15. スグロの思惑
ドンッ!
ワイズはスグロを壁に追いやるとスグロの顔の横の壁を拳で叩いた。
これは壁ドンと呼べるのであろうか。これは会議室と言う密室空間なのである。
2人はニューテックへ戻ってくるとワイズがスグロを会議室へ連れ込んだのだ。
しかしスグロは涼しい顔をしている。ワイズはスグロを見て怖い顔をした。
「お前はどっちの味方なんだ?」
「事前に言ってなかったことは謝る。だが、俺の話を聞け」
スグロはそう言うと話を始めた。
「俺の目標はニューテックをこの国で1番大きいプレミアム市場に上場させること、それからイノテックの手から離れることだ。」
「それは俺だって思っている――」
ワイズはスグロを睨みつける。スグロの意図が分からない。配当金比率を60%まで引き上げるなんてこちらが不利になったとしか思えない。
「今回の配当金比率の引き上げでイノテックは気を良くしてくれた。そしてイノテックの赤字の補填にニューテックの株を売却してくれることが濃厚になった。それから近い将来、従業員持株会の設置と役員報酬に株式譲渡を入れたい」
従業員持株会とは従業員が自分の会社の株を買いましょうと言うものだ。
それから役員報酬を金額ではなくニューテックの株を保有しましょうと言うものだった。
「このニューテックを俺たちと社員が株を買って守るんだ」
(あっ俺はなんて勘違いをしていたんだろう⋯⋯)
それを聞いたワイズは下を向いた。
「早とちりしてすまん」
「いや、俺もぎりぎりになって思いついて相談もせずに配当金比率の引き上げを提案してしまった。俺も謝る」
ワイズとスグロはお互い見合った。
■
王都歴2037年4月よりディベロップメント市場からアベレージ市場への移行が決定した。
イノテックの2月の取締役会にワイズ、スグロ、イザクの3人も参加する。
今回はニューテック株の売却の調整があった。その結果、イノテックのニューテック株の保有率は30%まで下がると言う。
50%を切ると子会社ではなくなるが、20%以上保有していると“関連会社”となる。
まだ先の道のりは長そうだ。
それからニューテックの役員報酬を株式譲渡に変更する旨もスグロから説明した。事前にイザクにその話をすると配当金も利益の60%も貰えるので二つ返事で了承してくれた。
スグロが黒い笑顔をイノテックの社長と取締役に向ける。社長がその資料を見ながら「自分の会社の株を持つのは良い励みになるね。まさかそのために配当金比率を60%にしたなんてことはないよね?」と言いながら笑った。
スグロは軽く頭を下げながら「今の発言は議事録から外して頂けるとありがたいです。私どもの体面もありますので」と言ってイノテックの社長屋取締役を笑わせていた。
だが、それだけでイノテックは終わらない。今や300人まで増えたニューテックに、取締役を2名追加してきたのだ。
もちろん、イノテックからである。
■
アベレージ市場に上場した翌年、主にトラックを扱う自動車会社からある依頼をされた。
「実は弊社のトラックは昨年、高速で大事故を起こしまして⋯⋯」
冬の山あいの高速道路でスリップしたトラックが玉突き事故を起こしていたのだ。
大手伝版メーカーに卸した衝撃緩和素材”エアーショックフリー”を見て、トラックに着けられる素材にはならないか相談しにきたのだ。
実はワイズは自動車用の素材も開発中ではあったが衝撃緩和率が納得できる数値ではなかったため、製品化にたどり着いていなかった。
その状況を話すと、トラック会社は自社のトラックを素材テストに提供するので共同開発が出来ないかと提案した。
実際に素材をつけてテストできるのはありがたい。ワイズはその提案を受けたのだ。
衝撃緩和素材”エアーショックフリー”と自動車用の大きな違いはその使用用途にある。
衝撃緩和素材”エアーショックフリー”は手のひらサイズの通信機器に使うため、衝撃の大きさが生活範囲に想定される。
しがし自動車は寒さや雨、風も考慮し、衝撃の度合いも違うことがそのまま流用できない理由だった。
地道に素材の配合を変えてテストするしかない。
■
