12. 黒字化の先に出てきた蛇(前編)
「今年度もお疲れ様でした」
スグロはお酒の入ったグラスを上げた。ワイズもグラスを上げてスグロのグラスに当てた。カチンと甲高い音を立てる。
最初の3年がようやく終わったのだ。
「社長、最初の3年で黒字になったな」
「取締役殿、こんな時だけ社長扱いかい?」
2人は居酒屋で祝杯を上げていたのだ。結果としては事業計画を抜き、予想以上の黒字となった。
ワイズの開発していた衝撃緩和素材は魔石と素材の組合せを繰り返した結果、効果減少魔石と素材をつけてミルフィーユのような層を何重にもする構造にした。
素材は3種類――木材、金属、シリコンで、
形状は液体と固体で6種類の素材を作った。
素材の両面に効果持続魔石を薄く塗る。
液体木材、液体金属、液体シリコンは形状が変えられるので使用用途が増える。
固体は形が決まっているので平らな表面には使いやすい。
だが、シリコンは紫外線で劣化しやすいので使い方に注意が必要だった。
それでもどの種類も衝撃緩和率はワイズの納得の行くものではなかったが、スグロに説得されて年度末を迎える少し前に“ディクリーサー”という名前で商品化したのだ。
そしてそんな慌ただしい1年がようやく終わって、2人が今までの苦労を労う今日だけは息子を母に預けて、スグロと語り合った。どんな話をしていても、結局はこれからの会社の展望に戻っていった。
既存素材の売れ行きは徐々に増えている。そこへ“ディクリーサー”の販路拡大と改良を来年度も進めていきたかった。
後は洗剤の容器の時のように、相手の法人から注文を受けた個別の素材を作ることも強化したいと話した。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく――
なぜならこの数日後にワイズはどん底に落とされたような気分を味わうからである。
数日後、決算の数値説明に久しぶりにイノテックへやってきた。今では馴染みの薄れたビルだ。
ワイズはニューテックが出来てから毎年来ているが、いつも居心地が悪かった。取締役が集まる重厚感のある木に囲まれた会議室。
説明の時間となり、会議室へと入る。またいつもの社長を含めた取締役9名の目がワイズの方へと向いた。
足早に資料を渡すと、真っ先に決算書の当期純利益を説明する。
黒字化達成だ。
当初の事業計画よりも数値は上をいく。その説明を聞いて何人かの取締役は頷いた。その後、今年度の取り組みを説明した。そして次年度の計画を説明する。
そこへ社長から声が上がる。
「待ってくれ。融資とはなんだ?」
「ですから今後の事業拡大のために、工場と倉庫の増設が必要でして⋯⋯」
社長はやんわりと首を左右に振った。
「ニューテックの黒字化は素晴らしい功績だ。だが、黒字化した今、そんな多額な金額をイノテックから融資をするだなんて周りに変な誤解を受けかねん。イノテックからの融資は行わない。まぁ、これだけ早く黒字化したんだ。銀行も融資をしてくれるだろう」
社長は軽やかに笑いながらそう言ったのだ。ワイズは堪えきれずに下を向いた。
(黒字化した途端に融資も打ち切りだなんて、放置もいいところだ。今勢いに乗っているまま事業を拡大しないと尻つぼみになってしまう)
ニューテックの決算の説明が終わると、勢いよく会議室からワイズは出てきた。そのままエレベーターに乗って地上まで下りる。エレベーターが地上階に着くとさっさと出口へと向かったのだった。
イノテックのビルから出るとワイズはすぐさま伝版を取り出し電話をかけた。
「スグロ、イノテックからの融資を打ち切られた。融資を受け入れてくれる銀行を探さないといけない」
ワイズは魔道機関車に飛び乗ってニューテックのビルへと戻ってきた。すぐにスグロを探す。コピー室からスグロが顔を出した。ワイズはすぐさま会議室へとスグロを連れて行った。
先ほどの取締役会でのやりとりを話した。スグロはそれを聞くと顔を歪めた。そして少し間があった後、手に持っていた書類をワイズに見せながら顔を近づけた。
「俺たちの試算した融資と売上、利益の計画だ――」
ニューテックが黒字化したと言っても、利益はほどんどないのは明らかなのだ。それならば頼る先は次年度の利益になる。今の資金では返済出来ない。これから出来るであろう利益を頼りにしながらの返済計画となるのだ。
「つまり計画通りにいかない場合は返済出来なくなる⋯⋯」
「そうだ⋯⋯これを銀行で融資を受けるとしたら、絶対に失敗出来ない。もし、失敗したら今後銀行の言いなりになるぞ」
もし計画通りの利益が上がらず返済が滞ってしまうことがあれば、真っ先に銀行が乗り込んできて経営に口を出し始めるだろう。そうなれば銀行に経営の手綱を握られるのと同義となるのだ。
それを聞いたワイズは強い目をスグロに返した。
「俺はこの会社に賭けたい。スグロ、腹を括ってくれるか?」
「俺たちはもう後戻りできない。前に進もう」
お互い頷き合うと、会議室を出て外出の支度を始めた。
何社だって王都にある銀行を巡る覚悟だ。
大手銀行が名乗りを上げた。親会社のイノテック以上にその銀行から今年度の決算と次年度の事業計画を細かく聞かれた。3年しか実績のない新米の会社だったが、バックについているのは大企業のイノテックだ。おそらくそちらを視野に入れての打診だろう。
これはニューテックにとって賭けに近い条件で銀行から融資を受けることになる。
ワイズはその不安要素を抱えながら震える手で、銀行本店長と握手をした。
その足で会社へと戻ると、すぐにイザクを呼んで会議室へと入った。
スグロが間髪入れずに説明し始めた。スグロの説明は無駄がなく、とても分かりやすい。
取締役会でのこと、大手銀行から融資を受けたことを感情を介さず事実を並べて説明した。
今の事業計画なら問題ないだろうとも説明した。
イザクの表情から何を考えているのかは読み取れない。だが、本人なりの納得をしたのかあれこれと口に出すことはしなかった。




