18. グレイブという男
衝撃緩和素材“ニアリーゼロ”を発売してから2ヶ月があったある日のことだ。
ワイズがデスクでパソコンのキーボードを叩いていると、総務の女の子が手紙を持ってきた。
「社長、これはお渡ししてもよろしいですか?」
ワイズがそれを見ると、手書きで宛名が書かれた手紙だった。後ろを見るが知らない名前だ。
その封筒の中は何枚かの便箋が入っているだけの厚みだったので、ワイズは受け取った。最近は営業の手紙が多い。多くはないが変な手紙も来るそうなのだ。
文字で書かれているだけなら少し読んでから判断しよう。廃棄ならすぐに出来る。ワイズは引き出しからペーパーナイフを取り出すと封を切った。
便箋を広げて中を読み始めた。
その内容は交通事故にあった男性からだった。「ニューテックの“ニアリーゼロ”のおかげで死ななかった」と書いてある。
ワイズは少し眉をひそめた。「死ぬ」という言葉に引っかかったのだ。それを判明させようと文字を追っていく。
この手紙の差出人であるグレイブは世にも稀な病気のようでこの人生が最後だということも書いてあった。
ワイズは溺れて空気を求めるように、文字をどんどん読んでいく。
便箋を分けてグレイブの前世にも触れてあった。それは「読んでいただけるなら前世についても読んで下さい」と言っているような配慮を感じた。ワイズは1枚も飛ばすことなく読んでいく。
グレイブは交通事故で自分の人生が終わってしまうのを体感したそうだ。そこで最愛の妻がいること、この最後の人生のまだ続きが生きれることに嬉しい思い、ワイズや自分を助けてくれた“ニアリーゼロ”に感謝をする言葉で手紙は結ばれていた。
それが読み終わるとワイズは封筒の裏をじっと見た。
「グレイブくんか⋯⋯」
ワイズはグレイブに興味を持った。そして自分の思いが救われた瞬間だと感じ、返事を書こうと決意したのだ。
総務の男の子が近くにいたので封筒と便箋を頼んだ。すぐに手に入れるとワイズは返事を書き始めた。
ワイズはグレイブに誠意を示したかった。自分の病気についても話してくれたグレイブには自分の過去も話したい。
その思いでワイズはこの会社を作ったきっかけとなったケイトの交通事故のことも書いた。
グレイブの手紙を読んで感じたことを正直に書いていく。
ケイトと同じような境遇に遭う人を救いたい。そうして出来た素材をつけたトラックでグレイブは救われた。
だが、ワイズにとっては救われて感謝の気持ちで一杯だった。
「あなたを救えたことは私の人生でも忘れられない出来事です。あなたが生きていて本当に良かったです。私どもの会社の存在意義がようやく証明されたと心から感じました。こちらこそあなたに手紙をもらえて感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました」
ワイズは書き終わると真っ先に会社を出て自分でポストへ投函した。
(俺の気持ちが少しでも届くといいな)
そう願って。
■
その数日後、ワイズのデスクの固定電話が鳴った。電話に出てみると総務の女の子から電話を繋いでもいいかと聞いてきたのだ。内容を聞くと、すぐに繋いでもらう。
電話から緊張したような少し上ずった声が聞こえる。
「あの私、グレイブと申します。先日トラックと接触する交通事故に遭いまして⋯⋯御社の“ニアリーゼロ”で命を助けて頂きました⋯⋯社長から直筆のお手紙を貰いまして⋯⋯その、お礼が伝えたくてお電話しました⋯⋯」
「君がグレイブくんか。ずっと話したいと思っていたんだよ」
ワイズはグレイブからの電話に胸が高鳴った。話を聞くとここから2駅ほど離れている病院に入院していて、今日退院するらしい。
「もし、君に時間があるならこれから行ってもいいかい?」
「あっ⋯⋯はい! もちろんです!」
ワイズはそれを聞くと電話を切り、急いで上着に腕を通すと会社を出た。会社の前の道路でタクシーを掴まえると病院へと直行した。
病院の3階に食堂兼待合室がある。ワイズは3階へとやってくると、グレイブを探した。
