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13. スグロのニューテック解放作戦

 王都歴2029年、素材産業新聞の3面に写真入りで記事が載った。見出しはこうだ。


【ニューテック、衝撃緩和素材”エアーショックフリー”販売】


 その年に、あるメーカーの通信機器である伝板の外側に衝撃緩和素材”エアーショックフリー”が採用されたのだった。


 それは会社設立後7年目、ワイズが定着剤エマルションを見つけてから1年半後となった。


 ワイズは洗剤が定着剤エマルションかと思い、分析してみると、洗剤の中に含まれる”界面活性剤”であることが分かった。


 素材として10種類の界面活性剤を配合比率を変えながら試行錯誤した後に完成させたのだ。


 もちろんこの種類と配合は企業秘密であり、ワイズの他はスグロしか知らない。スグロがイザクにこれについて聞かれたので「大手日用品・消費財メーカーから仕入れた法人向け商品です」と説明した。


 さすがにイザクは具体的な名前を聞いてきた。


 すかさずスグロは「我々はSAA-Oオー2と呼称しています」と言うとイザクは口をつぐんだ。


 これにはワイズは口を緩めないようにするのが大変だった。スグロは口がよく回るのである。


 これはワイズとスグロが界面活性剤だと突き止めた時につけた俗称で、界面活性剤のアルファベッド表記である“サーフェイス(S) アクティブ(A) エージェント(A)”の頭文字とオリバーの“Oオー”、それからワイズとスグロが2人で見つけたので、数字の2をつけたものだった。


「暗号みたいで良いな」と2人で悪ふざけのように使っていたが、それをスグロは「我々はSAA-Oオー2と呼称しています」と言ってくれたのを、何とも小気味良いなとワイズは感じていた。


 会社は少しずつ大きくなっていく。イノテックから融資を打ち切られて迎えた4年目の決算では事業計画を上回った。


 するとイノテックは配当金を要求してきた。銀行の融資の返済もあるので8%に抑えてもらった。


 本当はもっと融資を受けて、事業を拡大すれば倍以上のスピードで会社は成長すると2人は思ったが、たらればに過ぎなかった。


 ”エアーショックフリー“を発売した年にニューテックは利益を大きく伸ばした。すると銀行の方から融資の増額を提案してきた。


 一方イノテックからは配当金比率を40%に上げろと要求を突きつけてきた。おそらくイザクが細かい数字をイノテックに渡しているのだろう。


 確かに配当金を40%に上げても、赤字にはならない。だが、急成長を遂げる会社だ。研究開発費にもお金を回したい。


 それなのに蛭が血を吸うように、ニューテックから旨味を吸い出していく。


 それどころか赤字部門であるメディアディスプレイ部門の引き取りも要求してきたのだ。


 ワイズはイノテックの社長を殴らなかったことを褒めてほしいくらいだと思った。


 それを聞いたスグロもワイズと同じ気持ちだった。


 その半年後にスグロはある提案をワイズに持ちかけるのだった。


「今やニューテックは金の卵を産むガチョウだ。100%子会社であるニューテックはこのままだとイノテックに良いように使われたままだ」

「俺だって悔しい⋯⋯確かにイノテックのネームバリューがあったからこそ、今の会社があることも分かっている。だがこの配当金比率はひどすぎる⋯⋯それに加えてメディアディスプレイ部門の引き取りまでしろだなんてあんな赤字部門⋯⋯連結会社のすることじゃないだろ⋯⋯ニューテックを潰す気なのか⋯⋯」


 スグロはワイズの言葉に同意するように頷いている。


「俺もワイズと同じく、十分イノテックに礼を尽くしたと思っている。もしイノテックの子会社じゃなくなるとしたらワイズは同意するか?」


 ワイズはそれを聞いて目を見開きながらスグロに迫る。


「そんな事が出来るのか?」


 スグロはある書類をワイズに渡した。


「要するにイノテックのニューテック株の保有率を下げればいい。ワイズ、株式上場するぞ」


 株式上場、それは成長した会社にとっての目標でもある。


 会社の資本金の額、売上や利益額、時価総額――その他いろいろな基準があるが、スグロが用意してくれた資料には株式上場の基準に照らし合わせたニューテックの現状が一覧になっていた。


