13.王立魔法学園卒業パーティー
王立魔法学園はその名の通り、魔法を学ぶための施設である。
この学園はかつて魔法を指導できる人材が貴重だった頃に、設立されたものであった。
しかし魔法学が発達すると、個々の感覚ではなく学問として魔法を教えられるようになる。そうして魔法を学問として指導することのできる家庭教師も増え、学園の目的は次第に変わっていった。
貴族子女の社交デビュー前の交流の場として。
平民富裕層の子女のための貴重な魔法の学びの場として。
もちろん他者と競い合うことによる、学生の能力向上も目的のひとつ。
国の魔法師団や貴族の私兵魔法師という栄誉ある職に平民が就くためには、在学中に実力を見せてスカウトを待つのが一般的。
後継者ではない貴族子女も、実家の伝手では決して得られぬ良い職場のためにここで力を見せるのだ。
とうに成人した後継者のいる男爵家の養女となって学園に放り込まれたモニカ・ヘレ・マレヴァも、表向きはそれらが目的となっている。
他の令嬢より短めでサラリとした亜麻色の髪、小さな顔に薔薇色の大きな瞳は小動物を思わせる愛らしさ。見た目だけでも極上のその美少女は、希少な「治癒属性」の魔力を持っていた。
この世界の魔法は四元素と呼ばれる火・風・水・土の四つの属性と、かつては神術と呼ばれていた治癒属性で構成されている。
なお魔石のみに存在する氷や雷などの属性を含めると、更に数が増えるのは余談だ。
そんな希少な能力を持った類稀なる美少女であるモニカは、既に国が目をつけていると噂になっている。いまはまだ些細な切り傷や火傷を治す程度の力しか発揮できていないが、在学中の第二王子ハイマールが先を読んで保護していたのだろう、といったものだ。
そうして近づいたふたりは恋に落ちたのだ……などという余計な尾ヒレもついているが。
この学園の卒業パーティーは、在校生であればデビュー前の子女でも例外としてパートナーとして参加することができる。
よってハイマールが卒業パーティで伴うのはいったいどちらの令嬢なのだろうかと、無責任な噂も加速していた。
結果、ハイマールのパートナーを務めているのは婚約者であるヴラドレン公爵令嬢エヴェリーナ。その胸元では繊細なファセットカットが施された大粒のグランディディエライトが、会場の魔石シャンデリアの光を受けて輝いている。
王族であるエヴェリーナも持つ王家の瞳とよく似たそのブルーグリーンは、彼女の立場が盤石であることの象徴のように見えた。
ハイマールとエヴェリーナの間に流れる空気も、在学中によく見たどこか冷えた空気は消え去り、ずいぶんと落ち着いたものになってる。
そのことからハイマールとモニカの学園での過剰に親しそうな関係は、何らかの隠れ蓑だったのではないかとの声が大きくなっている。
実際のところ、ハイマールとモニカは共犯関係のようなものでもあったので、その噂はあながち間違いとも言えない。
ついでに言えばハイマールとエヴェリーナの婚約は法的には既に解消されている。エヴェリーナの名誉のため、世界の危機問題が落ち着くまで公表されないことになっているだけだ。
「あのグランディディエライト……凄いなあれ。確定したのか」
「あら、リーナ姉様について何かご存知なのですか?」
「……んー、あとでね。それよりリッド、僕らのグランディディエライトは何がいいかな」
「ロディオン様は剣を扱われることもありますし、指輪よりピアスが良さそうですね」
周囲の視線を集め、仲睦まじい婚約者同士を演じるのはアストリッドとロディオン。「ロディオンがアストリッドを求めた」という設定のため、ロディオンがアストリッドを愛称で呼ぶことになったのだが、その度に恥ずかしくなってしまう。
無数の好奇と嫉妬の視線がアストリッドに突き刺さる。
ロディオンが乙女心を弄んだ罪で刺されるよりも先に、アストリッドが嫉妬の視線で殺されるかもしれないと若干の恐怖を覚えるほどに。
学園にもロディオンのファンが多いということを身を以て実感する。
しかし手慣れたようにアストリッドの腰を抱くロディオンは余裕の表情なのだ。
