休みすることにした。
オリバーは心配そうな目でスピアを見ている。
「最近、疲れているみたいだけど、大丈夫?」
スピアにそんな言葉をかけてくれる人は周りでオリバー以外いない。スピアは驚いてオリバーを見つめた。オリバーはゆっくりとスピアへ近づくと、強く抱きしめた。
「君ばっかりに苦労はさせたくない。何をしているのかは分からないが、俺にも何かさせてくれないか?」
スピアは前世でも今の人生でも自分を心配してくれて寄り添ってくれる人はいなかった。レオンとオリバーを除いて。
前世でレオンがいなくなってから、自分のことをそんなふうに優しく気遣ってくれる人はいなかった。今の人生でも同じなのだろうと思い続けていた。
その言葉を聞いたスピアは目から大粒の涙を零した。
辛かったのではない。
横に立ってくれようとするオリバーの気持ちが嬉しかったのだ。
「オリバー、私は嬉しいの。いつだって私をただの1人の女の子として扱ってくれるでしょう? 私を外側に付けた評判や父の名声と一緒じゃなくて、ただの人間として見てくれる、そんなあなたが大好きなの」
スピアは涙を零しながらもオリバーに笑顔を向ける。
「だから私は頑張れるの。これから先何があっても必ずあなたの元へ帰ってくるから、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ。スピア、いつまでも愛しているよ」
■
スピアはテーブルの向かいに座るある男に札束を渡していた。
その男は契約書へサインをしてスピアに返した。
「前金は確かに受け取りました。残りは成果報酬となります。仕事が終わりましたら、ご連絡いたします」
「よろしくお願いしますわ」
彼は特殊な何でも屋だった。
彼にはヘッドハンターと称して例の出向取締役に近づいてもらい、違う会社の社長をしないかと話を持ちかけてもらう。
スピアがインベストメント会社をしている情報から、今年度いっぱいで民事再生法適用会社、つまり倒産する会社の社長をしてもらおうとしているのだ。
先方のは話がついている。あとは例の出向取締役が話を引き受けてくれればいいのである。
2ヶ月後、彼から連絡があったので成果報酬を支払った。
ニューテックについては頻繁に父から話を聞いていた。1月のイノテック取締役会が終わってニューテックの株式分割が承認されたこと。
2月にイノテックの取締役会でニューテックの新株発行が承認されたこと。それのおかげでイノテックのニューテック株の保有率は5%まで下がったことも聞いた。
イノテックの魔道半導体部門買収の話は市場推定価格の3倍で向こうも合意してきたようだ。
父はさぞ良い買い物が出来たのだろう。
■
全てが終わった朝食は実に気分が良い。鼻歌を歌いながらスピアは久しぶりに着ている実家のダイニングチェアに座った。それをみて父は「おはよう」と声をかけた。スピアも「おはよう」と返す。
「さすがは私の愛娘だ。実に素晴らしい」
「ふふっ、お父様ったら私は敵だと思った相手には、徹底的にやるだけですわ」
スピアは目の前にあったオレンジジュースの入ったグラスを持って父の方へ動かす。父もグラスを持ち上げ、カチンと鳴らした。
「陰の功労者に乾杯」
「乾杯ですわ」
オレンジジュースで乾杯するのも悪くない。




