表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37

21. 社長の闘い(後編)

 イノテックのビルから出るとタクシーに乗り込んだ。タクシーが出発するとスグロが沈黙を破った。


「ワイズ、やったな。お前の名演技はオリバーにも見せたかったくらいだ」

「スグロ、ありがとう。このまま1月も攻めるぞ!」


 2人はハイタッチをした。乾いた音が身体にも染み込む。


 プレミアム市場への上場はその年の10月に行われた。


 1月の取締役会で“株式分割”を提案する。ニューテックの会社創設以来順調に業績を伸ばしてきたことに加えて、株式も国で1番規模の大きいプレミアム市場に上場を果たした。メディアでは王室に包丁を納入したこともあり、ニューメタル部門にも注目が集まっている。


 1株当たりの金額が大きくなりすぎた。それを1株を5株に分ける株式分割を提案した。これに関しては取締役から何の質問も出ずに問題がなく承認された。


 そして2月の取締役会の前にグローリアホールディングスから“魔道半導体まどはん部門”の買収が提示される。


 出来るだけ2月の取締役会の直近に金額を提示してもらった。するとイノテックの手先である取締役が頻繁に外出し始めた。


 1月の取締役会で出した株式分割と買収騒動で陽動作戦をするのだ。そして本題である新株発行を紛れ込ますのが目的なのだ。


 2月のニューテックの取締役会は何事もなく終わった。役員報酬でのニューテック株譲渡については評判がいい。何と言っても配当率60%であるからその金額は大きい。分割すれば将来もらえる金額が増える可能性が高いとイノテックの手先の取締役は算段しているだろう。


 それよりも数日前にグローリアホールディングスから提示しされた“魔道半導体まどはん部門”の買収金額は機関に調査させた市場価格のなんと3倍で買い取ると連絡が来たのだ。だからイノテックの手先の取締役はグローリアホールディングスの買収の方が気になっているようだ。


 これは良い兆候だ。



 イノテックの取締役会の前日、イノテック取締役会に提出する資料の最終確認をしている。ワイズとスグロは会議室に鍵をかけて作業を行った。


(ここで決めないと⋯⋯正念場だな)


「ワイズ⋯⋯聞いているのか?」


 スグロの声が遠くから聞こえる。ワイズは顔を上げた。ワイズの意識が遠のいていただけでスグロは目の前にいた。


「あっ⋯⋯悪い。なんだ?」


 スグロはワイズの様子を観察している。


「お前は1人じゃない。何かあればフォローするから」


 ワイズはスグロの言葉に深く頷いた。


 その日の夜は静かな時間がゆっくりと流れていく。


 4月から息子が引っ越して家の中は1人になった。昼間のスグロとの打ち合わせを何度も思い出す。


 ようやく夜が白んできた。時間になると1番良いスーツをクローゼットから取り出す。それを着込むと襟元を両手で引っ張り形を整える。


 ネクタイにはケイトからもらったネクタイピンがついていることを確認する。それから4年前に50歳の誕生日に息子からもらったカフスボタンをつける。


 ワイズは姿見鏡で全身を確認する。ワイズはゆっくりと頷いた。そして鞄を手に取ると玄関へと向かう。


 ワイズは玄関のドアを開けるとゆっくりと出て行った。



 ■



 ワイズは1度ニューテックに出社するとスグロと合流する。時間に間に合うようにタクシーに乗り込んだ。


 2人は何も話さない。そのまま窓の外を流れる景色だけがどんどん変わっていく。しばらくするとタクシーは止まった。


 タクシーから下りると目の前にそびえ立つビルをじっと見る。


「ワイズ、今日で終わるんだ。確実にやろう」

「あぁスグロ、共に戦ってくれ」


 ワイズはスグロを見て深く頷く。スグロはそれを見て頷き返す。


 そして2人は力強く前へ前へと歩き始める。


 ビルに入ると真っ先にエレベーターへと向かう。


 取締役会があるのは最上階の1つ下だ。エレベーターの数字は着実に大きくなっていく。その度に心臓が変な反応をし始める。


 エレベーターが止まった。


 今日行われる取締役会では真ん中くらいの順番だ。始めに1月までのイノテック単体の業績の確認がある。その後ニューテックからの報告、議案。最後に“魔道半導体部門”の買収の審議となる。


 管理部門の社員が外でワイズとスグロを待っていた。順番まで会議室の外で待つ。


 22年前、初めてここに来たことを思い出す。イノテックを辞めて興そうと思っていた会社の情報が明るみになってイノテックの出資という形で100%子会社の設立について取締役会に取り上げられた。


 その時には何とも重たい深みのある木でできた壁も扉も圧倒的な存在だった。


(イノテックから必ず解放を勝ち取るぞ)