この周囲の視線も物理的な距離も彼にとってはいつものことなのだろうが、アストリッドの心臓が保たないのでもう少し距離を取りたい。
なにせ腰を抱かれてしまうと距離が近すぎるのだ。ピクニックの日、頬にキスをされた時以上の近さである。
聖龍王国王家の象徴石でもあるグランディディエライトは、王家の許可がなければこの国で身につけることができない。
この会話により王家の石を身につけることが知らしめられ、将来が約束された美丈夫を隣に置くアストリッド。この国の令嬢なら誰もが望むようなこの状況に引け目を感じないわけもなく、今すぐにでも逃げ出したい。
(わたしの命日は近いのかもしれない……)
今日この場にてロディオンと何らかの理由で離れる時、自分はどうなってしまうのか。
想像は悪い方にいくばかりで、アストリッドは微笑みの下で溜息を堪えた。
なにせ、この会場には彼女がいる。
ロディオンが警戒する令嬢のひとり、パトヴェレ侯爵令嬢――今まで学園で率先してロディオンのファンの会会長を務めていた令嬢だ。
父であるパトヴェレ侯爵におねだりして、アーメット伯爵家に何度も婚約の打診をさせるが何度断られても諦めない。だから自分の物にならないのなら、誰の物にもなってほしくないという過激派ファン。
過去のロディオンの恋人たち――要するに仕事相手――にも幾度となくつっかかりあしらわれてきたという逸話持ち。付いた渾名が猪令嬢。
当人が社交デビュー前なので、劇場などの限られた場による偶然でしか相手と会うことができない。そういった目立つ場に赴いてまでわざわざ突撃をして行くので、ひどい渾名がついたとしてもさもありなん、といったところである。
そんな彼女が、正式な婚約者の立場におさまったアストリッドを放っておくわけもない。
良識を持ち合わせているのなら、この祝いの場を荒らす真似はしないと思うが――理由のない楽天的な期待はすべきではない。
◇
滅多に王都近郊まで出てこない人物が珍しく来ているようで、挨拶のためロディオンひとりが強引に連れられていった。気難しい人物らしく、まだ婚約者でしかないアストリッドは遠慮したのだ。
それならエヴェリーナか両親と合流しようと動き出したが、その隙が見逃されることもなく、パトヴェレ侯爵令嬢が大きな足音を立ててアストリッドの前に現れた。
「アストリッド・シルバ・レインホールド! 伯爵家の娘の分際でよくもロディオン様を……ッ!」
案の定というべきか、大ホールの和やかな雰囲気を金切り声が切り裂いた。
視界の隅には、慌てた様子のパトヴェレ侯爵。少し目を離した隙に飛び出したのだろう。
「この泥棒猫! いくら貴女が王太子殿下のお気に入りといえど、おねだりしてロディオン様の婚約者の立場を盗むなんて許せないわ! しかもロディオン様が自分を好きだなんて妄想にもつき合わせて……なんて卑しい小娘なのかしら!」
見事な罵倒予測コンプリート。
ポーカーの役でいえばロイヤルストレートフラッシュ……いやこの程度なら高く見積もってもフルハウスくらいかとアストリッドは現実逃避をしかける。
そもそも「王太子の命での結婚」という表向きの理由すら、現在は公表していない。妄想に他者をつき合わせようとしているのはどちらなのかと、既にうんざりしてきた。
家格という努力で覆せない要素は親戚関係でカバーできる。
見た目の華やかさはともかく、その他個人の能力で比べればアストリッドとて負けていない。あと良識の有無などにも自信があるが……そこは勝って嬉しい勝負でもない。
アストリッドは自分の気持がまだわからない。
けれど、わかっていることだってある。
――ロディオンは彼女の優越感のためのトロフィーではない。
アストリッドは背筋を伸ばしてパトヴェレ侯爵令嬢を見た。憎い恋敵を見る目は怒りに燃えている。
パトヴェレ侯爵令嬢の背後には、心配そうにこちらを見るエヴェリーナが小さく見える。
うっかり対処に失敗するとエヴェリーナが出てきてしまいそうだ。
優しい従姉にこれ以上の心配をさせないためにもさっさと済ませようと、アストリッドはゆっくりと瞬きをして気持ちを切り替えた。




