反抗と憎しみの先に
お父さんが紗那のすごさを見抜いていた理由——
それは、お父さんが人一倍、苦労をしてきた人だから。
お父さんは在日韓国人の二世だった。
幼いころから「韓国人」ということでいじめられ、自分を守るためにいじめっ子と闘ってきた。
それから大人になり、社会に嫌気がさしていたのか、
定職にはつかず、親に反抗して自分の好きなことばかりしていた。
30代になると、両親が決めたお見合いで、同じ在日韓国人である私の母と結婚した。
私が生まれたばかりのころ、お父さんはギャンブルばかりしていた。
いわゆる「ダメな父親」だった。
しかし、紗那が生まれる頃には、お父さんはギャンブルをやめ、
船舶の乗組員として就職し、真面目に働き始めた。
これは、きっと本能的に「紗那は自分の子だ」とお父さんが直感していたからではないだろうか。
私は12人の男性神と女神ヴィセラから生まれている。
お父さんにとって、私の存在は「何か違う」と感じるものだったのかもしれない。
でも、紗那には特別な何かを感じたのだろう。
そして、何よりも——
紗那が素直な子だったからこそ、お父さんは真面目に働こうと思えたのかもしれない。
***
私は、紗那のおかげでこの家族の一員になる夢が叶った。
おとぎの世界にいた私は、紗那の存在を通して、現実世界に生まれることができた。
長女として、紗那の姉として。
でも、私は決して「模範的な娘」ではなかった。
私は——
お父さんに反抗し、憎しみを抱いていた。
***
私はとても自己中心的な子供だった。
私は紗那のように素直になれなかった。
私は紗那のように純粋ではなかった。
紗那は、どんなときも人を信じ、真っ直ぐに相手の言葉を受け取ることができる子だった。
でも、私は違った。
私はすぐに疑った。
私はすぐに反発した。
私は、自分のことしか考えられなかった。
お父さんが私に何かを言うたびに、私は反抗した。
「こうしなさい」と言われれば、「なんで私がそんなことしなきゃいけないの?」と返した。
「お前は紗那と違って意気地のない子だ」と言われれば、「うるさい!」と言い返した。
私は、家族の中でずっと「厄介な存在」だったのかもしれない。
そして、それを認識していたのは、きっとお父さんだけだった。
***
だからこそ、お父さんは紗那のすごさを見抜いていたのだ。
私のように、自己中心的にならず——
私のように、ひねくれず——
紗那は、ただ真っ直ぐに自分の住む世界を受け入れることができた。
お父さんは、私のこともよく分かっていた。
「お前は、俺のことを何だと思っているんだ。」
「なんだと!!もう一度言ってみろ、この野郎!!(怒)」
そんなふうに怒鳴られたこともあった。
私はそのたびに、お父さんが嫌いになった。
「どうして私は父を敬わなければならないの?」
「親父が大嫌い!」
でも、今になって思う。
お父さんは、本当は全部分かっていたのかもしれない。
私が、紗那のおかげでこの世界に来られたことも——
私が、本当は自分を守るために自己中心的でいようとしていたことも——
そして、私がずっと紗那のようになりたかったことも。
***
私は、お父さんに憎しみを抱いていた。
でも、それはきっと——
私自身に対する憎しみだったのかもしれない。
私は、紗那のようになれなかった。
私は、素直に生きられなかった。
私は、お父さんに認めてもらいたかったのに、それができなかった。
だから、私はお父さんに反抗した。
お父さんの言葉が正しいと分かっていても、
私は意地でも受け入れなかった。
「紗那はなんでお父さんに対して怒りや憎しみを持たないのだろう?」
そんなふうに、ずっと思っていた。
でも——
もしかしたら、お父さんはそれすらも分かっていたのかもしれない。
だからこそ、私には期待をかけず、紗那のすごさを理解していたのかもしれない。
***
私は、紗那のおかげで現実世界に誕生した。
でも、私はまだ「この世界にいていい存在なのか?」という疑問を抱えていた。
紗那が純粋だから、私はこの家族に入ることができた。
紗那が素直だから、私はお姉ちゃんになれた。
でも、私は?
紗那がいなかったら、私はここにいなかったのではないか?
私は、紗那のすごさを証明したい。
私は、お母さんに、家族に、紗那がどれほど特別な存在なのかを伝えたい。
それは——
紗那の存在を肯定することが、私自身の存在を肯定することになるから。
私がこの家族の一員になれたことに、意味があったのだと証明するために。
私は、紗那を『すごい』と心から言いたかった。
それは、私が「ここにいてもいいんだ」と思うための、大切な言葉だった。
だから——
私は、紗那のすごさをこの世界に伝えなければならない。
お父さんだけが分かっていたことを、私はもっと広めなければならない。
それが、私の『長女』としての役目なのかもしれない。