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01.伯爵領生まれの転生令嬢

今回はストックなしでのんびりと進めていきます。

よろしくお願いします。

 ――わたしは伯爵令嬢である。名はアストリッド。



 そんなどこかで見たような書き出しで始まるのは、アストリッドが五歳から書き始めた()日記。


 それはいつからか唐突に思い出すようになった、アストリッドの前世と思しき人間の記憶を書き留めたものである。


 とはいえそれらの記憶とは、ふと思い出した小説の一文の続きを更に思い出そうとするものの、やたらとジャムが食べたくなるだけで詳しくは思い出せないといった程度の曖昧なものだ。

 おかげで就寝前に裏日記を読み返すたび、いつもはバターを塗っている朝食の白パンはジャムをたっぷりと塗りつけたものに変身する。


 そんな曖昧な記憶たちのなか、アストリッドは「転生」という事象について妙に気にかかっていた。前世の記憶に存在する数多のフィクションの欠片には、なんらかの物語に転生したという粗筋は枚挙にいとまがないのだ。


 もちろんそれはフィクションの話である。しかし異世界転生という事象そのものが原則としてフィクションの産物であるのだ。よってアストリッドに前世と思しき人間の記憶がある以上、いま存在している場所が物語の世界などではないと断言することはできない。




 何らかの物語の世界に転生していた場合、問題となるのは何か。


 ひとつはアストリッドがなんらかの役割を持っているが、前世の記憶があることにより行動が変わって悪い影響を与えてしまった場合だ。


 アストリッドの些細な行動が、主人公たちの邪魔をしてしまったりなどは好ましくない。なにせ相手はフィクション様だ。正義である主人公の邪魔をしたら、どんな悪い結果になるのか想像もつかない。たとえば戦争だとか、疫病の拡大だとか。

 とはいえこれについてはどうしようもない。なにせベースとなる物語がわからなければ、何の手も打てないのだから。


 もうひとつは、物語の進行によってアストリッドの大切な人たちが不利益を被ること。

 各々の信条に基づいて行動した結果の不利益なら仕方ない。しかし冤罪などは我慢がならない。かすかに覚えている物語にはそういうものが多々あった。冤罪は許せない。


 アストリッドの大切な人たちのひとりに公爵家の令嬢である従姉がいる。


 彼女は冤罪の標的になりそうな立場ではないかと考えられ、歳の頃も丁度いい王子もいるので従姉がその婚約者におさまる可能性があるのだ。

 女性主人公の物語であった場合、その王子様を得るために婚約者を冤罪で排除を試みる危険性がある。アストリッドの記憶にはそんな酷い物語が残っている。これは許せない。


 もしかしたら従姉が冤罪をかけられなければ、広がる波紋のように巡り巡って戦争が起きたり疫病が拡大したりするかもしれない。

 だとしても、従姉の破滅と引き換えに得る平穏なんて碌なもんじゃない。破滅した場合でも従姉には最終的な救済があるパターンかもしれないが、もっと真っ当な方法の平穏を模索するべきだと思う。


 万が一何らかの世界だった場合でも何が起きるのか見当もつかないアストリッドは、冤罪対策に目的を絞ることにした。

 それなら、何らかの物語の世界でなくても無駄にはならないだろう。

 そうして朧気な前世の記憶を頼りに、この魔法のある世界で嘘発見器を作ることにしたのだ。


 レインホールド伯爵家長女アストリッド・シルバ・レインホールド、五歳。

 ふたつに結われても尚ぼわぼわと広がる柴色(ふしいろ)の髪を掴み、少女は真ん丸な夜色の瞳を煌めかせた。



 ◆ ◆ ◆



 自らの平穏のため、アストリッドが嘘発見器の発明を志してから十年以上が経つ。


 アストリッドは貴族や富裕層の子女の勉学及び交流、ついでに国による思想教育を目的としているであろう王立魔法学園に在籍していた。




 ――魔法学園ってフィクションっぽい。


 アストリッドはそう思いながらも勉学と研究に励むが、物語の主人公らしき存在は見当たらなかった。


 この学園は単位制で、十二から十八歳の六年間で必要な単位を取得すれば卒業できる。だいたいの貴族子女はのんびり単位を取って、十八歳で卒業をし社交界へ出ていく。

 ひとつ年上である例の従姉に一緒に卒業しようと誘われているため、アストリッドは早めに必要な単位を取得していった。

 十年以上かけて開発・調整した嘘発見器も評価は上々で、現在は伯父である公爵経由で騎士団に仮運用をしてもらっている。


 充実した生活を送り、学生生活もあと一年となった頃にアストリッドの平穏を破る存在が現れた。


 その存在の名はマレヴァ男爵家の養女、モニカ・ヘレ・マレヴァ。


 マレヴァ男爵領にある孤児院育ちの彼女は突然桁違いの魔力に目覚め、急遽養女として迎え入れられたらしい彼女は、十四歳で養女として保護をされ二年かけて男爵家で基礎を学んだのちに、十六歳で学園へとやってきた。

