03.世界のための真実の愛って?
「……マレヴァ男爵令嬢の話はよくわからない部分も多いが、とりあえずのところは予言の一種として受け取っておこう」
妙な空気になった室内の雰囲気を引き締めるため、わざと大きな音を響かせて王太子が手を叩く。モニカからあらかた情報を引き出せたと判断したため、話を先に進めたいようだ。
「さて、ここから移動するけれどもちょっと秘密の場所になるんだ。悪いんだけど、マレヴァ男爵令嬢には目隠しして貰うよ。ハイマール、エスコートしてあげなさい」
「わかりました」
「は、はい……」
王太子の側近が慣れた手付きでモニカの頭部に厚い布を巻いている。何故そんなに手慣れているのだろうかと訝しんでいたら、モニカの嘘発見器を取り外して良いとの指示が出る。
軽く声を掛けてから丁寧に外していると、じっとしているモニカから小さな声で話しかけられた。
「……貴女は転生者ではないのですか?」
「仰る意味がよくわかりませんので、わたしにはなんとも言えません」
アストリッドには手の内を晒す気がない。転生だのなんだのは一般的に正気を疑われるタイプの与太話なのだ。世界の危機かもしれないが、話を聞くにアストリッドは名もなき一般人であるようなのだから、晒す必要もないだろう。
とはいえ王太子はイイ笑顔でアストリッドをちらりと見てくるので、あとで詰問があるのかもしれない。アストリッドは今からとても逃げたい心境に陥っていた。
いま現在この場にいるのは王太子とその側近と護衛、エヴェリーナとアストリッド。あとはハイマールとモニカの七人。
王太子とハイマール、そしてエヴェリーナは紛うことなき王族。アストリッドと王太子の側近と護衛も末端になるとはいえ、その貴き血を引いている面々だ。
モニカにだけ目隠しをさせた意味を考えると気が重くなるが、腹をくくって着いていくしかないだろう。
「ではアストリッド嬢、行きましょうか」
「ええ、よろしくおねがいします……アーメット卿」
エスコートのため、アストリッドに手を差し出してきたのは王太子の側近――ロディオン・ヴァルジュ・アーメット。エヴェリーナのヴラドレン公爵家とは別の公爵家の傍系であるアーメット伯爵家の次男。
彼は美貌で知られる王太子と並んでも一切見劣りしない美丈夫で、まだ結婚をしていなければ婚約者も居ない。似た体格できらびやかなふたりが並ぶと、アストリッドは前世の記憶にあるアイドルデュオを連想するくらいだ。
王太子もロディオンも揃って王族のブルーグリーンの瞳を持つ。しかしロディオンのやわらかな蜂蜜色の髪は女性たちを甘く誘い、王太子の月光のような白金の髪は神秘的で視線を奪われる……らしい。
当然ながら令嬢たちからの人気は高く、社交場では彼を中心とした色とりどりの花束が出来ているとかいないとか。
伝聞系なのはアストリッドがまだデビュー前であるため。学園の在籍が被っていた頃に似た光景を見た覚えがあるので、まあ同じものだろう。王太子については、既に見慣れすぎていて何も思わないだけだが。
そしてそんなロディオンのことを、アストリッドは苦手としている。
「私のことはロディオンと呼んでほしいな」
「ご遠慮いたします。わたしのことはどうぞレインホールドの名で」
つまるところ、とんでもない軟派野郎なのだ。
未だ学生であるアストリッドの元にまで届く話題には事欠かず、流した浮名は数しれず。
なんだかんだ真面目なのか年上趣味なのかは不明だが未婚の少女たちには一切手をつけず、その相手には未亡人や既婚者の名ばかりがあがってくる。
それでもいつか刺されるのではないだろうかとアストリッドは常々思う。いや、一度刺されたほうが世の中のためではないだろうか。
別に死んで欲しいとまでは思っていないが、痛い目を見たほうが良いとは思う。
とはいえ王太子がそんな話を気にすることなく重用していることから考えるに、とても優秀なのだろう。
伯爵家の次男であるため継ぐ爵位はないが、彼の立場を考えればそう遠くないうちに何らかの形で叙爵されるであろうから、令嬢たちが群がるのも納得できる。
