死んだはずの推しに会いまして ※ただし、三次元の
――推しが死んだ。二次元ではなく、三次元の、だ。
その日、私こと宮内美奈は、いつも通り終電を逃し、深夜まで残業していた。
新卒で入った会社は所謂ブラック企業で、サービス残業と土日出勤が当たり前の会社だった。同期が次々と辞めていくなか、私は三年も耐え、今年で二十五歳になった。
しかし、事件は突然起きた。
私の推しであり生きる理由である、超人気声優、内藤春斗が亡くなったのだ。しかも、病気や事故などではなく、ファンに刺されて亡くなるという、非常にショッキングなものだった。捕まった犯人は内藤春斗のストーカーで、交際を断られ逆上し殺害に及んだという。
私はその日、ネットニュースで事件を知ったあと、ショックすぎて頭が真っ白になり仕事が手につかなくなった。深夜まで残業したものの全く仕事が終わらず、諦めて一旦帰宅することにしたのだ。
帰り道、私は疲れ切った体を引きずりながら、なんとか自宅を目指していた。既に十連勤目の私は、次第に意識が朦朧とし始め、歩くのもやっとだった。
(――あかん、もう、生きがいがない)
涙で視界が滲んでくるのがわかった。仕事中泣くのを我慢していた分、次から次へと涙が溢れてくる。
今まで、推しのために働いてきたようなものだった。推し活資金を稼ぐためにがむしゃらに頑張り、気づけば営業成績トップに上り詰めていたほどだ。働く目的を失った今、もう頑張ることはできそうになかった。
嗚咽を漏らしながら歩いていると、後ろからいきなり大きな怒鳴り声が聞こえてくる。
「おい、君! 危ないぞ!!」
「え?」
振り向いた時にはすでに手遅れで、トラックが私のすぐ目の前まで迫ってきていた。どうやら、気づかないうちに赤信号を渡ってしまっていたらしい。トラックのライトが、やけに眩しく感じたのを覚えている。
ドンっと鈍い音がした後は、あまりよく覚えていない。いつの間にか雨が降り始めていたようで、顔にかかる雨粒が鬱陶しいなとぼんやり思ったところで、意識が途絶えた。
***
意識が戻り再び目を開けると、そこには病院の真っ白な天井――――はなく、どこかの建物の廊下に立っているようだった。そして目の前には、水色のドレスに身を包んだ可愛らしい少女が立っている。
(どこやここ? というか、私トラックに轢かれたのに、なんでもう立ててるんや?)
頭の整理が追いつかないでいると、目の前の少女はその大きな瞳に涙を溜めながら、私に話しかけてきた。
「エルミナ様……どうしてそんな酷いことをなさるのですか……?」
「は?」
かけられた言葉の意味が理解できない。というか、私はエルミナじゃなくて美奈だ。思考が停止し、私はただただ少女を見つめることしかできなかった。
しかし、少女を凝視していると、次第にとある記憶が呼び起こされていく。
(……ん? え、待って。めっちゃ見覚えあるんやけど、この子)
一拍置いてから、目の前の人物と私の記憶の中にある人物とが結びついた。
(この子、『騙され王子の没落王国復興物語』に出てくるリアか!?)
『騙され王子の没落王国復興物語』は、私の推しである内藤春斗が声優として出演していた人気ウェブ小説原作のアニメだ。私ももちろん視聴済みで、今は第一期が終了し、第二期の作成が決定されていた。
その物語に出てくる侯爵令嬢リアは、第一王子デリックの婚約者である公爵令嬢エルミナに虐められているキャラクターだった。
(エルミナって呼ばれたということは…………)
慌てて自分の服装を見ると、目に映ったのはいつものくたびれたスーツではなく、赤色の豪奢なドレスだった。それは、アニメ第一話でエルミナが着ていた服装だ。
自分の頭からサアッと血の気が引いていくのを感じていると、後ろからガヤが聞こえてきた。
「あなたがデリック殿下にまとわりついているからでしょう!? エルミナ様という婚約者がありながら! 恥を知りなさい!!」
どうやら、エルミナの取り巻きが加勢してくれているらしい。ありがとう。でも今それどころじゃないんだ、ごめんな。
頭をフル回転させて情報を整理しようとした途端、それを許さないかのように煩い男の声が廊下に響き渡る。
「おい、エルミナ! お前リアに何をした!? また懲りずにリアを虐めていたんだろう!? リア、大丈夫か?」
その煩い男が可愛らしい少女リアのことを心配そうに見つめると、彼女は涙ながらに自分が受けた被害をその男に訴えた。
「デリック殿下……私、急にエルミナ様に怒鳴られて……」
煩い男はどうやら王子デリックのようだ。
ああ、情報過多。頭が痛い。
「ちょーっと失礼させてもらいますね……?」
私は今のこの状況に耐えきれず、そそくさと一人その場を後にした。背後からデリックのうるさい声が聞こえてくるが、今はそれどころではない。そして、脳内に地図を思い浮かべながら、廊下を突き進み中庭へと出る。
(確かこの辺に……あった!)
