鏡の世界
妹の紗那は職場やママ友との人間関係に疲れていて、
インターネットや本などで色々なことを調べていた。
「私、語彙力がどうしても足りなくて、ママ友と話していると浮くんだよね。
それが密かに悩んでいる事なんだ。」
そういう悩みを打ち明けてくれた。
私は、「紗那は紗那らしくしていればいいんだよ。」
と答えるのが精一杯だった。
そんなある日、紗那は私にある本を紹介してくれた。「鏡の世界」という本だった。
「お姉ちゃん、これ読んでみてよ」
「何これ?」
「自己認識とか、引き寄せの法則とか、心理学的な話も混ざってるみたいだけど……要するに、『自分が見ている世界は、すべて自分自身を映している』っていう考え方の本」
「あなたが見ている世界は、あなたの心が作り出したものです。
あなたが他人に感じる感情、他人の態度、出来事のすべては、あなたの内面の反映なのです」
私はすぐに本を閉じた。
——そんなはず、あるか。
しかし、紗那の勧めてくれた本が気になり、読んでみると、疑いつつも少しずつ理解するようになってきた。
「鏡の世界」に書かれていた言葉は、最初は信じがたかったけれど、読み進めるうちに妙に納得できる部分があった。
「世界は自分自身の反映である。」
この言葉を意識し始めてから、私はふと気づいたことがある。
今まで、私は「神々の子」であることを自分のアイデンティティの軸にしていた。
でも、その考えに縛られていたのは、もしかすると私自身だったのかもしれない。
この世界に生まれた意味を探し、特別であることにしがみつくことで、自分を保とうとしていたのではないか?
そして、驚くべきことに——
紗那もまた、この本を読んで前向きになっているようだった。
紗那は職場やママ友との関係に疲れ切っていた。
けれど、「鏡の世界」の考え方を取り入れることで、自分の見方が変わったのだという。
「前はね、ママ友の集まりに行くたびに『私、なんか浮いてるんじゃないか』って不安だったんだけど……最近は『私が勝手にそう思ってただけなのかも』って思えるようになったの」
「それって、すごい変化だね」
「うん。だから、お姉ちゃんもそうかもしれないよ?」
「……私も?」
「うん。お姉ちゃんはずっと、『私は神々の子』って思ってきたでしょ? それって、きっとお姉ちゃんにとってすごく大事なことだったんだと思う。でも、もしその考え方を少し変えたら、もっと楽に生きられるかもしれないよ」
私は黙って、紗那の言葉を噛みしめた。
「ねえ、紗那」
私は思い切って、これまで誰にも話せなかったことを口にした。
「私の妄想、聞いてくれる?」
紗那は少し驚いた顔をした後、「うん」と頷いた。
私は、今までの自分の考えを語った。
神々の子としての使命。
十二人の男性神と女神ヴィセラ。
この世界の法則を超越し、頂点と底辺を行き来する存在としての私。
紗那は、途中で笑ったり、驚いたりしながらも、最後まで真剣に聞いてくれた。
「お姉ちゃん……」
「すごいね。お姉ちゃんの妄想、なんか……壮大で、物語みたい」
私は、なんだか拍子抜けしたような気持ちになった。
「私、ずっとこの妄想を誰にも話せなかったんだ。こんなこと言ったら、頭おかしいって思われるんじゃないかって」
「うーん……正直、ちょっと変わってるとは思うけど……でも、誰だって少しくらい変な考え持ってるもんじゃない?」
「え?」
「私だって、前は『ママ友に嫌われてるんじゃないか』って思い込んでたし、お姉ちゃんは『神々の子』って思ってた。それって、どっちもある意味“自分で作った世界”じゃない?」
「お姉ちゃんの妄想、私は好きだな」
「……ありがとう」
そう言われて、私は少しだけ救われた気がした。
紗那と話しているうちに、私はふと気づいた。
——私は、紗那のことが大好きだ。
それはずっと当たり前のことだったのに、改めて思い出すきっかけになった。
紗那は、私をおとぎの世界から現実の世界に連れ戻してくれる子だったから。
小さい頃から、私はよく妄想をしていた。
神々の世界、特別な力、選ばれた存在——
私の頭の中には、いつも壮大な物語が広がっていた。
でも、そんな私に現実の世界を教えてくれたのは、いつだって紗那だった。
そして今も、紗那は私を救ってくれた。
私が神々の世界に囚われて苦しくなったとき、
彼女は「鏡の世界」という本を通して、私に「現実」を見せてくれた。
「紗那、ありがとうね」
「え? 何が?」
「……なんでもない」
この子はきっと、自分が私を救ってくれたことにさえ気づいていない。
でも、それが紗那らしい。
私はこの世界に神々の子として生まれたわけではない。
だけど、紗那という「私を現実に連れ戻してくれる子」に出会えたことは、
間違いなく、私の人生にとっての“奇跡”だった。
それなら、私はこれからどう生きていこう?
神々の世界と現実の世界の間で揺れるのではなく——
どちらの世界も、自分のものとして生きていけばいいのかもしれない。
私は妄想することが好きだ。
そして、そんな自分を受け入れてくれる紗那がいる。
だったら、私はこのままでいいのかもしれない。
私は、これからも妄想するだろう。
神々のことを考え、特別な存在であることに憧れ、
時にはまた「私は神々の子……」と呟いてしまうかもしれない。
でも、私はもう、それに囚われることはない。
紗那が私を、現実の世界に引き戻してくれるから。