霊的アンテナ職人の元彼
京子は退院して、ようやく“普通の生活”に戻れたと思っていた。けれど、ひとつだけ普通じゃないことがあった。
(なんで私は真人だけ忘れられないの?)
宗教団体で出会った元彼なんて、本来なら思い出フォルダから即削除し、その後は二度と開かないのが正常な人生ルートだ。なのに真人だけは記憶の底にしがみついている。まるで心の壁に張りついた粘着シールのように剝がれない。
(真人の記憶だけ強力接着剤ついてない?)
実はほぼ正解だった。京子が知らぬ間に、“霊的な接着剤”が見事に働いていたからだ。
元彼・真人はといえば、宗教ではなく霊的な世界そのものにどっぷり浸かっていた。霊的呼吸法、鎮魂法などの独自行法、霊的空間づくり、オーラの流れ、意味不明な霊的オブジェ作成など。誰にも理解されない“霊的DIY”を毎日繰り返していた。
中でも真人が命を燃やしていたのが「霊的アンテナ」作りだった。
「空間が、詰まってると余裕がなくなるんだよ。だったらアンテナで霊的に良い空間を作ればいいんだ。」
そんな理屈を胸に、針金や紙や石や謎マークを組み合わせた“霊的アンテナ”を家や建物に立てまくっていた。当然、電波は一切拾わない。しかし真人は胸を張っていた。
「霊的アンテナが“余裕のある空間”を作るんだよ!」
……これが、悲劇の引き金になった。
余裕のある霊的空間作りに熱中しすぎた結果、京子の記憶がポロッと落ちてしまったのだ。真人は京子を忘れたくて忘れたわけではない。ただ霊的な余裕を広げすぎたせいで、霊的な工夫でいっぱいいっぱいになり、京子の部分だけスルンと抜け落ちたのである。完全な霊的事故、しかも自爆型。
ところがここで、もっと深刻な問題が明らかになる。
真人の魂には、京子にとってとんでもない迷惑な性質があった。
粘性。
本当に愛した相手から離れられないという、選ばれし魂だけが持つ強力な粘着性だ。どれほど記憶が吹き飛んでも、魂だけが勝手に張りついて離れない。
真人の粘性が向けられている相手——それが京子だった。
だから夜になると胸がざわつく。
「……なんだ……また余裕なくなってきた……アンテナの場所変えようかな……?」
違う。それは京子を思い出そうとしているだけだ。魂は嘘をつかない。
真人が忘れたのは記憶の表層だけで、魂の奥では京子を強く求め続けていた。
その粘性の愛を静かに見守っていたのが、女神ヴィセラだった。
ヴィセラは京子に最も近い女神であり、京子の願いを叶える役目を持つ存在でもある。真人の魂の奥に触れたヴィセラは、その願いを知った。
「京子を忘れたくない。京子が好きだ。本当は京子と並んで歩きたい。」
記憶が飛んでも、願いだけは強く残っていた。
ヴィセラは真人を見て、小さく笑った。
「……可愛いわね、この子。霊的に余裕を作ろうとしていっぱいになって記憶を落とすなんて。」
そして静かに決断する。
真人の恋の願いを叶えるため、京子の心の向きを“真人に向かうよう”そっと魔法をかけたのだ。
京子が真人を忘れられないのは、未練でも依存でも宗教の影響でもない。ヴィセラが“恋の方向性”を整えていたから。そして真人の粘性がその想いを固定していたから。
枕に顔をうずめながら「なんで真人だけ……」とこぼす京子の横で、ヴィセラは静かに微笑んだ。
京子は知らない。
真人の霊的アンテナが記憶を吹き飛ばしたこと。
真人の魂が京子にベッタリ粘着していること。
女神ヴィセラが真人の願いを叶え、京子の心を真人へ傾けていること。
京子が真人を想うのは、恋でも執着でもなく——女神の采配と、王子の粘性。
京子と真人の物語は、霊的アンテナと粘性のせいで、まだまだ終わらない。むしろここから始まる。