アニメを何回も見ていたおかげで、なんとなくの場所がわかるのは幸いだった。ここは、エルミナたちが通う貴族学校だ。そして、中庭には池がある。私は池に顔をのぞかせ、自分の顔を見ることにしたのだ。
答えは半ば分かりきっていたのだが、正直受け入れたくはなかった。池の水面には、赤い髪に水色の瞳をした美しい少女の姿が映っていたのだ。残念ながらその姿は、間違いなくアニメで見たエルミナと同じ容姿だった。
私はそのままフラフラと中庭のベンチに座り込み、頭を抱える。
「あり得ない……あり得ない……!!」
(なんで異世界転生なんかしてんねん……しかも転生先が悪役令嬢ってベタすぎるやろ……せめてもっとモブにしてくれや……)
創作物でよくある異世界転生だが、いざ自分がその身になってみるとパニックになるものだ。これから起こる展開を知っている分、余計に焦りが募る。心臓が早鐘を打ち、指先は氷のように冷たくなっていた。
すると、途方に暮れ項垂れていた私に、声をかけてくる人物がいた。
「君、どないしたん? 頭抱えて」
(ん? この声は!?)
突然聞こえた甘い声にバッと顔を上げると、予想通りのキャラクターがそこにいた。私の推し、内藤春斗が声優を務めていたレオンハルトだ。声優デビュー当時から追っている古参ファンの私が、推しの声を聞き間違えるはずがない。
レオンハルトは隣国の王子だ。留学生としてこの国にやってきており、王子デリックの友人というキャラクターである。しかし、アニメとは明らかに異なる点があった。
(いやいやいやいや、こいつ絶対中身日本人やろ。思いっきり関西弁やん!?)
西洋系の整った顔立ちに、プラチナブロンドの髪と金色の瞳を持つレオンハルトが、関西弁を話しているのは違和感がありすぎる。
(でも、この声で関西弁はあかんて。推しを思い出してまうわ……)
内藤春斗は関西出身で、ラジオやイベントトークなどではコテコテの関西弁を話すのだ。もう二度と聞けないと思っていた推しの素の喋り方を聞けたような気がして、思わず泣きそうになってしまった。
でも今は、私の顔を覗き込んでくるこの美青年に言葉を返さなければならない。相手が何者かわからない以上、ひとまずはエルミナのフリをしよう。
「ええと、少し頭が痛くて、休んでいただけですわ」
「あらま、大丈夫か? 保健室連れて行こか?」
「い、いいえ。大丈夫ですわ。少し休めば治りますので」
「そっか。君、確かエルミナやっけ?」
そう言いながら、レオンハルトは私の隣にドカッと座った。正直これ以上話したくないのだが、ここで立ち去るのは不自然な気がして、話に付き合うことにした。
(確か……アニメでは、エルミナとレオンハルトが喋ってる描写はなかったか)
私は前世の記憶を呼び起こしながら、エルミナとして最適な台詞を頭の中で考える。
「はい。あなたはレオンハルト様ですね。殿下のご友人だと伺っております」
「そーそー。でも酷いよなあ、デリックのやつ。こんな可愛い婚約者放ったらかしにして、別の女の子にうつつ抜かすやなんて」
(ぐはっ。その声で! 可愛いは!! あかんて!!!)
私に対してではないとわかっているが、推しの声で「可愛い」と言われてしまい、思わず時と心臓が止まったかと思った。私は表情が固まったまま、なんとか言葉を返す。
「で、殿下ももうすぐ卒業ですから、今のうちに自由を謳歌されているだけだと信じております」
「寛大やなあ。俺やったら締め上げてるわ」
レオンハルトがファイティングポーズを取りながらそんなことを言うから、私は思わずクスリと笑ってしまった。この世界に転生したとわかって不安だった気持ちが、ほんの少し薄れていく。
するとレオンハルトは、にこやかに微笑みながら、私の顔を覗き込んでとんでもないことを言い出した。
「ほなエルミナも、俺と遊ぶ?」
「へ?」
「またお茶でもしようや」
曇りのない笑顔でそんなことを言われても困る。推しの超癒やしボイスで言われるもんだから、さらにタチが悪い。可愛すぎるだろ、おい。
シナリオにない会話にどう対応すればいいかわからず、私は微笑みながら当たり障りのない返答をした。
「はい、また機会があればぜひ」
その返答に、レオンハルトの天使のような笑みが、悪戯っぽい悪魔のような笑みに変わった。レオンハルトは目を眇めながら、私を見遣って驚くべき発言をしてくる。
「君、エルミナちゃうな?」
「え?」
「俺と同じ転生者やろ?」
「は? 何のことでしょうか……?」
私は微笑みを保ちながらも内心は冷や汗ダラダラで、なんとかシラを切り通そうとした。
レオンハルトの今の発言から、相手は転生者確定。敵か味方か、それが問題だ。お前はええよな、安全圏から見守るだけのキャラクターなんやから。こちとら断罪確定の悪役令嬢やぞ。
私の思考が目まぐるしくグルグルと回っているところに、レオンハルトはニヤリと笑いながら続けた。
「普通のキャラクターはな、こんなあからさまな関西弁使ってたら、何事か? いう顔すんねん。それに、初対面の人に『またお茶しよ』言われたら、初めて会うのになんで『また』? って疑問に思うんやで。君、関西人やな?」
「んぐうっ」
(せやなあ、関西弁の『また』には『今度』の意味があるなあ! 完全に私のミスやわ!!)
