チートスキル「追放返し」
「ぐわああぁああああああぁッ!!?」
「ギ、ギルドマスタァーッ!!」
――ギルドマスターが、吹っ飛んだ。
事務所の壁へ、したたかに全身を打ち付けた。
何が起きたのか?
誰にも、分からない。
戦闘など、していない。
吹っ飛ぶ理由など、ない。
――否。
一人だけが、分かっていた。
つい先程、追放を言い渡されたばかりの彼――タカハシだけが、理解していた。
彼のスキル「追放返し」の発動であった――。
* * * * *
冒険者タカハシは、どうしようもない奴である。
悪人ではない。しかし大層な怠け者である。
いかに楽をして生きるか。どうやって働かずにすむかを日々考えて生きている。
いや、考えていない。ただ願っているだけだ。
そうして、何もしていない。
本当に、何もしていない。
今日は一日、蟻の巣を眺めていた。
満足したら、意味もなく巣穴に水を流し込んで立ち去った。
前言撤回。やはりこいつは悪人である。
彼の無能ぶりが問題視されるのも当たり前であった。
追放されるのも当然であった。
故にとうとう、追放を言い渡された。
そして、発動してしまった。
彼唯一のスキルが。
「――大丈夫ですかマスター!? 一体何が……!?」
「うう……おうち帰る……おうち帰る……」
「マ、マスター!? どこ行くんです!?」
「もうここ辞める……辞めてゆっくり暮らす……ハムスターとか飼う……」
「何故ッ!? マスター!? マスター!!?」
ゾンビのごとく、よたよたと事務所を退出するギルドマスター。
彼の頭は、いずれ飼うジャンガリアンハムスターのことで一杯であった。
もう二度とここには戻るまい。いや、戻れまい。
そのことを、タカハシだけが知っていた。
「おいタカハシ! お前一体何を……!?」
「ええ!? 俺何もしてないですよ! 本当に! 何もしてないのに吹っ飛んだんですよ!! 何もしてないのに!!」
何もしてないのにパソコンが壊れることは、ある。
先日、何もしてないのに筆者のパソコンは壊れた。
何もしてないのに。ゆるせない。
しかし何もしてないのに人が吹っ飛ぶ事は、そうそうない。
相当な瞬発力と筋力、そして大胆さがなければ、一人では吹っ飛べぬ。
強い力のモーメントが働かなければ、成人男性は吹っ飛ばないのだ。
いま適当に「モーメント」という言葉を使ったが、意味はよく分からない。
「もしかしたら吹っ飛びたい年頃だったのかもしれませんよ!!」
誰も納得していなかった。
しかし納得せざるを得なかった。
かくしてギルドマスターはそういう年頃として一旦処理され、ひとまず解散となった。
* * * * *
「ぬわああぁああああああぁッ!!?」
「サ、サブマスタァーッ!!」
――サブマスターが、吹っ飛んだ。
事務所の壁へ、したたかに全身を打ち付けた。
またもや何が起きたのか?