 アストリッドはモニカのとても「主人公っぽい」来歴に警戒しつつ、二年でつめこみ単位取得はさすがに気の毒なので、特別措置があることを他人事ながら願った。


 しかしアストリッドがそんなことを思っていた頃、結局は従姉が婚約者になっていた第二王子にモニカは色目を使いはじめたのだ。


 従姉と第二王子の仲は良くも悪くもなく――いや正直なところ、第二王子のほうが優秀すぎる従姉を敬遠気味だった。

 今まで従姉と第二王子の仲をどうしたものかと周囲が気を揉んでいたのを尻目に、あれよあれよという間に第二王子とモニカは親密になっていった。


 モニカは、他の令嬢より短めのサラリとした亜麻色の髪で、小さな顔に薔薇色の大きな瞳の可愛らしい少女。確かに男の庇護欲をかきたてるのだろうが、それにしたってチョロすぎやしないか第二王子……などとアストリッドは頭痛を堪える。


 なお、肝心の第二王子は明るい金髪にブルーグリーンの瞳という、実に“王子様”といった容姿。小動物のような愛らしさをもつモニカと並べば美男美女といった風情で目の保養ではある。


(これで片方が従姉の婚約者でなければ勝手にしてろと思うところだけど……)


 漏れ聞こえてくる話をまとめると、やれ口を開けて笑う顔が可愛いだの豊かな感情表現が好ましいだのと語っているらしい。前世の物語で聞いたような内容の数々だ。

 十六歳の令嬢が他人の前で口を開けて笑うなど、男爵家で行われた二年間の教育とはなんだったのだろうかと、養父になった男爵は嘆くのではないだろうか。


 とはいえ、ただ節度を保って仲良くしているだけなら現状何の問題もない。

 婚約者を蔑ろにする第二王子や婚約者のいる男に色目を使うモニカに問題はあれど、それはあくまで個人の話である。


 第二王子の婚約者であるアストリッドの従姉も最初期に多少の諫言を呈しただけで、あとは静観の姿勢だ。ただ淡々と情報の収集を行っている。


 アストリッドや従姉、ついでに第二王子の卒業まで後ひと月という頃に、第二王子の側仕えから王太子側に情報提供(リーク)があった。

 なんと第二王子とモニカが、卒業パーティーでアストリッドの従姉との婚約破棄を企んでいるという。


 第二王子曰く「第二王子とモニカには真実の愛がある。冷酷な婚約者との結婚なんてまっぴら御免」とのこと。あまりにもふざけた主張に、当事者である従姉よりアストリッドの方が先にキレた。


 厳しい教育を受けた結果、従姉は見事な淑女の鑑に育っている。

 しかし、可愛らしいところもちゃんとある素敵な女性なのだ。

 それを知ろうともせず、自分勝手に遠ざけて断罪するなど笑止千万。

 いくら第二王子とて許せるものかとアストリッドは決意した。



(――よろしい。その真実の愛とやらを、わたしの嘘発見器が判定してみせよう!)



 そもそも卒業生の社交界デビューも兼ねている学園の卒業パーティーで騒動などご法度。王太子の主導により第二王子とモニカは事前に呼び出され、詰問の場が用意された。

 あちらから冤罪を仕掛けられることも考慮し、アストリッドが開発した嘘発見器もそこで試用される。


 本当に真実の愛とやらがあるのなら、わざわざ公の場で騒動を起こさずとも正当な手順を踏めばよいのだ。意図的に事を大きくするなど、何かやましいことがあるに違いない。

 アストリッド渾身作。かなりの精度を誇る嘘発見器で内心を色々暴かれてもなお、真実の愛と本心から言えるのなら大したものだとアストリッドは内心で鼻息を荒くしていた。




 そうして王城の一室へ内密に集められた関係者と協力者のアストリッドを前に、今にも倒れそうな青い顔のモニカは必死の形相でアストリッドに縋った。




「貴女も転生者なんでしょう!? 助けてください!」

「――――――はい?」




 モニカの唐突な懇願にアストリッドをはじめとする面々は困惑するしかない。


 しかしモニカの手指に装着された嘘発見器は、淀みなく真を示していた。

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