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20. 社長の闘い(前編)

 息子が入社してから3年が経ったころ、王都歴2044年はワイズにとって非常に大事な年になった。


 息子がスピアと結婚したこともあり、ワイズとスピアの父の関係は内外で隠せないものだった。つまり“ニューテックとグローリアホールディングスは良好な関係にある”と言うことをイノテックも知ったのだ。


 それをきっかけに擦り寄ってこようとするイノテックの取締役もいたが、やんわり距離を取った。急所を突くのはまだ早い。


 ワイズとスグロはプレミアム市場の準備を水面下で進めてあと一歩というところまで来ていた。


 ワイズは目の前にいるスグロをちらりと見る。息子の結婚式の時と同じように頭をオールバックにしてスーツをばっちりめかしこんでいる。ワイズの視線を感じたスグロがワイズの方を見た。


「スグロ、そんなにかしこまらなくても大丈夫じゃないか?」

「こういう時こそちゃんとしないといけないんだ。あっお前はそのままでいい。向こうもお前のことはよく知っているだろうから」


 ワイズとスグロは王都の中心部にある高級ホテルのスイートルームに来ていたのだ。


 ドアをコンコンコンとノックする音が聞こえる。2人はドアの方へ視線を向けるとスピアの父が入ってきた。


 ワイズとスグロはスピアの父を見ると笑顔になる。スピアの父も口を緩めた。


「待たせたかな? ソファにかけてくれ」

「今日はご足労頂き誠にありがとうございます」


 スグロがスピアの父に近づくとすかさず言った。少し雑談をした後スグロはニューテックの財務諸表とプレミアム市場の準備の進捗を説明した。


 スピアの父は資料をぱらぱらとめくった。


「君たちはイノテックのニューテック株の保有率をどこまで下げたいのかな?」

「少なくとも15%は切りたいと考えています。イノテックから影響力のある人物がニューテックの取締役をしています。関連会社からはきっちり離れたいです」


 関連会社となるのはその会社の株を20%以上保有している場合だ。今イノテックはニューテック株の30%を保有している。


 だが、イノテックからの影響を考えると15%までは関連会社とみなされかねない。関連会社から除外するには何としても15%を切らないといけないのだ。


 そこへスピアの父はある資料を見せる。


「おっと、これはたまたま私の置いた資料が目に入ったということにしてくれ。それから私の独り言を聞いただけと言うこともな」


 そう言うとスピアの父は資料をめくり始める。イノテックの社外取締役をしているスピアの父の手にあったのは先月までの財務諸表だ。今年度の年度末までの計画数値も載っている。