やはり誰にも、分からない。
戦闘など、勿論していない。
吹っ飛ぶ理由など、どこにもない。
――否。
一人だけが、分かっていた。
つい先程、追放を言い渡されたばかりの彼――タカハシだけが、理解していた。
彼のスキル「追放返し」。
二度目の発動である。
――二度目。
それはつまり、またもタカハシは追放を言い渡された、ということである。
帰らぬマスターの代わりとして、サブマスは仕事を果たそうとしたのだ。えらい。
その勤勉さが、仇となった。
「――大丈夫ですかサブマスター!?」
「うう……おうち帰る……おうち帰る……」
「サブマスターまで!? どうしたっていうんです!?」
「もうここ辞める……辞めて爬虫類とか飼う……」
「だから何故ッ!? サブマスター!? サブマスター!!」
ゾンビのごとく、よたよたと事務所を退出するサブマスター。
彼の頭は、いずれ飼うコーンスネークのことで一杯であった。
もう二度とここには戻るまい。いや、戻れまい。
そのことを、タカハシだけが知っていた。
――が、流石にメンバーも気付いた。
タカハシ。こいつが犯人だと。
こいつしかいないと。
「おいタカハシ! 絶対お前何かやっただろ!!」
「ええ!? 俺何もしてないですよ! 本当に!」
「何もしてないのに吹っ飛ぶ訳ねえだろ!!」
「そういうお年頃だったんですよ! そういうお年頃!!」
お年頃も、二度目は通用しない。
そもそも吹っ飛びたくなる年頃など、ない。
強力なモーメントが働かなければ、人類は吹っ飛ばないのだ。
モーメントの意味をさっき調べてみた。
よくわかんなかった。
「タカハシ! 白状しろ!」
「だって本当に何もしてなかったでしょ!? そうでしょ!?」
「ぐぬぬ……!」
「おっ年っ頃っ! おっ年っ頃っ!」
タカハシのお年頃囃子が響き渡る。
犯人は分かるのに、どうやったかが分からない。証拠がない。
結局この日も、渋々そういうお年頃ということで処理された。
が、メンバーも黙ってはいない。
明日、必ずやそのからくりを、暴く――。
* * * * *
「いやああぁああああああぁッ!!?」
「サブマスター代理ィーッ!!」
――サブマスター代理が、吹っ飛んだ。
事務所の壁へ、したたかに全身を打ち付けた。
やはり何かが起きた。
まだ誰にも、分からない。
戦闘など、無論していない。
吹っ飛ぶ理由など、見当たらない。
――否。
すでに全員、分かっていた。
つい先程、追放を言い渡されたばかりの彼――タカハシが原因だと。
彼のスキル「追放返し」。
三度目の発動である。
三度目。
それはつまり、またもタカハシは追放を言い渡された、ということである。
サブマスター代理。新設された役職に担ぎ上げられた平メンバーは、仕事を全うした。
「――サブマスター代理!! サブマスター代理!!!」
「うう……おうち帰る……おうち帰る……」
「やっぱり辞めるのかサブマスター代理!?」
「もうここ辞める……辞めて淡水魚とか飼う……」
「サブマスター代理! サブマスター代理ィーッ!!」
サブマスター代理はその身を挺し、現場を同様に再現してみせた。
タカハシに追放を言い渡す。すると何故か吹っ飛んでおうちに帰る。
もはや確実である。状況証拠だけで十分である。
「タカハシイイィィーッ!!」
「俺何も……」
「うるせぇオラーッ!!」
「ぎやああぁああああああぁッ!!?」
――タカハシが、吹っ飛んだ。
事務所の壁へ、したたかに全身を打ち付けた。
何が起きたのか?
ブン殴られたのだ。
力のモーメントが働いたのだ。力のモーメントが。
故にタカハシは、吹っ飛んだ。
「ぼ、暴力反対ぃ! 暴力反対ぃ!!」
「うるせぇーッ! 白状しろオラーッ!!」
「うわあああああああ……っ!」
シラを切り通すつもりだったタカハシも、暴力の前に成す術なし。
観念した彼は、メンバーに自身のスキルを話す。
そう。暴力という、力のモーメントにより――。
* * * * *
――ギルドに戦慄が走る。
「追放返し」の詳細を聞いて、皆恐怖した。
タカハシ。
わんわん泣きながら許しを請う、どうしようもないこいつ。
我々は彼を、今後永久に面倒を見なければならないのだ、と。