(でもわたしなら、一緒になるなら一途で真面目な人がいい)
末端のほうとはいえアストリッドとて王族の血を引く者である。両親は善い人たちだし、自らの婚姻について何らかの希望を言う気はない。それでも浮気とかせず愛人とか作らない人がいいなと、ロディオンを始めとする面々の、軽薄で浮ついた話を聞く度に思っている。
一帯の人払いが済まされているのかごく一部の警備以外は誰もいない通路を眺め、エヴェリーナの手を取る王太子を背後に進む。
話しかけてくるロディオンを適当にいなしながら到着したのは、王城地下の――邪竜の封印機構のある部屋だった。
◇
やはりここに連れてこられたかとげんなりするが、おくびにも出さないよう努める。アストリッドとてもうすぐ学園を卒業する年齢のできる淑女なのだ。やればできる。
しかしここは伝説で語られる場所である。文字通りの聖地だし、正直なところを言えば好奇心は隠しきれない。
アストリッドがそわそわと周囲を窺っていると、モニカの目隠しが外される。
そして王太子がよく通る声でここへ訪れた目的の説明を始めた。
「皆は我が国の成り立ちを知っているだろうから、場所についての詳細は省く。そしてこれは最高機密なのだが、封印に綻びが出ているというのは事実なんだ」
落ち着いた様子の王太子によって、国どころか世界の危機がさらりと明かされる。
今までは年頃の少女によくあるただの夢想だったり、似て非なる世界だったりする可能性もあったが、その希望はすっぱりと断ち切られてしまった。
どうやら本当に世界は危機に瀕しているようだ。
形骸化して惰性になってしまっていた封印の定期調査にて、異常が確認されたのが数年前。
それから国の研究者が禁書を含めた古い資料を漁り続けても、この緊急事態の対処法は見つからなかった。
もはや万事休すかと諦め、周辺国に支援を要請すべきかと国王と検討し始めていた頃、モニカによるこの予言騒動。打開策を求め、渡りに船とばかりにここに連れて来ることにした。
なお、モニカとハイマール以外は道連れだと断言された。道連れで国家機密を暴露しないで欲しいとアストリッドは心で泣いた。
(……あの場でモニカさんの予言を聞いてしまった以上は仕方ないのだろうけど)
そうしてなんとか自らを納得させつつ、そろりと観察を続ける。
広い部屋の石の床には複雑な魔法陣、その中央には多数の文様が刻まれた石柱。
操作の権限を持つ者――初代国王の子孫が石柱に触れると機構に反応があるというので王太子がそっと手を添えた途端、どんっと空気が震えた。
魔法陣と石柱の文様を、光が素早くなぞる。
古代の遺物の仕組みを自分の研究にも活かせないかと思うも、巨大すぎる上に知らない内容ばかりでもどかしく感じる。同時に強まる厳かな空気にアストリッドが身を引き締めていると、スポットライトのように淡い光が降ってきた。
「えっ?」
アストリッドが慌てて顔を上げて周囲を見渡すと、光に包まれているのは全部で四人。
赤みがかった白い光に包まれているのはモニカとハイマール。
青みがかった白い光に包まれているのはアストリッドとロディオン。
「……この反応は初めて見たな。マレヴァ男爵令嬢、これは色分けされたそれぞれが『運命のふたり』候補という解釈でいいのかな?」
「は、はい……多分そうで……す……?」
予想外の光景にモニカも自信がないらしく、あやふやな返事である。
王太子は軽く頷くと、手を叩いてざわざわする面々の視線を自らに集めた。
「……ハイマールとマレヴァ男爵令嬢並びにロディオンとアストリッド。そなたら二組の『運命のふたり』候補は『真実の愛』を得ることを目指して欲しい。これも世界のためだ、頑張ってくれ」
他意を決して悟らせぬ爽やかな笑顔で、王太子はそう宣った。
「えっ、えぇ……えええええええ!?」
硬直から回復し、淑女の仮面を盛大に放り投げたアストリッドの叫びが広い部屋に響き渡る。
アストリッド・シルバ・レインホールド、十七歳。
あまりにも予想外の事態には、染み付いた淑女教育など何の役にも立たないことを知った。