頑張れば言い逃れ出来そうな気もするが、なんだか面倒になってきた。もういいか、一旦打ち明けよう。もし敵だったら、その時考えよう。
私は大きく溜息をついて、観念したようにレオンハルトに白状した。
「そうです。私は前世では東京で暮らしていましたが、上京するまではずっと関西にいました」
「うわあ、めっちゃ嬉しい! やっと転生者に会えた! こういう時のために、関西弁使い続けてて良かったわ〜。俺だけこんな世界に来るやなんて、絶対おかしいもん!」
レオンハルトは、推しの声でくしゃりと笑いながらそう言った。
(あーーーーー、天使かな?)
私は眼の前の人物が可愛すぎて、思わず手を合わせて拝んでしまった。レオンハルトが怪訝な顔をしたので、すぐに止めたが。
もうこの際あれだ。死んだ後に神様が、推しの声を聞けるようにボーナスステージを用意してくれたんだと思おう。
私が心の中で引き続き手を合わせていると、レオンハルトが天使の微笑みで話しかけてくる。自分以外に転生者がいたことが、よほど嬉しかったらしい。
「でも君、関西出身やのに、綺麗な標準語やなあ」
「上京して就職してからはずっと標準語を使っていたので、関西弁がだいぶ抜けてしまって」
「なるほどな。俺、上京したけどずっと関西弁やったわ」
ケラケラと太陽のように笑うレオンハルトと話していると、まるで推しと会話しているかのような気分になってくる。前世で仕事頑張っといて良かった。ありがとう神様。
すると、不意にレオンハルトが私の顔を覗き込んできた。そのアングルは私の心臓によろしくないから止めて欲しい。
「この世界、どうやらアニメの世界みたいやねん。『騙され王子の没落王国復興物語』っていうアニメなんやけど、知っとる?」
「は、はい。有名でしたからね……私も一通りは見ました」
推しの声優が出てたから何周も見てセリフも暗記済みです、とは言えない。
「実は俺、声優としてレオンハルトの声やってたんやけど、まさか自分のキャラに転生すると思わんかったわ〜」
「へえ、そうなんですね……って、はあっ!?」
一瞬流しかけたが、眼の前の金髪イケメンがとんでもないことを言っていることに気づき、つい大声を上げてしまった。
(まさかのご本人登場!? あれや、モノマネ歌唱選手権で後ろからご本人が歌いながら登場してきてびっくりしてるモノマネ芸人の気分が、今わかった気がする)
衝撃のあまり、そんなどうでもいいことしか考えられないでいると、大声に驚いたレオンハルト――というか私の推しが、嬉しそうな顔をしながら尋ねてきた。
「お? その反応は、俺のこと知っとるな? 内藤春斗言うんやけど」
いやそれはもうデビュー当時からの大ファンで......と言わなかった私を褒めて欲しい。この人はファンにストーカーされた挙げ句に殺されたのだ。もし私がかなり濃い目のファンだと知れたら、絶対に相手を怖がらせてしまう。それは本意ではない。推しの心は私が守らねば。
「そ、そうですね。名前は聞いたことがありますね……」
「ほんま!? 名前知ってくれてるだけでもめっちゃ嬉しい〜」
レオンハルトは足をばたつかせながら、満面の笑みで喜んでいる。
可愛すぎんか? なんやこの生き物、尊すぎやろ。神様ホンマにありがとう。
って、あかんあかん。興奮しすぎて地の文まで関西弁になってもた。読みにくいから標準語に戻そう。
私が神への感謝を述べているうちに、レオンハルトの表情が少し暗くなっていた。どうしたんだ、推しには常に笑っていて欲しい。
「俺って……なんかニュースに出てたりした? ほら、俺、こんな世界におるってことは死んだんかなって。最初は夢見てるんかと思ってたんやけど、全然覚めへんし……」
その言葉を聞いて、私はなんと返事をすればいいかわからなかった。正直に話す? でも、伝えるとしたらどこまで?
