11. 衝撃緩和素材の開発が始まる
一方、ワイズは本格的に衝撃緩和素材の開発に取り組んでいた。
まず目星をつけたのは“効果付与:効果を減少させる魔石”―効果減少魔石、“効果付与:効果を反発させる魔石”―効果反射魔石だ。
効果減少魔石は攻撃や衝撃を和らげる効果がある。だが、減らすだけで無くなることはない。また、衝撃を減少効果が高いものは高価なので利益が出るような製品にならない。
効果反射魔石は攻撃や衝撃を反射させる効果がある。ゴムのように反発するので、例えば衝撃を与えたくないものに素材をつけることになる。
すべての人が身につけるのは不可能なので、この魔石単体では扱えない。その結果この魔石を使うとすると、他の魔石と組み合せて作るしかない。
この両方の魔石にもそれぞれ種類があり一般的なのは魔石番号が10〜20番台だ。だが、最近も新しい魔石が見つかるようで試す組合せはたくさんある。
同じ魔石同士でも比率も考えなければならない。
ワイズは試しにそれぞれの魔石の10番を半分の比率で組み合せてみる。
魔石を粉にして混ぜ合わせる。
通常少し光が出て熱を帯びることが多いが、いくら混ぜ合わせても光も熱も出る様子はない。
「そうか⋯⋯定着剤が必要なのか」
前途多難だ。
魔石の相性もあり、魔石同士だけで混ざるものもあれば、今みたいに魔石が反発してしまうことがある。
この時お互いをくっつけ合う素材が必要なのだが、これを見つけるのが難しい。
例えば、食品だとドレッシングやマヨネーズのように水と油の橋渡しとなる乳化剤が必要になるのと同じ現象だ。
魔石同士を繋ぎ合わせるには違う魔石を定着剤にすることもある。素材の場合もある。
この定着剤を見つけないと先へは進めないのだ。
■
そうしているうちに2年目も後半になった。
スグロがパリッとしたスーツ姿で帰ってきた。ワイズはスグロを迎えた。
「大口契約が取れたぞ。契約はこれからすぐに行うが、商品化するのは来年度からだ」
スグロはワイズとイザクを会議室へと呼んだ。
大手メーカーの洗剤の容器に耐水・素材強化をした素材がほしいと打診してきたのだ。開発は半年間、来年度の頭に完成させて、新パッケージとして売りたいそうだ。
スグロは興奮気味に大きな声で矢継ぎ早に要点を話すと、細かい条件が書かれた書類を2人に見せた。
事業計画では3年で黒字化、つまり3年目が終わる頃、赤字が解消される予定だったのだ。この契約を締結すれば2年目の中頃黒字化して3年目の終わりには利益が拝めるかもしれない。
ワイズはスグロを手を伸ばした。それを見たスグロはワイズの手を固く握った。それを見ていたイザクは細く笑んでいた。
おそらく今の話を聞いて、急いでイノテックに報告をしに行くのだろう。案の定、イザクは会議室から出ると外出した。
ワイズはスグロをそのまま会議室に引き止めると、衝撃緩和素材の定着剤について話した。
「はぁ、ここまで来て定着剤か⋯⋯俺の持っている知識を共有したほうがいいな。あとでパソコンでフォルダを送る」
「⋯⋯さすがはスグロさんですね。すべて見える化しているんですね」
それを聞いたスグロは眉をひそめた。
「まさかと思うが⋯⋯ワイズ、お前の知識はどこにある?」
「頭の中ですが⋯⋯大丈夫です。過去に試した素材と魔石の掛け合わせは覚えています」
スグロは大きく頭を下げた。そのままスグロは動かない。
「そういう問題じゃない」
スグロは頭を上げるとワイズに迫る。
「ここは会社だ。その固有に持っている知識、経験則を掛け合わせて1人じゃ出来ないことを実現しようとしているんだ。ワイズの知識、経験、知恵―何でもいい。
すべてを出来る限りデータ化するんだ。素材の情報は1シートずつ分けてくれ。その種類、名前、効果、属性、思いつく特徴はすべて書き出してくれ」
「素材だけで500種類以上ありますが⋯⋯」
スグロは呆れている。
「これから発見する情報も増える。とにかく1素材につき1シートだ。それから組合せも別に作ってくれ。それから探しやすいように素材、魔石ごとに番号を振り、組合せごとにも別に番号を振って一覧にしてくれ」
「分かりました」
ワイズはスグロの有能さにただただ圧倒されていた。そして頭を下げた。
ワイズは息子を保育園から連れて帰ると、食事を作り一緒に食べる。今日はカレーライスなので息子は上機嫌だ。それから一緒にお風呂に入り、最近息子がはまっている動物の歌を一緒に歌う。