 この国の株式上場は大きく分けて3種類―ディベロップメント、アベレージ、プレミアム―ワイズたちが狙うのは1番下の市場であるディベロップメントだ。


 スグロの資料を見ると金額面は条件をクリアしている。その他、会社の制度を整える必要があるがこれから準備していけば問題ない。


 ニューテックにとって必要な要素を確認すると、その後にイノテック向けのメリットが書かれてある。


 スグロはワイズがそのページを見ているのを確認すると説明を付け加えた。


「イノテックが気にするところはニューテックの成長や展望じゃない。イノテックにとってのインパクトや旨味だ」


 イノテックにとっては進出していなかった素材業界への進出をニューテックの株式上場というニュースで大きくアピール出来る。


 それはイノテックにとっても好印象を抱いてもらえる機会となる。それに加えてニューテックの成長率は新規株主が飛びつくだろう。


「俺はイノテックのニューテック株保有率を100%から51%まで下げる計画だ」


 スグロの目は本気だった。


 子会社として完全支配を出来るのは50%超の株を保有している会社のみなのだ。その上限を狙おうというのだ。


「もちろんそうなればいいが、イノテックが首を縦に振るだろうか?」


 ワイズは首を縦に振ってスグロに賛同したい気持ちを抑えて聞いた。


「それについては、ニューテックの時価総額を見るとニューテック創立時よりも株の価値がかなり上がっている。半分売ったとしても創立時よりも有価証券としての価値は大きい。それに上場するのだから、半分は市場に開放しないと体裁が悪い。まるでイノテックがニューテックにしがみついているようだ」

「それはいい響きだ。まるでじゃなくしがみついているがな」


 スグロが言うと、本当になりそうで怖い。いや、ワイズは実現出来そうだと実感して熱い気持ちが沸々と沸いてくる。


 ワイズはスグロにまっすぐ手を伸ばした。


「スグロ、協力してくれ。ニューテックをイノテックから解放する」

「ワイズが作った会社だが、俺にとっても大事な存在だ。必ず成し遂げるぞ」


 スグロはワイズと固い握手を交わした。



 反撃開始だ。



 ■



 それからと言うものワイズとスグロは意欲的に仕事に取り組んだ。スグロにも同席してもらい、イノテックの取締役会で“株式上場”についての議題を取り上げてもらった。


 スグロの資料にはニューテックの成長は控えめに書かれており、その代わりにイノテックに与える影響について事細かく書かれていた。リサーチ会社の数値などの根拠資料もつけた具体的なメリットには取締役の反応も悪くなさそうだった。


 社長も頭を軽く上下に振りながら聞いている。同意する部分がいくつもあるようだ。


 会議の感触は悪くない。


 スグロの説明が全て終わると、取締役からの質問はなかった。


 残るは社長の決裁だ。


 社長はぱらぱらと資料をめくった後満足そうな顔を2人に向けた。


「ニューテックの成長ぶりには感心している。そしてイノテックへの良い影響もあるようだ。株式上場はいつを予定しているのかね?」


 スグロが間髪入れずに答える。


「審査の状況にもよりますが再来年度の頭には上場開始の予定です。」


 それを聞いた社長が頷いている。


「分かった、承認しよう」


 社長はワイズとスグロをそれぞれ見てそう答えた。ワイズとスグロはお互い見合った。心の中では祭りだ、どんちゃん騒ぎだと興奮している。


「それとは別だが、成長も著しいから今年度の配当金は45%、来年度は50%に引き上げよう。イノテックのニューテックの保有株比率を51%まで下げるんだ。配当金比率が50%と言うことは、新規の株主にとって、すごく魅力的に見えると思うのだかね」


 社長の言葉は巨大な金属バットをスイングしてきたかのように2人の心を打ち付けてきたのだ。


(また泥水を飲まされたような気分だ⋯⋯だが、スグロもいる。俺たちは絶対に負けない!)


 こうして王都歴2032年に、ニューマテリアルテック株式会社は予定通り再来年度あたる年―会社設立から10年目―にディベロップメント市場に上場を果たしたのだった。


 ■


 その前の年には息子が小学校を卒業して、中学校へと入学した。ワイズは息子の成長をこの目で見届けていた。なんと息子は小学校の卒業式で卒業生代表としてスピーチをしたのだ。


(あんなに小さかった息子が俺の仕事をしている横で寝ると言っていたのが、まるで昨日のことのように思っていた。それが背が伸びてこんなに頼もしくなったんだなぁ)


ワイズは終始目を潤ませてビデオを撮り続けていた。卒園式の後で息子にビデオを撮ったことを伝えると恥ずかしそうに「ビデオのデータを消して」と言われたので慌ててUSBに保存した。


成長しているのは会社だけではなかった。息子もまた著しく成長している。


(俺も負けてはいられない!)

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