一向に言葉が出てこないでいると、レオンハルトは私の表情から事の顛末を察してしまったらしかった。
「そっか、俺やっぱり死んだんか……ごめん、言いにくいこと聞いて。でも残念やな……このアニメの二期も出演決まっとったのに。声優の仕事、もっとやりたかったわ」
しゅん、と俯く彼を見て、この人を殺した犯人に怒りがこみ上げてくると同時に、彼の無念に胸が締め付けられる思いがした。今、私がこの人にしてあげられることが何もなくて、本当に情けない。
「――あなたは、きっと多くの人を幸せにしていたと思います。救われた人も、たくさんいます」
「……そうかな、そうやったらええな。ありがとう、慰めてくれて」
私の拙い言葉に、彼は笑顔を返してくれた。ごめん、あなたの大ファンのくせに、これっぽっちも役に立てなくて。
私が心の中で泣きそうになっていると、レオンハルトは気持ちを切り替えるように『よし!』と言い、両手で頬を軽く叩いた。その表情からは、既に先程までの陰りは消えている。
そして、思い出したように私に尋ねてきた。
「そういや、君、前世の名前は?」
「宮内美奈です」
「ほな、ミナって呼んでええ? エルミナの愛称みたいな感じで。なんか前世と違う名前で呼ばれるの、違和感ない?」
「貴方に名前を呼んでいただけるならこれ以上の幸福はありませんありがとう神様ありがとう」
「ん? なんて?」
手を合わせながら小声で早口の念仏を唱えていると、レオンハルトが不思議そうな顔で私を見つめてきた。いけないいけない。思わずオタクが出てしまった。
私は一度咳払いをしてから、ニコリと微笑んで言葉を返す。
「いえ、こちらの話です。ミナで大丈夫ですよ」
「よし、ほなミナで。俺のことはハルトでええよ。あと敬語もいらんから、気軽に接して」
「で、では……よろしく、ハルト……」
イベントでは叫び……いや、呼び慣れた名前だったが、いざ本人を目の前にすると恥ずかしすぎる。そして何より、推しの声で名前を呼ばれるのは心臓に悪すぎないか? 名前呼びを安易に了承するんじゃなかった。断罪される前に、心臓発作で死ぬかも知れない。
私が赤面を抑えながらそんなことを考えていると、ハルトが心配そうに私の今後のことを尋ねてきた。
「でもミナ、これからどうするつもりなん? 今、多分アニメ第一話冒頭あたりやんな。このままやと断罪されて、死刑やで? それはなんとしても避けなあかんやろ」
「そこなんだよねえ。実はついさっきこの世界に来たばかりで、全然頭が追いついてなくて……」
「そうなんや。俺はもうちょいこの世界におるんやけど、断罪される卒業パーティーまであと一ヶ月無いくらいやねん。ちょっと急がんとあかんかも」
「おうふ……」
エルミナが断罪されるのは、お察しの通りアニメの第一話だ。卒業パーティーで婚約者のデリックに婚約破棄を言い渡されるだけでなく、リアを虐めた主犯だの、学校資金の横領だの、生徒に詐欺を働いただの、身に覚えのない罪の数々に問われ、あろうことか死刑を宣告されてしまうのだ。
その後、デリックはリアと結婚し国王となるが、実は本当の悪役令嬢はリアなのである。
エルミナの罪はその全てがリアによるもので、虐められたというのも自作自演。エルミナはまんまと濡れ衣を着せられたという訳だ。
王妃となったリアはやりたい放題した挙げ句、国庫を使い尽くし国を没落寸前まで追い込んだ。それがアニメの第二話。真の主人公は王子デリックで、周囲の協力を得ながら国を復興していく、という物語なのだ。
残念ながら、エルミナはこの物語の第一話で消える端役でしかない。
「ひとまず、断罪の日までにリアの悪事の証拠を集めないと……」
「そうやな。俺も協力するわ。やっと同じ転生者に会えたんやもん。死なせるわけにはいかんわ」
異世界転生したとわかった時は一人でどうしようと途方に暮れていたが、味方がいることのなんと心強いことか。しかも、レオンハルトは身分も高く、デリックの友人でもあるキャラクターだ。証拠を集めるに当たって、動きやすいところもあるだろう。
「ありがとう。でも、アニメの内容を勝手に変えちゃっていいのかな?」
「運命なんて、変えてしまえば良いじゃないか」
(あーーーーー!!!!! 第五話でレオンハルトが言うセリフーーー!!!)