「私は先月をもってイノテックの社外取締役を退任した。イノテックはここ数年じわじわと売上と利益を下げている。メイン事業である家庭用魔道具かまどが不調なんだ」


 それから赤字部門の赤字が増えていることも話した。実は好調なのは“魔道半導体まどはん”部門なのだ。しかし今年度このままいくとイノテックは大赤字を出す。


「実は魔道半導体部門は宝の山なのだよ。それをイノテックは気がついていない。グローリアホールディングスはその部門の買収をしたい」


 ”独り言”が終わったらしいスピアの父はにこりとする。だが、あの狼のような鋭い目をしていた。


「君たちは何を持っているのかな?」


 スグロはワイズと話し合った材料を見せる。


「株式で発行株数を変更するには株式分割と新株発行だけです」

「しかし、これは株主に確認しないと、どれも出来ません。つまりイノテックの目を通らないと実行出来ないということです」


 ワイズとスグロからその言葉を聞いたスピアの父は深く頷いた。スピアの父はゆっくりと材料を並べる。


 ニューテックの持っている武器である株式分割と新株発行


 ニューテック株の膨大な売却利益


 スピアの父とワイズの関係性


 グローリアホールディングスからイノテックの“魔道半導体部門”の買収


「これを組み合わせて目の前を通るものから気をそらして目的地へたどり着けないだろうか?」


 スグロは少し考えると提案した。その後ワイズ、スピアの父もそれぞれ考えをぶつける。そうして話し合いは2時間にも渡って続いた。スピアの父は満足そうに頷いた。


「ではその方法で大丈夫かね?」

「それは闘いの号令ととって良いのでしょうか?」


 ワイズは真剣な目をスピアの父に向ける。それを聞いたスピアの父は口を緩めた。


「あぁ、闘いの号令だ。私にとっては狩りの時間だ」


 スピアの父はワイズに手を伸ばした。ワイズはその手を取った。2人は固い握手を長い間交わした。


 その後スピアの父はスグロとも固い握手を交わした。



 ■



 闘いの火ぶたは翌年の1月だ。


 その前に前哨戦がある


 それはプレミアム市場への上場をしてしまうことだ。そこでイノテックのニューテック株保有率を20%まで削ることが必要となる。


 ここでの材料はグレイブと息子がいるニューメタル部門での素材を使った包丁が王室へと納入されたこと、それからワイズとスピアの父との関係良好な点だ。


 ちなみにグローリアホールディングスはイノテック株を10%保有している。


 ワイズとスグロはニューテックにきたイノテックの手先の取締役を説得した。その次はイノテックの取締役会だ。


 ワイズとスグロはイノテックの社長を含めた9名の取締役の前に立った。


「ニューテックではニューメタル部門の成長が著しく――」


 スグロの説明が始まった。ニューテックの売上と利益は毎年順調に増えている。その点についてはイノテックから何の指摘もない。


「次の議題についてですが⋯⋯」


 スグロからワイズへバトンタッチだ。


 イノテックの社長は資料をめくると眉をひそめた。


「ワイズくん、保有率を20%まで下げるなんてひどくないかい?」


 ワイズはそれに対して2秒間を置いた。すると社長は痺れを切らしてワイズの方を見る。


(この取締役会の流れをつかむんだ)


 ワイズはにっこりと余裕のある笑顔をイノテックの社長へ向けた。


「社長、逆なんです。今や、イノテックとニューテックはイノテックからの取締役を通じて強固な繋がりがあります。それに30%でも20%でも関連会社なことには変わりありません。それを保有率を落としてでも関係を証明することによって他の会社にアピールが出来ます」


 イノテック社長は口を閉じたままだ。このままワイズの流れにもっていきたい。


(ニューテックに送り込んだイノテックの手先がお互いの会社を離さないのは事実だ)


 ワイズは少し声を落とした。


「大きな声では言えませんが、グローリアホールディングスはイノテックに大いに興味をもっています。今やグローリアホールディングスのイノテック株の保有率は10%ですが、その関係を生かした取り組みが出来るでしょう。⋯⋯ご存知かと思いますが、私の息子はグローリアホールディングスの愛娘と結婚しまして、ジョセフさんとは良い関係を築かせてもらっています」


 グローリアホールディングスの社長の名前が出た途端に取締役の視線がワイズに集まった。


(スグロの様には上手く出来ないが、これは俺の仕事だ。何としてもこの議案を承認させる)


 ワイズは視線を落として、事も無げに続ける。


「まぁ、確かに雑談ではありますが、ジョセフさんとは会社についての話も良くしましてね、今やグローリアホールディングスはイノテックに非常に興味を示しておりますよ」


 これは嘘ではない。イノテックの“魔道半導体部門”を買収したいくらいには興味があるのだ。


「それをイノテックがニューテックにしがみついているように見えると言われましてね。私はそんなことは無いと口を大にして抗議しました」


(抗議したさ、イノテックは確実にニューテックの利益にしがみついているってね)


「それにこの国の経済状況の波に影響されてイノテックは厳しい局面に立たされていると感じてます。この10%の株の売却利益で少しでもイノテックの単体決算を救いたいと思っています。少しでも助力したいのです」


 ニューマテリアルテック株式会社が設立してからイノテックは株を持ち続けている。株の価値は10倍は下らない。


 イノテックの社長は腕を組んだ。資料の数字と睨みっこしている。社長はちらりとワイズを見た。


「グローリアホールディングスのジョセフさんはイノテックを評価しているだね?」

「必要がありましたら、直接お話出来る席を設けます。いつにしましょうか?」


 社長は軽く頷くと下を向いたまま、静かにこう言った。


「この議案は承認する。それからワイズくん、ジョセフさんとの席を設けてくれ」


 ワイズはそれを聞くとイノテックの社長にしたり顔を向けた。


「かしこまりました。詳しい話は後ほどお願いします。それからジョセフさんが好きなお酒をお教えしますね」


 それを聞いたイノテックの社長は顔を上げてワイズを見ると、気持ち悪い笑顔を向けてきた。

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