10. ワイズ、子会社の社長になる
取締役会で新会社設立が承認されてから、何もかもが上手くいっていて怖いくらいだった。
ワイズは子会社設立に協力してくれたあの3人とも取締役会のあとも何度も最終調整の打合せをしていた。
特にスグロさんの高いコミュニケーション力に深い知識、技術力は目を見張る物があると思っていた。ワイズは個人的にも彼が気に入っていた。スグロはワイズが子会社の社長になることを聞いていた。
「もし、俺が取締役を指名できるとしたらスグロさんを指名してもいいですか?」
スグロは間髪入れずに答える。
「もちろんさ、こっちのほうがやりがいがある」
ワイズは心に温かなものを感じ、スグロに微笑んだ。
事務的な調整はワイズとあの3人でおこなったが、対外的な決裁は開発部門長が行った。
ある時、開発部門長がワイズを会議室へ呼ぶとこう伝えた。
「会社設立は半年後に決まった。土地の選定は取締役と執行役員が行う。それから名前も決まった」
ワイズは心の中に砂袋を無理矢理入れられたようにずっしりと重くなる。
「ニューマテリアルテック株式会社だ」
(自分の会社の名前さえも決められない⋯⋯いつか、必ずイノテックの手から離れてやる)
ワイズは拳を強く握ると開発部門長の方を見ると、笑顔を貼り付けた。
「ありがとうございます。新会社の取締役は私の意見も反映できませんか?」
「ふむ、上に聞いてみないと分からないが一応聞いておこう」
ワイズは開発部門長と話が終わると会議室を出て真っ先にあるところへ向かった。
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王都歴2022年、イノテックのHPのニュース欄にはワイズの写真付きで“ニューマテリアルテック株式会社、新子会社設立のお知らせ”が載った。
ワイズは新会社のビルの前までやってきた。イノテックかは10駅ほど離れた下町に近い場所だ。工場もあるから妥当な場所だろう。工場からのトラックも行き来しやすい場所にある。
ワイズの隣にはスグロが来た。ワイズより背が高い上に若く見えるがワイズより5歳も年上だ。
「ようやく設立したな」
スグロは真っ直ぐな目をワイズに向けてくる。
「はい、ようやく始まりますね。⋯⋯必ず⋯⋯」
衝撃緩和素材の商品導入化とイノテックの手から離れることを実現する、その言葉はワイズの口からは出なかった。
そこへある男が近づいた。
「ワイズくん、スグロくん、これからよろしく頼むよ」
少し白髪が混ざり、頭が薄くなっており細身で目がぎょろっとしているこの男は、イノテックの手先であるイザクという男だ。
社長にワイズ、2人の取締役であるスグロとイザクに20名の社員という構成だった。
ワイズと取締役2人は王都にある主要な会社へと挨拶回りをした。営業も兼ねて行ったため、毎日ではないが3ヶ月ほどかかった。行く先々で相手はこう口にした。
「あぁ、イノテックさんの子会社ですね」
「イノテックさんの子会社なら今度商品を見せていただきたいです」
その度にワイズは苦虫を噛み潰したような顔をしたかったが、その上から笑顔を貼り付けていた。
イノテックの子会社だから、話を聞いてくれる。それは周知の事実だった。
もしこれがワイズが1から作った会社なら、誰も見向きをしなかっただろう。
そう、分かるからこそ憎んでいる相手に助けられる事が苦しかった。
早く功績を上げたい。イノテックの子会社じゃなく、”ニューマテリアルテックだからお願いしたい”、そう言われるように少しでも早くなりたい。
だが、現実はそう甘くない。
会社が設立して家庭用魔道製品と小型魔道具の素材が売れ始めた。これはイノテックから直接仕入れている。
それと並行して新素材の開発を行っているのだ。
国の中で魔物を狩ったり、ダンジョンがあるわけではなかった。この国では他の国から魔石を仕入れている。
その魔石は大きく分けて2種類ある。
1つは属性を付与するもの。
炎や水、雷、風、土など属性を素材に付与できる魔石である。
もう1つは効果を付与するもの。
素材の強度、耐熱、耐電、耐水などの効果を付与するもの、効果を上げるものだ。特殊なものになると、効果を減少させるもの、効果を跳ね返すものがある。その魔石は特殊効果魔石と呼ばれ、この先ワイズが手に取ることになるだろう。
素材は木材、金属、岩など様々あるが、素材に付与しやすいようにする魔石もあり、その魔石を使った素材は魔素材と言って、魔石加工をする素材として優遇される。
ニューマテリアルテック株式会社こと、ニューテックはどちらの素材も開発対象だ。
素材に掛け合わせる魔石の組合せは無限だ。
複数の魔石を掛け合わせることが出来るし、その比率や魔石加工を素材の一部にも出来るため、いくつかのパターンを作り魔石を掛け合わせていくしかない。
まず、基本的な素材をラインナップとして加える。
耐熱木材、耐熱金属、耐水木材、耐水金属、耐熱耐水木材、耐熱耐水金属――
そしてただ素材に魔石を組み合わせればいいものではない。
その技術力で素材に魔石を均等に付与出来るかが決まる。
今は機械で行えるが、その機械の使い方、魔石を付与する量、時間などで付与の出来栄えが変わる。
ワイズは悩んでしまった。
「俺は素材の組合せは幾通りも思いつくし、検証出来るが機械については明るくないんだよな⋯⋯」
「ワイズ、これは俺の得意分野だ。こっちの仕事は俺が引き取ろう」
スグロは機械の調整をして1日かけて幾通りも試しているようだった。
それが終わると、次の日に試験的に機械を動かして日に5回確認しに行くと、機械の調子と素材の質を確認した。
その間に機械の操作マニュアル、素材の魔石の量と機械の操作時間などを書いた業務マニュアルを作っていた。
3日後には、スグロが選んだ社員5名にその業務マニュアルを渡しながら説明していた。
その明くる日、実際に社員にやってもらうのをスグロは隣で見ていた。時折、社員を呼んで何か説明しているようだった。
業務マニュアルのページをめくると、指を指しながら説明している。
そして日に最低3回始業後、昼休み明け、終業前に機械と仕掛品を含む製品の確認をして記録を付けさせた。
そして終業前には必ず報告をさせていた。
ワイズは彼の仕事ぶりに心から感心するとともに安心した。
そうして出来上がった素材は質も安定していて、相手先にもその素材の質が評価された。素材も安定的に売れ始めたのだ。
初めの1年が終わる頃、事業計画と照らし合わせてみる。事業計画を少し上回っていた。
ワイズとスグロは「まぁ、上々か」とお互い頷いた。