あまりの良い声に、私は思わず両手で顔を押さえて足をバタつかせた。耳が妊娠するって。しかも関西弁じゃなかったから、確信犯だなこれは。
「あ、ごめん、ついセリフ出てもた。ええんちゃう? 俺らの存在がそもそもイレギュラーやし」
いや、このギャップよ。どっちの声も大好きだから全く構わないが。むしろ、いろんな声を聞かせてくれてありがとう。ごちそうさまです。
そんなこんなで、それから私とハルトは時折教師陣の協力も得ながら、限られた時間の中で証拠集めに奔走した。
短い時間の中で証拠を集めきれるか心配だったが、思った以上に楽に終わった。隠す気があるのかと思うくらい、リアの証拠隠蔽がガバガバだったからだ。正直アホの子なんだと思った。
そもそも、デリックがこんなアホに惚れ込んでなかったら、エルミナが断罪されることも、この国が没落寸前まで追い込まれることもないのだが。
そして、決戦当日。卒業パーティーの日を迎えた私達は、証拠資料の束を抱え、敵地に乗り込もうとしていた。
「ミナ、行くで? 準備はええ?」
「うん、大丈夫! 営業成績トップのプレゼン能力見せたらあ!!」
「はは! かっこええ!」
自分の死刑が決まるかもしれない瞬間が迫っているのに、ハルトといるおかげで何でも出来そうな気分だった。
***
「エルミナ・マクラウド。僕は今日、貴様との婚約破棄を言い渡す!!」
場所は、卒業パーティーが開催されている学園内のホール。
王子デリックは決まったと言わんばかりの顔で、私に対して婚約破棄の宣言をした。彼の隣にいるリアも、悪そうな笑みが隠しきれていない。揃いも揃ってアホのようだ。むしろお似合いとさえ思えてくる。
私は小さく溜息をついてから、デリックに返事をした。
「ええ、承知いたしました、殿下」
「えっ!? あ、ああ、そうか。物わかりが良くて助かる……」
あっさりと引き下がったエルミナに、デリックは拍子抜けしたようだった。しかし、デリックはすぐに気を取り直すと、一つ咳払いをしてから自信満々な様子で言葉を続ける。
「それだけではない! 今日は貴様が犯した罪を全て断罪していく!! この資料を見ろ!!!」
バーンと突き出したデリックの手には、厚めの紙束が握られていた。しかし残念だったな。今日その資料に出番はないぞ、デリックよ。
私は彼を無視して、ハルトとアイコンタクトを取った。
「さて、お集まりの皆様。こんな茶番に付き合わせてしまって大変申し訳ございません。しかし本日は、皆様にどうしてもお見せしたいものがあるのです。こちらの資料をお持ちください」
私はそう言うと、ハルトと共にパーティーの参加者に自分たちの資料を配り始めた。
せっかくの卒業パーティーなのに、生徒の皆様にはこんな茶番に付き合わせて本当に申し訳ない。でも、いずれこの国の王になるデリックの愚行をここで止めるから許して欲しい。リアが断罪されれば、この国の没落ルートも回避できるだろう。
何食わぬ顔で生徒たちに資料を配っている私を見て、デリックは焦ったように声をかけてきた。
「お、おい、エルミナ。何をしている?!」
「殿下も一冊どうぞ」
「ああ、ありがとう。って、おい!!」
資料が皆に行き渡ったのを確認してから、私はデリックを無視して再度口を開く。ここからは私の番だ!
「皆様。本日はリア・バルダーソン侯爵令嬢が行った罪の数々について、この場をお借りしてご報告させていただきたいのです」
「なっ!?」
リアは信じられないという顔でエルミナを見たあと、半分悲鳴に近い声でデリックに詰め寄った。
「で、殿下。エルミナ様は嫉妬のあまり、私を貶めようとなさっておいでです! 早く止めてください!!」
リアにそう言われたデリックは、ケツを叩かれたように私やハルトに対して喚き散らし始めた。
「あ、ああ。おい、エルミナ! これはなんのマネだ!! それにレオンハルト! お前は私の友ではないのか!? いつの間にエルミナに籠絡されたんだ!」
やかましくさえずるデリックに、私は深い溜息をつく。
全く......見るに耐えない。王族ならもっと品よく振る舞えないものか。
私が眼の前の煩い男をじとりと睨みつけていると、威厳のある声をした一人のイケオジが唐突に現れた。
「デリック。エルミナ嬢の話を聞こうじゃないか」
「父上!?」
デリックは心底驚いたようにイケオジを見ている。私も初めて見る人物の登場に固まってしまった。想定外の事態だ。
(……ん? 父上? ってことは……国王やないかい!!)