入口で少しそわそわとぎこちなく立っている青年が見えた。短い黒髪に黒い瞳で、オリバーと同じく少し色白で優しい面持ちをしていた。
ワイズは声を掛けてみた。
「グレイブくん!」
その青年はムチで打たれたように反応して顔をワイズの方へと向けた。目を見開いている。こちらへ近づいてくると口元を緩めながら目を伏せがちにしている。
ワイズの目の前まで近づいてくると、さっきまでの少し照れたような顔を真剣な顔に変えると「社長、ありがとうございました」と頭を深く下げながらお礼をしてきたのだ。
ワイズはグレイブの肩に手を乗せると、「そんなにかしこまらないでくれ。私は君と話したかったんだ。さぁ、座ろう。コーヒーかい? それとも紅茶?」と嬉しそうに聞いた。
グレイブは頭を上げると「僕もお会いしたかったんです。カフェラテでもいいでしょうか?」
ワイズは笑顔をグレイブに向けると「カフェラテか。気が合うな」と言うと、2人は笑いあった。
飲み物がお互いの目の前にやってくると、ワイズは躊躇せずに話を切り出した。もう自分を晒すのは怖くない。
「グレイブくん、アイスブレイクしないか?」
「あっ⋯⋯先を越されてしまいました⋯⋯」
それから2人は順番に前世の話をし始めた。
ワイズは勇者の端くれだったが、素材集めのほうが好きで素材を集めては合わせてみたり、売ったりして生計を立てていた事を話した。
グレイブは鍛冶屋の息子で、そのまま自分も鍛冶屋になったことを話した。前世の彼は魔物の世界に1番近い村だったようで、鍛冶のスキルは相当高いと予想できた。
そして勇者からある素材を託されたこと、そしてグレイブはその素材を使って剣を作ったことを話した。
「そして勇者は僕の打った剣で魔王を倒しました」
ワイズはスグロの前世の話を重ねながら聞いていた。
「ほう、それは素晴らしいね。」
(スグロにグレイブを会わせたらどう思うだろうか⋯⋯)
そう考えて口元が大きく緩みそうになるのをぐっとこらえた。
(それにしても鍛冶か⋯⋯新しい事業を始めるのもいいな。まだスグロには聞いていないが⋯⋯)
ワイズは配当金比率を60%に引き上げたことを根に持っていた。そしてグレイブの方を見るとこう提案した。
「実は今度ニューメタル部門を始めようと思っていてね⋯⋯」
そうワイズは話始めた。今までは衝撃緩和素材の開発をしてきたがそれも注文に合わせて組み合わせる素材を決めていた。
今回のニアリーゼロであれば、素材を組み合わせたのはトラックだった。
素材の種類としてはニューテックで行っていないメタル―金属は生活のいたるところで使われている―は大きい分野だ。
それに加えてメタルに魔石の属性・効果などを組み合わせた新しい素材を組み合わせる“ニューメタル”部門がこれからは大きな可能性を秘めている。
グレイブの知識や経験が活かせるとワイズは考えたのだ。その気持ちを伝えてみると、グレイブは居住まいを正した。
「御社でぜひ自分の力を試させてください。必ず結果を出して見せます!」
ワイズはそれを聞いて大きな口を開けた。
「これからよろしく頼むよ」
ワイズは手を前に出すとグレイブと固い握手を交わした。すると握手を交わしたままグレイブはワイズの目をじっと見つめた。
「先ほどの社長の話を聞きまして、ニューマテリアルテックの特許である“衝撃緩和素材”のニアリーゼロを使って、新たな包丁を作りたいと思いました。それが僕の目標です!」
ワイズは大きく頷き、後日ニューテックへ履歴書を持ってくるよう行った。
グレイブと別れると、急いでスグロに電話した。
電話にでない。
ワイズは3回も電話をスグロにかけた。すると3回目には直ぐにスグロが電話に出た。
「ワイズ、どうしたんだ?」
「スグロ! 俺の夢が叶ったぞ!」
すると少し間があって、電話口でも聞こえるスグロの大きなため息が聞こえる。そして含み笑いのような声音のスグロの声が聞こえた。
「もうそろそろニューテックに戻る。帰って詳しく聞かせろ」