 勝負の時は来た



「順番になりました。会議室へお入り下さい」


 ワイズは会議室の扉を開けた。


 ワイズは中の様子を確認する。何度もワイズとスグロを見慣れた取締役たちはリラックスしているようだ。これから何が起こるのか予想もしていないだろう。


 ワイズも口角を上げて皆と同じような雰囲気を作る。スグロはすぐさま資料を配り始める。ワイズは笑いながら雑談を始める。


「私どもの話はすぐに終わります。今日のメインはその後のことですよね」


 それを聞いた社員を含む9名の取締役たちはにやにやと相好を崩した。


「ジョセフさんは“あの金額でも安いかもしれない”と大変満足そうでしたよ」


 それを聞いたイノテックの社長は目を輝かせた。


 今日の作戦はワイズの雑談で取締役たちの気を買収の方へと向ける。その後株式分割が決まったことを報告する。


「それではニューマテリアルテック株式会社の報告と議案を始めます。まずは前回確認させて頂きました株式分割ですが無事に確定しましたのでご案内致します。1番上の資料になります」


 それが終わるとスグロと代わる。そうすることで株式分割の報告が1番の優先順位であるように見せかける。ワイズは社長でスグロは取締役だからだ。


 取締役たちはスグロに発言者が変わると次の議題である買収関連の資料を見始めたり上の空になるものが多かった。


「次に新株発行についてですが、資料の2ページ目をご覧ください。好調なメイン部門の製造工場拡張と流通経路を確認して倉庫の増設なども視野に入れて、新株発行という形で増資を募ろうと思っております⋯⋯」


 イノテックの社長はぶっきらぼうに資料のページをめくっている。


「増資? ニューテックは儲かっているんだからわざわざいらないんじゃないの?」


 ワイズの心臓は口から出そうになった。まさか、イノテックの社長から何かあるとは思っていなかったからだ。


 スグロは平然としている。


(スグロも動揺しているだろうに、感情が顔に出ないとはすごいものだな)


 ワイズはスグロの様子を見ながら感心していた。


 スグロは笑みをイノテックの社長へと向けた。


「ご安心ください。他の株主にお金を出させればいのです。イノテックに資金の痛手はありませんよ」


(さすがはスグロだ。ものは言いようだな。他の株主が新株を買うということは、議決権を含んだ株数を他の株主が所有することになる。それを金額の面にしか光を当てずに返答している)


「がっはっはっ、そういうことか。まぁ、グローリアホールディングスからお金が入ったら買ってもいいけどね」


 イノテックの社長は愉快そうに笑っている。


(笑っていられるのも今のうちだ)


 スグロもイノテックの社長と同じような調子で返す。


「社長、楽しい話はこの後の議題です。この件は承認でよろしいでしょうか」


 ワイズはイノテックの社長を凝視する。スグロもイノテックの社長を見ている。その手に握られた資料が少し歪む。スグロも緊張しているのだ。


 ワイズの心臓は大きく振動している。握りしめている資料は手汗と力で端がよれている。そして喉をゴクリと鳴らす。


 イノテックの社長は笑顔のまま口を開いた。


「承認しよう」


 ワイズはスグロを見た。2人は目を見開いている。ワイズは放心した。その後はスグロが何とかワイズを連れて退室した。


 パタン


 会議室の扉が閉まった。


 ワイズは呆然と立ったままだった。スグロは頭を下げると強く目頭を押さえた。



 ■



 2月末に株式分割と新株発行の2点が正式に確定した。その結果、イノテックのニューテック株の保有率は5%まで下ったのだ。


 ちなみにグローリアホールディングスとのイノテック“魔道半導体まどはん部門”の最終合意は3月1日になされた。イノテックの年度末決算のイノテック単体の決算では赤字を免れたようだ。


 それからもう少し話はあった。グローリアホールディングスが他の株主からの守る意味もあり、ニューテック株を10%保有したいと言ってくれた。代わりにニューテックはグローリアホールディングス株を5%保有することにした。


 そしてグローリアホールディングスの保有しているすべてのイノテック株を来年度売却する予定だとスピアの父から聞かされた。


 実はスピアの父から「イノテック魔道半導体部門の評価が高すぎるのではないか」と聞いたところ、「イノテックの所有する魔道半導体の技術者や将来の需要性から見ると市場価値と世間が言っている金額の5倍でも良いほどだ」と言っていた。


 ワイズは3月に入るとスグロを夕飯に誘った。そしてワイズはスグロの家に良い酒と高級ビーフジャーキーを持って行った。


 インターホンを鳴らすとスグロが玄関のドアを開けた。その隙間からつぶらな瞳をこちらに向けた可愛いらしい顔が覗く。


 ワイズはしゃがむと挨拶した。


「はじめまして、ようやく会えたね。何という名前なのかな?」

「柴犬のジェットだ」


 ワイズは高級ビーフジャーキーを見せた。もちろん犬用だ。

「ジェット、君にはこのお土産がある」


 そして酒の瓶をスグロに見せた。

「我々はこれで祝杯をあげようではないか」

「いいな。今度グレイブたちも呼んでやろう」


 スグロはワイズの肩に手を回すと玄関のドアを閉めた。

お読みいただきありがとうございます!

”【ワイズ編】社長の闘い”はここで終わりとなります。楽しんでいただけたでしょうか?

次回より”【スピア編】社長の闘いの裏側”が始まります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