05.腹が立つが、好ましい
いざ話すにしてもテーマが大雑把な上にアストリッド本人がよくわかっていないので、大まかに説明をすることしかできなかった。
適時差し込まれる相槌と質問によって、なんだかんだ洗いざらい吐かされた気もする。
話し終わる頃には、アストリッドは既に疲労困憊となっていた。
「不思議なこともあるものだね。これも運命神のお導きなのかな」
「モニカさんはそうなのでしょうけど……わたしの場合は何かの偶然みたいなものだと思います。何も知りませんし」
「そう? モニカ嬢の奮闘だけではうまくいかなかった可能性も高かったようだし、少なくとも君のお陰で最悪の状況は免れたとも言えるよ」
嘘発見器がなければ、アストリッドのことを転生者だと思わなければ、モニカがあそこまで明け透けに話すことはなかっただろう。
尋問中に話したとしても、ごまかしのための嘘や夢見がちな少女の夢想として処理され、王太子にまで詳細がいかなかったかもしれない……とロディオンが言う。
「尋問の結果で最終的に王太子殿下に話が行き、いまとほぼ同じ状況になったとしてもそれでハイマール殿下と真実の愛とやらが育めるかどうかは別の話だしね」
「なんか不健全な共依存になりそうな気配しかありませんね……」
「そうそう。しかもいまなら僕たちという予備も増えたし、万々歳じゃないか」
「そういう評価は結果を出してから下しましょうよ」
冷たい視線を隠しもせずアストリッドが言い放つと、ロディオンがにんまりと楽しそうに笑う。
一瞬遅れてこれはまずいと気づいたアストリッドが別の話題を探り出す前に、ロディオンの形の良い唇から聞きたくない言葉が紡がれた。
「僕もそう思う。だから僕たちは僕たちの真実の愛を探そうね」
うっかり墓穴を掘ったアストリッドは両手で顔を覆った。
ぬるくなった紅茶を行儀悪く飲み干して、アストリッドはティーコージーを自分で外しポットからカップに注ぐ。
手許に呼び出しのベルはあるが、室内に給仕すら居なかったのはこの内緒話のためだったのだろうと今さら気づいた。
王太子の宮での出来事が外に漏れるとは思わないが、未婚の男女を遠慮なく密室に閉じ込めるとは王太子も思い切ったことをする。
とはいえ、アストリッドとてこの婚約を拒否できるとは思っていない。仲人が王太子とはそういうことだ。
「それで……いまお付き合いされているお姉さま方は、どうするんですか」
「ん? そりゃあ、お別れするよ。お互い割り切って遊んでただけからね」
「そうですか……」
「気になる?」
「そちらが関係を続けるにも精算するにも対策が必要なので」
お互いに割り切っているというのが真実ならば問題ないだろうが、実は相手がそうでなかった場合は大問題だ。
ただロディオンが刺されるというのであれば自業自得だが、アストリッドに矛先が向かってくる可能性も普通に考えられる案件だ。
「万が一の時には返り討ちにする準備が必要なので、いま関係している女性のリストを下さい」
「物騒だねぇ」
「誰のせいでその物騒な準備が必要だと思ってるんですか!? 拗らせた女の妄執を甘く見ないでください、理不尽にも怒りはこっちに来るんですよ面倒くさい!」
ロディオンはアストリッドの文句をけらけらと笑いながら受け止めている。そもそも初めから全部わかって言っている気もするが、それはそれで腹が立つ。
どうしてロディオンの遊びによる後始末の一部をアストリッドが請け負わなければならないのか、あまりにも理不尽で面倒くさい。
「……そうだね。一部拗れそうな女性がいるので、少し手間を掛けると思う」
「さっさと刺されればいいのに」
「あっはははは!!」
アストリッドが遠慮をなくせばなくすほど、ロディオンが楽しそうになるのが癪に障る。それでも今まで見せられていた笑顔よりも、素に近そうなこの笑いのほうが好ましく感じる。
腹が立つが、好ましい。この相反する感情にアストリッドは翻弄されていた。
(ロディオンの顔がいいのが悪い。勘違いをしてしまう)
人気者の遊び人が自分にだけ一途……だなんて、夢見る乙女が好きな題材ではないか。
アストリッドだってそれが物語なら好きなのだ。翻弄される主人公に共感したり感情移入したりして存分に楽しむ。
でもそれが現実なら、だいたいが勘違いであって惨めなだけ。アストリッドは自分が魅力的な主人公ではないと知っている。
母や弟妹と違って地味な自分。母は父の素朴なところに惚れたと言うが、自分にもその魅力があるとは思えない。
王族の血のおかげか顔のつくりは整っているほうだがどうにも地味で、性格も善いとは言えない。
嘘発見器以外にも細々とした品を世に出しているため、天才発明家を自称したりして自分を保っているだけだ。
だから線を引かねばならない。貴族令嬢として自信のなさを表に出してはいけないが、身の程知らずになってもいけない。
アストリッドは可愛いヒロインではない。
だいたい「真実の愛」って何なのか。
そもそも乙女ゲームのキャラクターのほうの主人公と第二王子がやったことを単純化すれば不貞と略奪だ。それを愛と呼んでしまって良いのか。いったい制作陣は何を考えていたのか。
「そうだ。リーナ姉さ……エヴェリーナ様はこれからどうなるんですか?」
「エヴェリーナ様は大丈夫だよ。もう王家が詫びを考えているし、悪いようにはならない」
衝撃が大き過ぎたのか封印部屋のあの後のことは記憶が曖昧になってしまっているが、モニカがエヴェリーナに謝っていたのをぼんやりと思い出す。エヴェリーナも事情を汲み、謝罪を受け入れていた。
そんなエヴェリーナとハイマールとの婚約が解消の方向となったことまでは覚えているのだ。
「モニカ嬢のほうは予言者……いや預言者のほうが都合がいいかもね。そうして祀り上げられるようになる予定。まあ全部終わってからの公表になるけど」
「確かにまず封印をなんとかしなければ、婚約どうこうは意味がなくなりますからね」
邪竜の再封印を済ませなければ、婚約どうこうの前に国の存亡の危機である。
「だから僕たちは、まず自分たちのやるべきことを考えよう」
「真実の愛ですか」
「そうそれ」
含み笑いを隠すことなく、ロディオンは言う。
彼だって内心では「真実の愛ってなんだよ」と思っているのだろう。
そんな姿でさえ様になるので腹が立つ。
王太子から、とりあえずで提示された期間は三ヶ月。
誰が相手だろうが、そんな短期間で愛を育めるとは到底思えない。
そもそも真実の愛どころか普通の男女の愛だってアストリッドにはわからない。
ストレートで飲むのに飽きた紅茶のために、ミルクピッチャーを引き寄せる。
現実もミルクティーのように、甘くまろやかであれば良いのに。