19. オリバーの入社
ワイズは上機嫌にふんふんと鼻歌らしきものを歌っている。
昨年入社したグレイブのデスクによってみる。グレイブはワイズを見ると笑顔を投げかけた。
「ワイズさん、今日は上機嫌ですね」
グレイブが入社して半年ほど経った頃にグレイブの妻であるミッシェルも入社をした。何かを確認しにきたのかグレイブのデスクにいた。
「やぁ、グレイブくん。ミッシェルさんも会社には慣れたかね?」
「えぇ皆さん優しく気にかけてくれます。ワイズさんは何かあったんですか?」
最近はイノテックからの人間以外には社長ではなく名前で呼ぶように伝えている。ワイズは会社をもっと温かいものだと感じてほしいのだ。
「来月、オリバーの誕生日があるんだ。そして3月に大学の卒業式があってその2週間後に結婚するんだ」
ミッシェルは両手を口元に持っていくと息を飲んだ。目は嬉しそうに細くなっている。それを聞いたグレイブは立ち上がった。
「おめでとうございます!」
「ワイズさん、おめでとうございます」
それを聞いたワイズは大きく口元を緩めるとグレイブに視線を移した。
「実はオリバーがニューテックに入りたいって言ってくれているんだ。それでグレイブくん、ニューメタル部門に配属希望なんだ。オリバーを任せてもいいかな?」
「もちろんです。一緒に頑張ります」
グレイブは爽やかな笑顔をワイズに向けた。
ワイズの心の内は嬉しさ半分、寂しさ半分だった。結婚するとオリバーはスピアと一緒に住むと言っていた。
大学の卒業式の3日後に引っ越す予定なのだ。今の家から7駅ほど離れた場所だ。それほど遠くはない。ワイズは息子に笑顔を見せ続けたが、スグロの前ではその寂しさをこぼしていたのだ。
スグロは最近犬を飼い始めたそうで、その話ばかりしている。柴犬だそうで、車で色んなところに行っているそうだ。
息子が引っ越ししたらスグロが週末に誘ってくれるらしい。
息子の誕生日に何が欲しいと言ったら、「スーツが欲しい」と言ったので「それは入社祝いだ」と言ったら「鞄が欲しい」と言うので、詳しく聞いたら仕事用だったので「それも入社祝いだ」と言って却下した。
2人の攻防戦は終わらない。
ワイズは思いめぐらせて、こう提案する。
「⋯⋯オリバー、ネクタイピンはどうだ?」
ワイズが使っているのはケイトから貰った誕生月の宝石であるルビーの石がはめ込まれているシンプルなものだった。
息子はワイズのネクタイピンがケイトからのものであることを知っていた。そしてじっと何かを考えた後に口を開いた。
「じゃぁ俺の誕生石のアクアマリンを入れて欲しい」
「分かった。プラチナで作るよ」
それを聞いた息子から抗議の言葉を聞いたがワイズは寝耳に水だった。
(いっそ衝撃軽減石で耳栓を作るかな⋯⋯)
ワイズは次の日にスグロにネクタイピンの素材を相談した。するとプラチナでいいんじゃないかと返ってきた。融点も高く固いい素材で、純度の高いものは価値も高い。後で属性と効果付与も出来る。ワイズも同意だった。
そしてスグロは意味ありげにワイズを見ている。
「のほほんとしているが、結婚式のモーニングは準備したのか?」
「あっ⋯⋯」
うっかりしていた。一生に一度の結婚式だ。良いスモーニングを身に着けて息子の晴れ舞台に立ち会いたい。
ワイズはお腹を見るとつまんでみる。柔らかくつまめる肉があった。
(これは結婚式までに頑張らないといけないな⋯⋯)
ワイズは運動として会社のエレベーターは使わないことにした。息が上がるが息子の結婚式を楽しみに苦しさを紛らわした。
■
スグロは頭にワックスで前髪を上げている。キリッとまっすぐ伸びる眉毛に切れ長の目、鼻筋も通っていてオールバックが似合う。身体にぴったりと合ったスーツはオーダーメイドのようだ。
「ワイズ、本当に俺でいいんだな?」
スグロはワイズをちらりと見る。ワイズの頭は白髪が交じり始めたが少し眉尻の下がった太い眉毛にパッチリとした目も少し下がっており、鼻は高い。
少しダイエットをしたみたいで前より引き締まっていたその身体にモーニングが似合っている。
