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14. ニューテックの恩返しパンチ

 ドンッ!


 ワイズは人生初めての壁ドンをされている。これは会議室と言う密室空間なのである。そしてスグロは熱のこもった眼差しでワイズを見た。


「これを見てくれ」


 スグロはワイズの目の前に紙を出してきた。ワイズはそれを受け取ると頭から読み始めた。急いでページをめくる。矢継ぎ早に最後のページまで目を通すとスグロを見た。


 その紙は契約書とそのやりとりの内容だった。相手先は大手伝版メーカー。内容は最新伝版モデルの主要機種の外側に衝撃緩和素材”エアーショックフリー”を使う旨が書かれていた。国内でも指折りの大手伝版メーカーで、その受注規模が大きい。初めて伝版メーカーに注文を受けた規模とは雲泥の差だった。


 簡単な試算をしても利益は昨年度の5倍は超える。そしてこのメーカーが使うと言うことは、近い将来ほとんどの伝版に使われることを意味する。


 それ以外にも持ち運び可能な通信機器、小型魔道製品こまどにも使われる可能性がある。


 ワイズは顔を上げてスグロを見た。おそらくワイズは目を丸くした間抜けな顔をしていたのだろう。だが、スグロもそれほど驚くことを想定していたようだ。それを見て満足そうな顔をしている。


 それは会社が上場してから4年後の王都歴2036年のことだった。ニューテックが初めて伝版用衝撃緩和素材”エアーショックフリー”販売してからおよそ6年もの間、改良を重ね続けてきた。初期の製品からは4倍近く性能が上がっていた。


 つまり衝撃緩和比率は4倍近く上がったということだ。それは初期の製品からは効果減少魔石ディグリース効果反射魔石リフレクト、それに定着剤エマルションの界面活性剤の細かい種類の見直し、質の向上、配合比率の微調整、配合箇所の改善など細かく調整し続けた努力の結果だった。


「この契約の売上と利益が今年度の決算に反映されたら、すでにプレミアム市場への昇格も狙えるほどだ」

「スグロ、それはもしかして――」


 ワイズは期待を込めてスグロを見た。スグロはワイズの意図を汲み取りしたり顔になる。


「ディベロップメント市場からアベレージ市場へ昇格するぞ」

「準備を進めなきゃだな」


 前回の株式上場では、ワイズとスグロは秘密裏に上場準備を進めて、イノテックの取締役会とニューテックの取締役会の日取りをぶつけて短期決戦で上場の決裁を勝ち取った。


 特にスグロはリサーチ会社の資料も使い、説明に厚みを持たせるとと共にニューテックの上場がイノテックへの良い材料に見えるように整えてくれた。


 そしてニューテックの取締役会も同日にぶつけたのでイザクが事前にイノテックに情報を流して準備させなかったのだ。


「今回はイザクにも相談する」


 ワイズは驚いて口を開けたが、スグロはいつもの調子だった。彼には何か考えがあるらしかった。


 次の取締役会ではイザクが何かの書類を持ってきた。おそらくスグロが後ろで手を回したのだろう。それをワイズとスグロへ配る。


 ワイズは受け取った資料を見ると、なんとイノテックの今年度の先月までの財務諸表だった。ワイズは何が起こるのか分からずイザクとスグロを交互に見た。


 イザクが資料を巡りながら説明した。


「今配ったのはイノテックの先月までの単体の財務諸表だ。そのうちの損益決算書に書かれている利益を見てほしい」


 ワイズは言われるがままにページをめくる。マイナス、つまり赤字になっている。


「その次のページに細かいセグメント別の売上や損益をまとめた表がある。他国の不況の波に押されているのも分かるが全体的に売上が落ちている。それに影響されて利益が減っている」


 売上が落ちた割に費用の金額があまり変わらないので、上がるはずだった利益が無くなってマイナスになっているのだ。


 特に心配なのは会社全体の事業でマイナスになっていることだ。


 そこへスグロが口を開いた。


「イザクさんの説明があったように、親会社であるイノテックの今年度の推移は良くない。今好調であるニューテックはイノテックのために何かをしたいと考えているのだ」


 スグロはワイズに渡した資料より少し簡潔にまとめられた資料を配ると、大手伝版メーカーへの大口契約の話をした。


 するとイザクは目を丸くした。


 スグロは畳みかける。


「この契約通りであるならば株式をディベロップメント市場からアベレージ市場へ移行が出来ると判断する。だが、流通株式比率は新規株主にとってこのままでいいのだろうか⋯⋯」