皆が恐れ、慄いた。
「――タカハシ! てめぇ、自主退団しろ!!」
「やだやだやだやだやだやめないもんやめないもん!」
「オラーッ! 退団しろーッ!!」
「ぐええええ! ぜ、絶対やめねぇーッ! 俺は絶対に、諦めねぇーッ!!」
「やめやがれーッ! 自主退団しろぉーッ!!」
「ぜ、絶対にやめねえってばよーッ! これが俺の『冒険者道』だァーッ!」
締め上げられるタカハシ。
だが決して音を上げぬタカハシ。
しぶとい。しぶとすぎる。
見ようによっては主人公のソレである。
しかし実態は粘着質のいやらしいソレである。
「お、落ち着いて! 暴力は駄目だわ!」
「だけどよォ!!」
「冷静に考えてちょうだい! 社会にタカハシ君を解き放つのはあまりにも反道徳的だわ……! 私達でなんとか処分しないと……バレないように……」
「処分!!?」
今度はタカハシに戦慄が走る。
「処分」て。どうなるんだ俺。俺どうなっちゃうの、と。
「ま、待て! お、俺のスキルだってこう……有効活用方法があるんじゃないか!?」
「クソスキルじゃねえか!」
「だ、だから待てって! 相手の行動を支配する能力なんだから、こう……あるよね!? 考えようよ全員でッ!」
ごねるタカハシ。
タカハシにしか利をもたらさぬ、糞に糞を塗れさせた糞スキルである。
果たして有効活用など出来るのか。
「……じゃあ一応聞くけど。お前の追放返しって、どうやったら発動すんだよ」
「あ、ああ……。さっき説明した通り、俺が追放された時だけに発動するんだけど……。他にも条件があって……」
「条件?」
「俺がちゃんとそのコミュニティに所属しているってことと、上の立場の人間から言い渡されないと駄目で……。あと、自主的にコミュニティから離れないという、絶対の覚悟がなきゃ発動しないんだ……」
「最悪の覚悟過ぎる……」
「これが『追放返し』の発動条件……。俺が自身に課した、制約と誓約……」
念能力みたいな解説を始めるタカハシ。
そろそろ再開するかもらしいぞタカハシ。
果たしてお前はそれを読めるのかタカハシ。
「ちょっとまってタカハシ君。所属するコニュニティって複数でもいいの?」
「それは問題ないけど……」
「……」
「……え? な、何? なんかいい方法あった? へ、へへへ……! お、俺頑張るから、へへ……!」
「…………」
「え――?」
* * * * *
「ぐわああぁああああああぁッ!!?」
「魔王陛下ァーッ!!」
――魔王陛下が、吹っ飛んだ。
魔王城の壁へ、したたかに全身を打ち付けた。
何が起きたのか?
誰にも、分からない。
戦闘など、していない。
吹っ飛ぶ理由など、ない。
――否。
一人だけが、分かっていた。
つい先程、追放を言い渡されたばかりの彼――魔法幹部が一人、タカハシだけが、理解していた。
(長かった……。余りにも…………)
「――大丈夫ですか魔王陛下!? 一体何が……!?」
「うう……おうち帰る……おうち帰る……」
「ここあなたのお家ですよ!? どこ行く気ですか!!?」
「もうここ辞める……辞めてゆっくり暮らす……バンバンジーとか飼う……」
「それ四川料理ですよ陛下ッ!? 陛下!!?」
二十年。
タカハシは死物狂いで頑張った。
魔王軍へ潜入し、努力に努力を重ね、認められ、のし上がり、幹部となった。
やれば出来た。というかやらなければ、状況的に死であった。
そして、怠けた。怠けまくった。
ギリギリ殺されないレベルで、怠けた。
かくして、発動した。
四度目の、追放返し。
「タカハシ様! 一体何を……!?」
「俺は何も……。きっとそういうお年頃なのだ、陛下は……」
誰も納得していなかった。
しかし納得せざるを得なかった。
かくして魔王陛下はそういう年頃として一旦処理され、ひとまず解散となった。
(ようやく、終わった……が……)
彼は気付いていた。
終わったように見えて、何も終わっていない。
彼は自主的にコミュニティを抜けられない。そういう能力である。
あまりにも恐ろしい誓約をしてしまったことを、後悔していた。
――翌日、魔王代理が吹っ飛んだ。
――翌々日に、魔王代理心得が吹っ飛んだ。
――国王陛下が吹っ飛ぶのは、これから十年後の話である――。
~完~