私がバッとハルトの方を見ると、彼は悪戯っ子のように舌をペロッと出していた。どうやらハルトが国王に声をかけていたようだ。先に教えておいて欲しかったが、来る確証がなかったのだろう。予定にはないが、まあ、国王がいてくれた方が話が早くていいか。
私は気を取り直し、国王のいる前でプレゼンを始めた。
「では、まずは学校資金の横領についてです。資料の一ページ目をご覧ください。彼女は生徒会役員という立場を利用して、学校資金を着服していました。別紙に裏帳簿の写しがありますので、併せてご覧ください」
私の言葉に、会場が一斉にざわめき出した。国王も資料に目を通しながら、険しい顔をしている。
「嘘でしょ……」
「これほんとなの……?」
「リア様は誰よりも生徒のことを思って活動してらっしゃると思ってたのに……」
リアは処世術だけは上手かった。どう振る舞えば、相手にどんな印象を与えるのか、よくわかっているのだ。そのため生徒たちは皆、リアは崇拝の対象で、エルミナは意地の悪い悪女という認識を持っていた。
しかし、この事実を目の前に、生徒たちは手のひらを返したようにリアに冷ややかな視線を向けていた。
当のリアはというと、顔が病人かのように真っ青になっている。そして、会場のざわめきをかき消すかのように金切り声を上げた。
「こんなの出鱈目よ!! デリック殿下も何か仰って!!!」
リアの批判に、デリックも慌てて便乗する。
「そ、そうだ! この資料だって、きっとでっち上げに決まってる!! 僕が持っている資料こそ正しいんだ!!」
いや、お前はいい加減に目を覚ませ。恋は盲目とよく言うが、ここまで人をアホにさせるとは、いやはや恐ろしい。
私は盛大に溜息をつきながら、デリックに向かって尋ねた。
「殿下、その資料の情報はご自分でお調べに?」
「い、いや。全てリアが……」
「全く……疑惑がかかっている者の資料など信じないでください。そういうのはご自分でお調べにならないといけませんよ、殿下。それに私がお配りした資料は、私だけでなくレオンハルトや先生方とも協力して作り上げたものです。私一人がでっち上げたものでは決してございません。それに、物証も全て揃えてあります」
「は、はい……すみませんでした……」
私の説教に気圧され、デリックは素直に謝罪した。良くも悪くも素直であるこの王子は、だからこそリアに騙され、だからこそ周囲の助言をよく聞き、没落寸前の国から復興の道を歩めたのだろう。
「では、気を取り直して。皆様、続いて資料の二ページ目をご覧ください。こちらの資料は――――」
その後も私のプレゼンは続き、合計十あまりの罪を暴き続けた。
なぜそんなに多くなったかと言うと、リアを調べていくうちに、リア個人の罪だけでなく、バルダーソン侯爵家が犯していた罪も芋づる式に発覚したのだ。違法薬物の密売、政治資金の裏金問題、人身売買、エトセトラエトセトラ……面白いくらい出るわ出るわで、資料も思った以上の大作になってしまった。
なので、国王をこの場に呼んだハルトの判断は正しかったと言える。侯爵家の罪に関しては、このアホ王子に扱えるものではないだろう。自分たちの居ないところで罪を暴かれたバルダーソン侯爵家の皆様には、お悔やみ申し上げるが。
私が一通りの説明を終えると、リアは顔面蒼白になりながらその場に座り込んでいた。無理もない。反論の余地がないほど完璧な資料を作り上げたのだから。
生徒たちは、リアのあまりの救いようのなさに、逆に静まり返っている。
この場を収められるのは国王くらいしかいないだろう。ここは国王がバシッと決めてくれ。
そう思い私が国王を見遣ると、国王はわかったと言わんばかりに大きく頷き、厳かな口調で言い放った。
「バルダーソン侯爵家の処遇については、追って言い渡す。そして、デリック。お前は婚約者であるエルミナ嬢を蔑ろにしただけでなく、バルダーソン侯爵令嬢の真意を見抜けず口車に乗せられ、あまつさえエルミナ嬢を陥れようとした。お前のような愚か者にこの国は継がせられん。お前の王位継承権は剥奪とし、王位は弟のイーデンに継がせる!」
王の発言に、静まり返っていた場内が再びざわめきを取り戻した。
しかし、まさか廃嫡までされてしまうとは。すまん、そこまでするつもりじゃなかったんだ、許せデリック。でも、弟くんのほうがアニメでも優秀だったから、王の判断は正しいな、きっと。
「お、お待ち下さい、父上! エルミナもすまなかった。僕はその……騙されたんだ!! 婚約破棄はなかったことにしてくれ、な? な!?」
国王の決定に慌てて取り繕おうとするデリックは、私の両腕を掴みユサユサと揺らしてくる。
これ以上の抵抗はみっともないぞ王子。ここはスッパリ身を引いたほうが今後の自分のためだ。それに、今後私がこの世界で生きていかなきゃならないとしたら、お前と結婚するなんて死んでもゴメンだ。
「嫌です。離してください、殿下」
「お前だって、僕のことを嫌いになったわけじゃないだろ? 昔からあんなに僕に付きまとっていたじゃないか! 哀れな僕を救ってくれ……頼む……!」
婚約破棄した相手に助けを乞うとは、全く情けない限りだ。そして勘違いも甚だしい。聡明なエルミナが、こんなアホに付きまとうはずないじゃないか。エルミナは、いずれ王となるこの男が何かやらかさないよう、見張っていただけに違いない。
か弱い少女が離せと言っているのに、デリックはさらに腕を掴む力を強め、私に懇願してくる。流石に痛いぞ。腕もお前も。
「い、痛いです、殿下!」
私がそう言って顔を顰めた時、すっと誰かの腕が伸びてきて、私を掴むデリックの手首をぎゅうっと締め上げた。驚いて見上げると、そこにはハルトが居た。
「デリック。その手、離そか?」
ハルトはいつも通りにこやかな笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。普段怒らない人が怒ると怖いって、こういうことか。めっちゃ怖い。でも私のために怒ってくれていることに、オタクとして感情が爆発しそうになる。
一方デリックは、突然の友の乱入に驚いたような顔をハルトに向けていた。
「なっ……レオンハルト!? 邪魔をするな! 今お前は関係ないだろう!? これは僕とエルミナの問題だ!!」
「いやあ、それが、関係あるんよなあ」
「いたっ、痛い痛い! わかった離すから、お前もこの手を離せ!」
ハルトもデリックもお互いに手を離すと、デリックは痛そうに手首をさすっていた。
そして、ハルトは真顔になると国王に向き直った。ん? 何が始まるの?