ワイズは家に帰ると、ハンバーグを作っていた。焼き始めた時に息子が帰ってきた。幼い面影はもうない。背は伸びて立派な青年になった息子は20歳になっていた。
つい先日、結婚相手になるらしい女の子に会ったが自分の考えを持った素敵な女の子だった。
「ただいま。あぁ、いい匂い。今日はハンバーグ?」
息子は嬉しそうな顔を向けてくる。
「オリバーおかえり。ハンバーグだぞ。お腹空いているか?」
「うん」
息子は手を洗うと食器を用意し始めた。食事の準備が出来ると2人は食べ始めた。息子は返済不要の奨学金を貰いながら大学に通っている。
ワイズは息子に「大学のお金くらい父さんに出させてくれ」と言うと、「自分はまだお金が稼げないから奨学金で行きたい。返済不要だから大丈夫」と言った。
ワイズは入学祝いに靴と魔道ペン、定期券ケース、新しい伝版をプレゼントした。
すると息子は笑って「誕生日とクリスマスが一緒に来たみたいだ」と言った。ワイズは息子を強く抱きしめたのだった。
美味しそうにハンバーグを食べる息子をワイズはそっと見た。
「今度の日曜日にノートパソコンを買いに行かないか? ずっと欲しがっていただろう?」
「うん、でも父さんのデスクトップ使わせてもらっているし、無くても平気だよ」
ワイズは子どものように口を尖らせた。
「お前の誕生日に買わせてくれ。大学にも持っていけるから便利だぞ」
「⋯⋯うん、ありがとう」
この欲のない出来た息子にプレゼントをあげるのは難しかった。
結婚相手の女の子には「オリバーを甘やかして欲しい」と何度も頭を下げてお願いしたほどだ。
食べ終わるとワイズがお風呂の準備をしている間に息子は使った食器を洗ってくれた。ワイズがリビングに戻ってくると、息子がお茶を入れてくれた。
机の上には見慣れない黒いごつごつとしたこぶし大くらいの大きさの石が置かれていた。
ワイズはそれを見ながらお茶を飲む。息子はその石を持ち上げるとワイズの方に見せた。
「これ、友達が発展途上国に行ったお土産にくれたんだ。何か知ってる?」
ワイズはそれを息子から受け取りながら鑑定士のように色んな角度から見ている。
「何だろうな。アスファルトみたいだし岩みたいでもあるな」
「クズ魔石なんだって」
クズ魔石とは、魔石としての属性や効果がほとんどないだだの石に限りなく近い魔石のことだ。この国では魔石が取れないから、わざわざ取り寄せたりもしない。ワイズは聞いたことはあったが、見たのは初めてだった。
「ほう、父さんは初めて見るな」
「気になるでしょ? 半分いる?」
(オリバーは俺のことを良く分かっているな⋯⋯)
「いいのか?」
「ははっ、目がキラキラしてるよ。割るのは自分でやってね」
息子はそう言うとワイズに渡してきた。
■
次の日、会社に魔石切断機があるので使わせてもらうことにした。ワイズは作業用手袋をつけると、半分に切りクズ魔石を持ち上げて観察した。
見ているとむくむくと欲が出てくる。少し粉にするとビーカーに入れて試検室へと向かう。
作業机にそのビーカーを置くと、効果減少魔石と効果反射魔石の粉をそれぞれ瓶から取り出した。両方の粉をビーカーに入れて合わせる。
パッ!
一瞬眩い光がビーカーの中に灯った。
普段、魔石同士や魔石と素材が反応するとほのかに光ることが多いが、それとは明らかに違う反応をしている。
ワイズは目を見開いて作業用手袋を右手から取ると、そっとビーカーに手を当てる。熱を感じる。
おもむろに近くの鉄材の表面には塗ってみる。乾きは早そうだった。
他のものより乾きが早い。
少し待っていると乾いたようだ。触って確かめる。そしてワイズは大きく口を緩めた。
「やった! ⋯⋯やったぞ!」
ワイズは拳を空へ上げて喜ぶ。そしてドアを開けると大声でスグロを呼んだ。そのままワイズは走った。
スグロを何度も呼ぶ。
そのうちワイズを呼ぶ声が聞こえる。
「スグロ!」
「ワイズ、一体どうしたんだ?」
スグロは眉をひそめて走ってきた。ワイズはそれを見るとスグロにこう言った。
「とにかく来てくれ!」
そう言うワイズをスグロは見てニヤリとした。
「子どもみたいな喜びようだな! 行こう、俺も早く見たい!」
2人は走って試検室へと戻って行ったのだった。