「あぁ、お前以上に親しい人も腹を割って話せる人もいない。それにスグロに息子の晴れ舞台を見てほしいんだ」
2人は飛行場に来ていた。今日は息子の結婚式なのだが、スピアの父が所有するセスナで行くことになっている。
結婚式は離島で行うらしいのだ。そこはプライベートな空間を楽しめる新しいリゾートとして提供を始める島らしいのだ。
グローリアリゾートの新しい離島リゾートのようだった。10日後の4月よりオープン予定だそうだ。
スピアの両親がやってきた。スピアの父はモーニングだ。まっすぐの太眉に二重の大きな目、顔は整っており二枚目がモーニングでいっそう際立っている。
スピアの母は落ち着いた紫色のドレスを着ている。綺麗な形の眉に二重だが切れ長の目に綺麗な鼻筋、シャープなフェイスラインはスピアほどの大きな子どもがいるとは思えないほど若く見える。
ワイズは2人に近づくとスグロを紹介した。スピアの父は背が高い方だったが、それでもスグロの方が高かった。2人は笑顔で握手をしている。
スピアの母にも深々とお辞儀をした。すると優しそうな笑顔を返してくれた。
4人はセスナに乗り込むと早速エンジン音が聞こえる。プロペラが直ぐに回り始めた。するとセスナは前進を始めて程なくして離陸した。
直ぐに眼下に見える車は豆粒になり建物もおもちゃのブロックのように小さく見えた。しばらくすると海が見え始める。
ワイズは初めての景色に窓から外を見続けていた。
島へと着くとビーチに花のアーチがあった。
最近は新郎の登場というのがあって父親と共に登場するらしい。ワイズは息子を迎えに行った。
少し茶色ががった髪をワックスで、オールバックにしている。緊張した面持ちでワイズを見る。
ワイズはその姿を見て走馬灯のように息子との思い出を思い出し始める。
手がかからなかった息子でもワイズが手を引いて公園や散歩に出掛けることはあった。
「似合っているな」
「父さんもね」
ワイズは息子に手を伸ばす。息子はワイズの手をそっと握る。
ニューテックを作るのに夜な夜な作業をしていた時には隣で静かに寝てくれた。
いつもワイズを応援してくれた息子のことを少しでも応援したい。学校のイベントだっていつも参加していた。
ワイズは大きくなった息子と一歩ずつゆっくりと歩いていく。会場が近づくと音楽が鳴り始める。
わがままを言わない息子になんとか喜んで貰いたくてご飯も作った。息子はハンバーグとカレーライスが好きだった。今度食べに来ると言っていた。
ワイズと息子は会場の入口の花のアーチの下で止まった。ワイズは息子を見る。
いつしかスピアという素敵な女性に出会ったようだ。そして彼女とこれからの人生を歩いていくのだろう。
ワイズは息子を見てにこりとした。息子は口角を上げたが目をしきりに瞬きして伏せがちにしている。
「父さん、これからもよろしくね」
「オリバー、言う台詞間違えてないか?」
ワイズは眉をひそめて目を瞬きし始める。
目の前に立つ息子はもう1人で歩ける。いつしかワイズの手を引っ張っていくのかもしれない。
「今まで俺の事ばっかり気にかけてくれてありがとう。でもスピアと結婚しても父さんはずっと父さんだよ」
「俺だって⋯⋯オリバー、これからもよろしくな」
息子は少し間を置いて顔をくしゃくしゃにして笑った。ワイズは堪えきれずに涙が頬を伝っているが、顔をくしゃくしゃにして笑った。
息子はワイズを強く抱きしめた。ワイズも息子を強く抱きしめ返す。
そして息子はワイズから離れると奥にある花のアーチまで歩いていった。
■
太陽のように明るく笑う息子とスピア、息子の隣にはワイズが立っている。
ワイズは愛おしそうに写真たてを撫でた。
「ワイズ社長」
そう声をかけられてワイズは顔を上げる。聞き慣れた声だ。
ワイズは顔を上げるとまだ馴染まないスーツをきた息子が立っていた。息子は少し笑顔を向けた後、真剣な顔をした。ワイズは優しい眼差しを息子に向けた。
「オリバー、ニューテックへようこそ」
「これからご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」