歌の中でライオンが出てくるので、息子はがばっと両手を上げてワイズに迫ってくる。ワイズはお風呂のお湯で応戦した。
お風呂から上がった後、絵本を読んでいたはずなのに絵本に恐竜が出てくるものだから恐竜ごっこに変わってしまった。
息子がようやく寝たのを確認すると、自分の部屋へと戻りパソコンのスイッチをつけた。
スグロに言われた通り自分の頭の中にあることは、すぐにデータにしたほうが良いと感じた。時間がかかるから、これからは家でも作業をすることにしたのだ。
しばらく作業をしていると息子が部屋のドアの近くへとやってきた。ゾウとキリンのぬいぐるみを両手に抱えている。それを見たワイズは腰を浮かせた。
「オリバー、起こしちゃったか? それともトイレか?」
息子はとことことワイズの元へやってくると、横になった。
「邪魔しないからここで寝てもいい?」
「いつも遊んでやれなくてごめんな。週末は遊びに行こうな」
ワイズは慌てて自分のベッドの布団をかけてやった。
「ううん、父さんが頑張っているの知ってるから⋯⋯いいの。休みの日は仕事をしていいよ。僕は隣で遊んでいるから⋯⋯」
ワイズはそれを聞いて息子を引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
「せめて午前中は遊ぼうな」
「うん、父さんおやすみ」
「あぁ」
息子は目をつむった。ワイズは息子のことを見続けていた。
まだ6歳になろうという歳なのに聞き分けが良い。息子は生まれた時からあまり手がかからなかった。
おそらく前世の記憶を色濃く持っているのだろう。前世の記憶をはっきり持って生まれてくる子どもは成長が早いと聞く。
(きっとしっかりとした前世だったんだろうなぁ。機会があれば聞きたいものだ)
ワイズはパソコンの画面に顔を戻した。
その日から息子はワイズの横に来て眠るようになったので、息子の布団をパソコン机の隣に敷くことにした。
■
それから1ヶ月がたった。
スグロが痺れを切らしたような顔をしている。
「ワイズ⋯⋯いつになったらお前の頭の中はデータ化されるんだ?」
「あともう少しです。あと素材と魔石の組合せが500程残っています」
スグロは目を見開いたがすぐにため息をついきながら下を向いた。
「お前はそんなに天才だったのか⋯⋯百科事典が頭の中に何冊入っているんだ?」
「百科事典だと平均して何ページあるんでしょうか?」
「そういう問題じゃない。あとそろそろ敬語をやめてくれないか?」
ワイズは腑に落ちない顔をした。
「百科事典を完成させたら⋯⋯」
「おい!」
スグロはそう言い放つと、ワイズを少し睨みつけるように見た。ワイズはしたり顔をしてみせた。
それを見たスグロは笑い始め、ワイズも笑い始めた。
2週間後、ワイズはスグロを会議室へ呼び出すと懐に手を入れた。
「スグロ⋯⋯百科事典は完成した。最近はUSBという便利な記録媒体があるんだな。おかげで印刷しなくてすんだ」
「出来上がったのか。ありがとう。これは俺が預かる。そして俺の信用できる部下にしか情報を渡さないようにする」
ワイズは頷くと、そのまま立ち尽くしている。スグロが何か言いたそうな顔をしている。ワイズはスグロと視線を交わした。
「アイスブレイクしないか?」
スグロはそれを聞いて噴き出した。
「やっとか! ⋯⋯俺は勇者だったんだ――」
スグロも勇者だったと話始めた。スグロは前世でも優秀だったようで魔王を倒した英雄だったそうだ。
ワイズはどうやって倒したのか聞いてみた。そうすると少し俯きながら転生するほどの大怪我を負った仲間から託された素材で作った剣は他のどの剣とも違ったそうだ。
ワイズはその話を聞いてどうしても気になった。
「その素材は何だったんだ?」
「分からないんだ⋯⋯」
ワイズはそれを聞くと名残惜しそうにしたが、自分の話も始めるとスグロはすぐに納得したような顔になった。
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会社の最初の3年が終わる頃、息子は卒園式を迎えた。着慣れないスーツのような正装に緊張した面持ちだった。その1ヶ月後に小学校の入学式も同じものでいいと息子が強く主張するので、新しい正装を買わせてもらえなかった。
先月、同じ服を着たがそれでも着慣れない正装で肩に力が入った。その胸元には赤い花がつけられており、不覚にもイノテックの入社式を思い出していた。
(俺はあの頃から変われただろうか⋯⋯)
息子は眩しい笑顔をワイズに向けた。