「王よ。デリック殿下とエルミナ嬢は、婚約破棄している状態ということでよろしいか?」
「うむ。やむを得ぬだろう」
その言葉を聞くと、ハルトは突然私の前で跪いた。
あれ、こんな計画どこにもなかったけど、アドリブ? ほんとに何する気?
「ミナ」
名前を呼ばれたかと思うと、ハルトは恭しく私の手を取った。
待って。これはまずい予感しかしない私の心臓が保たない死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――――。
「俺と一緒に来てくれへん? レオンハルトの国である隣国に」
「――………………っ!!!!!」
推しに跪かれて『一緒に来て』って言われるとか、私は前世でどれだけ徳を積んだんだ。いや、前世で徳を積んだ覚えは特にないから、前前世くらいか? どちらにしろ昇天するぞ、ほんとに。
なんとか声を出したいのに頭がクラクラしてしまって、私は顔を真っ赤にしたまま何も言えなくなってしまった。
突然のレオンハルトのプロポーズまがいの言動に、みな固唾を飲んで成り行きを見守っている。再びシンと静まり返ったホールの静寂を破ったのは、予想通り小うるさいデリックだった。
「はあ!? なっ、何言ってるんだ!? 認めないぞ、そんな事!!」
「デリック! 少し黙っておれ!!」
喚き散らすデリックを国王が叱りつけると、彼はシュンと項垂れてとうとう何も言わなくなってしまった。うるさいヤツを黙らせてくれてありがとう、王様。今は眼の前の推しに集中したいんだ。
「ミナ。俺がデビューしたてのとき、ファンレターくれとったよな?」
「え……?」
(まさか、そんな、彼が一ファンの手紙のことなんか覚えてるはずが……)
ハルトの言葉に私は焦った。
彼がデビューしたのは十八歳。そのとき私は十六歳だった。その頃、私は立て続けに両親を亡くし、かなり荒んだ時期を過ごしていた。しかし、当時デビューしたてだったハルトの声に心を救われ、感謝のファンレターを大量に送っていたのだ。
「俺、デビュー当時は全然売れてなくて、まだ端役しかさせてもらえんくて。何回も声優辞めよかな思ってたんやけど、そんな時にめちゃくちゃたくさんファンレターくれる子がおって」
まずい、ファンだとバレるのはまずい。絶対怖がられる、それだけは避けなければ。
私は冷や汗をかきながら、なんとか声を絞り出す。
「ひ、人違いの可能性は……?」
「ううん。君で間違いない。この世界で出会ってすぐの頃、俺に『多くの人を幸せにしてる』とか『救われた人がたくさんいる』とか言ってくれたやろ? あれ、君がくれたファンレターにも書いてあった言葉やねん。それで名前聞いて、完全にファンレターの子やと確信したわ」
「………………」
(記憶力良すぎやろ……。まさかそんな発言でファンってバレるとは思わへんやん……)
再び何も言えなくなった私に、ハルトは穏やかな笑みを向けてくれている。
周囲は皆、一体何の話をしているんだというような顔をしているが、静かに二人の様子を見守ってくれていた。
「辛かった時期にもろた君の言葉が、めっちゃ印象に残ってて。俺でも誰かを幸せにできるんやと思えて、死ぬほど嬉しかってん。声優続けられたのも、君の言葉のおかげや」
ハルトはそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
――まさかそんなことを思ってくれていたなんて。私の言葉が推しに届いていたことが、この上なく嬉しい。こんな私でも、推しの役に立てたことがあったんだ。
「もしこのままこの世界で暮らしていかなあかんのやったら、君が側に居てくれるとめっちゃ嬉しい。俺と一緒に、この国出えへん? 俺、王子みたいやし、俺の権力が及ぶ限り生活に不自由はさせへんって約束する」
さっきから確信が持てないのだが、これは結婚の申し出とかではないよな? 恋愛感情を抱くにしても、さすがに出会ってから早すぎる。
「もちろん王城に縛り付けようとかそういう気はないから、そこは安心して欲しい。やってみたい仕事とかがあったらできる限り斡旋するし、働きたくなかったら王城でのんびり暮らしてくれても大丈夫」
ですよね。うん、安心した。私もハルトのことはあくまで推しであって、今のところ異性として見てるわけではないので。そこは重要。
ハルトの申し出はとてつもなく嬉しい。でも、ファンの一人として、これを了承してしまって良いんだろうか。なんだか職権乱用というか、推しは皆のものであって他のファンに示しがつかないというか、そして何よりも――。
「で、でも。ハルトはファンに……その……こ、殺されちゃったから、私のことも怖いでしょ?」
「ああ、なるほど、だから自分はファンやって隠しとったんか。君は君やろ? ここ数日一緒にいて、めっちゃいい子ってわかったし、なんも怖ないよ」
あっけらかんと言うハルトに、私は拍子抜けしてしまった。あんな事件があったら、普通ファンを避けてもおかしくないのに……。
私が驚き呆然としていると、ハルトが上目遣いでこちらを見つめてきた。
「俺と一緒に来てくれへん……? あかんかな……?」
「逝きます。じゃなくて、行きます」
危ない危ない、危うく死ぬところだった。
じゃなくて!! 推しが可愛すぎて気づいたら返事をしてしまっていた!!