 いつもは簡潔で明解に物事を説明しているスグロが言葉を濁した。ワイズはイザクを見るとスグロからもらった資料と自分の資料を見比べている。


 しばらくの間、資料をめくる紙の音だけが会議室に響いた。


 するとイザクが電卓を叩き始める。それは重要な審判を下すカウントダウンのようにカチカチとした乾いた音だけがする。


 その音が止むと、イザクは顔を上げた。


「つまりイノテックの赤字を食い止めるのに、ニューテックの株を売らせて株の売買益として利益に組み込むならイノテックの数字も改善できるな」

「そうですね、連結決算ではニューテックの利益も含めた数値で決算書を作れるので利益は出ますが、年度末はイノテック単体の決算書も提出が必要になります。単体の数値の改善も考えるなら⋯⋯」


 イザクは乱暴に資料を握った。


「この件は、俺がイノテックとニューテックの間に入る」

「イザクさんがやってくれるなら心強いです。市場の移行準備は私とワイズで進めます」


 会議が終わると、イザクは早々に外出した。それを見たワイズは呆れていた。


「あなたって人は本当に策士ですね」

「なに、イノテック想いの取締役を焚き付けただけさ」


 スグロはイザクに相談という形で話を持ちかけて、イザク自身がイノテックの赤字をニューテック株の売却利益で補填することを思いつかせた。


 つまりスグロが描いた餅をあたかもイザクが思いついたように誘導したのだ。そしてそれに乗ったイザクは自分が功績を作るためにイノテックに話を持ちかけてくれると言ったのだ。


「さてイノテックの保有率はどれくらい落ちるだろうか⋯⋯」


 ワイズとスグロはアベレージ市場の上場に必要な資料と組織体制を整えていた。


 イザクはイノテックとの掛け合いが忙しいようで、外出が増えている。



 ■



 その年の12月に大手伝版メーカーから初めの売上金額が入金される。その金額を見たワイズとスグロは笑顔になった。


 翌年の1月にイノテックの取締役会に呼ばれた。今回はワイズ、スグロ、イザクの3人で向かった。この日はイザクが真剣な顔をしていた。


 今回の説明はスグロが契約などの説明から売上、利益の部分までを説明する。残りの株式上場からニューテックの株数の話をイザクが行うことになっている。


 スグロが資料を配ると早速説明が始まった。


 今年度の12月までの売上と利益の推移、そこへ大手伝版メーカーとの契約に基づく売上と利益の計画も説明する。


 それを聞いた取締役たちが穴が空くほど資料を見つめている。


 スグロはそこでイザクとバトンタッチをする。イザクは株式上場をディベロップメント市場からアベレージ市場への移行について話す。


 そこへスグロが事務的に準備の状況と移行可能の打診を受けていることを付け加えた。


 本題だ。


 イザクはイノテックの赤字の部分をニューテック株の売却利益で補填する話を始めた。イザクはだんだんと説明に熱が入り始める。


「我々の親会社であるイノテックを救うためにニューテックがようやく恩返しできる機会がきたのです。支配区分が変わろうとも我々ニューテックとイノテックは共にあります」


 イザクの言う支配区分とは子会社から関連会社に変わることを示している。それを聞いた社長は深く頷くと3人を見た。


「よく言ってくれた。私は深く感動した。イノテックは今不況の波に飲まれようとしている。それを手塩をかけた子会社が協力してくれようとしている。お互いがこの厳しい経済を乗り切るために1つになって乗り越えよう」


 それを聞いたワイズは心の中で毒づいた。

(何を都合のいいことを言っているんだ。不況の波で溺れているのはイノテックだけだ。それにニューテックが救ってやるというのに、一緒に乗り越えようなんてよく口が回るな)


 そこへスグロが社長に合いの手を入れる。


「そうです。今が正念場です。我々ニューテックの配当金比率を60%に引き上げるのはどうでしょうか?」


 ワイズは目を見開いた。

 それを聞いたイザクは細く笑んだ。

 社長は満足そうに手の上に顎を乗せた。


「君たちからそんな提案をしてくれるなんてうれしいな。詳しい話を詰めようか」

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