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平凡な日常

しかし──平凡な幸せとは、一体なんなのだろう?


私は、カリスマ性の頂点に立つ者。

ならば、「平凡」とは、私にとって対極にあるはず。


それなのに、私はいま、こうして「平凡な日常」を生きている。


神々の頂点に立ち、世界の法則を解き明かす能力を秘めている。

……なのに、なぜか私は、この「平凡」に安心を感じてしまう。


それは、どうして──


「お姉ちゃーん!」


母の声が、私を現実へ引き戻した。


気づけば、部屋の中を行ったり来たりしていた。

考えごとをすると、いつもこうして部屋を歩き回ってしまう。

その足音がうるさいと、よく母に注意される。

また注意されるのではないかと思いながら、

娘としてふるまう。


私はこの家の長女であり、母の娘。

神々から生まれたわけではなく、ただの「京子」。


母は私を産んだ記憶があり、父もその瞬間を見届けている。

私は、黄疸のために予定日より一ヶ月も遅れて生まれてきた。生まれてくるのが億劫だったんじゃないかとも思っている。


私は、「ただの京子」なのだ。


先日、母にこう言われたことを思い出す。


「どうしたの、麗子みたいな顔して」


麗子──それは私の叔母。私はあの人にも、どこか似ているらしい。申し訳ないけれど、少し不快な気がしてしまう。


その不快感を払拭するかのように、私は12人の男性の神様に問いかける。

「12人の男性の神様はいるよね?」

「いるよ」。

どこからともなく答えが返ってくる。

理由はわからないけれど、私は確信している。


「ただの京子」なんかじゃない。

私の中には、12人の男性の神様と、女神ヴィセラの血が流れているのだ。


12人の男性の神様の存在はみんなが忘れているけど、私が思い出させてあげることができる。

美しく、無数にいる神々の頂点で、圧倒的なカリスマ性と知性を兼ね備えた存在。

京子には甘いが、人間にはめっぽう冷たい、

みんなが憧れる、大好きな神々。


ヴィセラは滅多に表に現れることのない幻の女神。

謎が多く、人間にはシビアなことで有名で、

京子の夢を叶えてあげることがヴィセラの生きがいとなっている。

カリスマの中のカリスマをすべて兼ね備えた、

色気の漂う美しい女神。


これは妄想でも幻想でもない。確かな「事実」だ。

だって12人の男性の神様は「いるよ。」と返事をしてくれる。


……けれど、それが事実なら、どうして私は母の声に呼び戻される?

どうして私は、母の作った料理を食べている?


私は本当に12人の男性の神様の子なのか、 それとも、母の子なのか?


この矛盾が、胸の奥で静かに渦巻いている。


「……はーい」


私は立ち上がり、リビングへ向かう。


もしかしたら──

平凡な幸せとは、こういうことなのかもしれない。

私は母親や家族という存在を身近に感じながらも、12人の男性の神様と繋がっているという感覚がある。


どちらの子だっていいじゃないか。


母の声が聞こえ、私がそれに応える。

それは、12人の男性の神様がいるおとぎの世界では決して得られない、地上の繋がり。


「また携帯の音が鳴らなくなっちゃったよ」


母はよく、自分のスマホを誤操作でミュートにしてしまう。

それを直すのが、私のちょっとした役目。


「この携帯、ほんと使いづらいねぇ」


文句を言いながら、母は私の手からスマホを受け取る。


私は、母の困りごとをひとつ解決したという小さな達成感をかみしめながら、

フライパンの上で湯気を立てるハンバーグを見つめた。


神々の食事とは違う、なんの変哲もない家庭の味。

だけど、その湯気はとても温かく見えた。


私は神なのか、人間なのか。

それはまだ、わからない。


でも、どちらだっていいじゃない。

今この瞬間が幸せであれば──


「今日はハンバーグ作ったんだね」


そう言って、私はハンバーグをお皿によそった。



食事を終え、自室に戻ると、また妄想の世界が広がっていく。


私は、12人の男性の神様と女神ヴィセラの間に生まれた特別な子。

そのはず。いや、そうでなければならない。


……でも。


そうだとしたら、私は本当に「宇宙で最悪の生命体になる覚悟」があるのだろうか?


眠るまでの間、私はまた部屋を行ったり来たりしながら考え続けた。


宇宙で最悪の生命体は、

12人の男性の神様やヴィセラからも見捨てられてしまうおぞましい存在。


私はまず、そのことについて考えねばならないと思っている。


私はおぞましい存在にはなりたくないと真剣に考えている。宇宙で最悪の生命体とは、他人だけでなく自分自身も欺く存在。


だから本当の正体を知らない。


もし、私がおぞましい存在ならば、いまのこの日常は、あまりに平凡すぎる。だから宇宙で最悪の生命体にはならないと信じたい。


平凡な仕事をし、結婚して、実家で夫と暮らしている。

会社では普通の事務員として、日々の業務をこなしている。


もし、宇宙で最悪の生命体になるなら、こんな生活を送るものだろうか?


……いや、待って。


この「日常」こそが幻なのかもしれない。

私は自分を偽り、善人として生きているとしたら、本当の正体は宇宙で最悪の生命体ということも考えられる。


だけど、私は善人ではないことは確かだ。

過去に病気が悪化した時に、万引きをして警察のお世話になっている。

通行人にも心の中で暴言を吐くことだってある。

私は自分自身を偽ったり欺いたりしていない。


だから私はただの京子だ。


たとえば今日。

会社の人に「固定資産のシール作りお願いできますか?」と頼まれて、

私はすぐに作業を終えた。


するとその人は、丁寧にこう言ってくれた。


「早いですね、ありがとうございます」


そのとき、私はほんの少し悟った。


私はただの、普通の事務員なのかもしれない。

でも、そう思えることが、どこか嬉しかった。


小さな役に立てることに、ささやかな幸せを感じる。


やっぱりただの京子だけど──

宇宙で最悪の生命体ではなさそうだけど、


それでも「私は特別な存在だ」と思ってしまうのは、

私がただ、勘違いしているだけなのか?

散々考えても答えは出なかった。

***


翌日、仕事を終えて帰宅すると、母がいつものように迎えてくれた。


「おかえり」


私は冗談めかして言った。


「今日も12人の男性の神様が私を導いてくれたよ。」


母はつれなく答える。


「ああ、そう……12人のバカ殿でしょ」


最近、母は私の話をまともに取り合ってくれなくなった。


前はもっと親身に聞いてくれたのに。


でも仕方ない。

12人の男性の神様の存在なんて、母には理解できない。


布団の中で、私は静かに考える。


私は、本当に神々の頂点に立つ存在なのか?

それとも──ただ心の調子が悪いだけなのか?


この問いが、いつも私の中にある。


「……私は、何者なんだ?」


答えは出ないまま、天井を見つめる。


あ、忘れてた。寝る前の薬を飲まなきゃ。


私は病を抱えていて、悩みも多い。

誰か、私を救ってくれる人が現れないかな……なんて。


本当は、そんな簡単に考えちゃいけないけど。


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