「やった!! めっちゃ嬉しい!!」
ハルトはそう言いながら立ち上がると、満面の笑みで私を手をぎゅっと握りしめた。
(やめてくれ、ハルト。その技は私に効く……!)
周囲が盛大な拍手を送る中、私は理性と意識を保つのに必死だった。
もしかしたら、とんでもない人についていく約束をしてしまったのかもしれない。果たして、この人の隣で大好きな声を聞き続けることに耐えられるのか? 否。私は寿命が尽きる前に、多分心臓発作で死ぬと思う。
***
怒涛の卒業パーティーの後、バルダーソン侯爵家は没落し、それとともにリアも表舞台から姿を消した。デリックは王命の通り王位継承権を剥奪され、今は弟を支えるべく日々精進を重ねているという。
そして私はというと、現在ハルトと共に、レオンハルトの母国へと向かう道中にいた。
国に着くまでの十日ほどの間、ハルトとは馬車に揺られながら色んな話をした。出身地や家族のこと、今までどんな暮らしをしてきて、どんな物が好きだったか。特にハルトから聞く仕事の話は、それはもう楽しくて楽しくて、いくら時間があっても足りない程だった。
そして、あと一日で国に着くというところ。
ハルトが悩ましげな顔をしながらミナに話しかけてきた。
「でも、これからどうしような〜。この世界で、何しような?」
腕組みしながら考えを巡らすハルトが可愛い。もう全部可愛い。
私はそんな可愛い推しに、前々から考えていたことを口にした。
「ずっと考えてたんだけど、この世界でアニメ、作らない? まだまだ声優の仕事やりたかったって言ってたでしょ? この世界でその夢、叶えちゃおうよ!」
「え! 何それ! めっちゃおもろそう!」
私の提案に、ハルトは目をキラキラと輝かせながら前のめりになった。
そんなハルトに対して、私は人差し指を立てながら自信ありげに話を続ける。
「いつの時代も、民の心を救ってきたのは娯楽! 需要あると思うんだよなあ。しかも、レオンハルトは王子、つまり後々の国王。職権乱用で何でも出来ちゃうよ! 結果的に国益に繋げれば問題なし!」
「うわ〜ミナ、悪いな〜。でも俺も賛成。せっかく異世界転生したんやったら、楽しく過ごさんとな!」
ニカッと太陽のように笑うハルトを見て、私は絶対この計画を成功させようと思った。これまで培ってきたオタクの知識を総動員して、ハルトが主演のアニメを作ろう。たくさん作ろう。
ひとまず王城で文官になって、娯楽事業を立ち上げるか。幸い、この世界では有能であれば女性もバンバン活躍している。ハルトが王になったときに、でかい収益を上げられるくらいの事業を考えよう。
私が密かにそんな決意をしていると、ハルトは馬車の窓枠に頬杖をつき私を見つめながら、いつものやんごとなきイケボで言葉を発した。
「俺、この世界でミナに会えて、ホンマに良かったわ。ありがとうな」
「良い声でサラッとそういうこと言わないでって何度も言ってるでしょ! 心臓保たないのよ!!」
ハルトの言葉にそう言い返すと、私は思わず両手で顔を覆った。
そうなのだ。私は旅の道中、その甘い声でファンサの言葉を幾度となくかけられていた。心臓に悪いからやめてと再三言っても、この男は懲りずに何度もキラーボイスで私の心臓をエグッてくる。さては、確信犯か? 確信犯だな?
「ええやん。だって、本心なんやもん」
私はファンサの供給過多で今にも死にそうだった。当の本人は、悪びれもせずニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている。
まあいいか。こんな幸せな悩み、なかなかない。この先、ハルトと面白おかしく生きていけたら、最高に幸せだ。
――推しと生きる世界線なんてあっていんだろうか。いや、良いじゃないか。だって異世界転生だもの。ご都合主義上等!!