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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第一章 人間が消えた世界で
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第八話 少女、旅に出る

「ねぇねぇ椿山(つばきやま)さん、これなんかどうですか?」

 ショッピングセンター三階の婦人服売り場で彼女、夏柳黒鈴(なつやなぎくろりん)(12)は試着室で着替えた黄色いワンピースに白い麦わら帽子を被って、私の前でくるりと一回転して見せた。

「うん、似合ってるよ。夏らしいのがまたいいね」

「えへへー」


 もちろんお世辞ではない。モデル体型のくろりんちゃんにしてはいささか幼さが残る衣装ではあるが、なにせ彼女はまだ十二歳、小学生なのだ。ならどこかで子供っぽさを残したスタイルのほうがらしく見えるだろう。

 そして彼女も多分その事をちゃんと意識していると見える。最初に出会ったシャツにホットパンツのスタイルも、どこかお洒落な大人と子供っぽい元気さを両立させた、彼女によくハマっているコーディネイトだった。


 それは多分、水商売をしていた母親の影響が大きいのだろう。上客を掴むには少しでも自分を綺麗に見せる必要がある。そんな母の姿を見て磨かれたファッションセンスの賜物だろうな。

「じゃあ、これにする」

「おっけー、タグ切るからこっち来て」

 とことこ歩いてきた彼女が纏っているワンピースと帽子の値段タグをハサミで切って、私の住所氏名を記したメモ書きと共にレジ横に置いておく。

 社会が崩壊してるとはいえ、やはり物を黙って頂戴するのは気が引ける。私だけならまだいいが、小学生のくろりんちゃんにそんな事に慣れさせては(・・・・・・)いけない。なので彼女が欲しい物はあくまで私が持って行ったという事にしておくのだ。



      ◇           ◇           ◇    



 昨夜、この北九州であの匿名掲示板で話していた人、夏柳黒鈴ちゃんと出会えたことで私の旅に対する方向性は変わっていた。寄り道して人を探しながらの旅ではなく、まず掲示板に生存報告していた場所を回る方がいいと考えたのだ。せっかくそこに居るのが分かっていたのに、ぐずぐずして彼らが『にんげんホイホイ』に入ってしまったらコトだ。なのですぐにでも出発し、この世界に生き残っている人たちと出会いたい。


 が、そうなるとこのくろりんちゃんをどうするか、というのが問題になって来る。私のような中年オヤジが旅先で小学生女子を連れまわしたなら完全に犯罪だ。

 だけどこの北九州にも人は誰も居ない。彼女の母親も、保護者も、学校の先生も。人の居ないゴーストタウンに小学生女児を置き去りにしたならそれも結局犯罪だ。


「私はこれから他の人に会う為に東に向かうけど、くろりんちゃんは来る?」

 それまで私からある程度の距離を取っていた彼女は、その言葉を聞いた瞬間にぴょんぴょん寄って来て、それは嬉しそうに目を潤ませて答えた。

「はい! 行きます、連れて行ってください! 私、旅行ってしたことないんです!」


 彼女曰く今年の秋に修学旅行だったハズなんだが、このウィンドウのせいで社会は崩壊してナシになってしまったんで、どこかに旅したいという願いが強くあったらしい。

 それを聞いた私はなるほど、と納得がいく。普通はこの年頃の女の子なら一度や二度は旅行に行ったことがあるだろう。でも彼女の家は母子家庭、父親がいない家庭では旅行のハードルは跳ね上がるはずだ、クラスメイトから「夏休みどこどこに行ってたのよ」なんて話を羨ましく聞いていたんだろう。


「じゃ、明日早くから支度するから、今日はもう寝なさい」

「それじゃ、四階に行きましょう、ベッドありますよ!」

 そう言うと彼女は私の手を取ってショッピングセンター内に入って行く。さっきまで男性に対して距離が遠かった彼女のこの変わりようを見て、私は自分のやるべき事を見つけた気がしていた。


 この娘の、父親代わりになってあげよう。今だけでも。


 私には自分の娘、里香を育てた経験がある。まぁ十全にいい父親であったとはいえないが、その体験を生かして彼女と接すれば、この娘の心の隙間を少しでも埋めてあげられるだろう。

 四階の家具売り場のベッドに当たり前のように寝っ転がるくろりんちゃん。彼女はにんげんホイホイが出現して、町から人が消えてからずっとこのショッピングセンターで過ごして来たそうだ。勝手知ったるなんとやらというやつかな。


 隣り合うベッドで寝ていたはずなのに、深夜に目を覚ますと彼女は私のベッドで寄り添うように寝息を立てていた。やっぱり父親に対する憧れみたいなのがあるんだろうか、その寝顔はどこか嬉しそうに見えた。


(これはどこかで、彼女に相応しいイケメンの好青年を見つけてあげないと、いけないなぁ)

 

 翌朝、私とくろりんちゃんは旅に必用な物をショッピングセンターから物色していた。保存食糧、水、衛生用品、簡易トイレ等々。

 これまでの旅では現地にあった物を無断拝借してきた私だが、彼女の前ではちゃんと貰ったものを真面目に書き留めて行くようにした。もし社会が元に戻った後、彼女に万引き癖でも付いたら父親代わり失格だ。

 私の娘、里香が一度だけ万引きをしてしまったのが、彼女と同じ十二歳の時だったから特に。



 そうこうして彼女の旅行用の服まで確保し、これで全ての準備が整った。なにしろ目指すは関東と甲信越、二人にとって相当な長旅になるだろう。やり残したことが無いか十分注意しなければ……


「あ、そうだ。くろりんちゃん、お母さんは?」

「え、えっと……もう、ホイホイされちゃいました、けど」

 まぁそれは予想がついていた。でも旅に出てしばらく会えなくなるとなれば、挨拶ぐらいはしておくべきだろう、私が妻と娘にしたように。

「でも、聞こえないと思いますよ。あの中に語りかけても」

「それでも、出発する時は『いってきます』だよ」

 私の真面目な態度に当てられたか、彼女は少ししゅんとした顔で「はぁい」と承諾した。車に乗り込み、少し先にある芦屋のアパートに向かった。


「私も一応お母さんに挨拶しなきゃね、大事な娘さんを預かるんだから」

 アパートの前でそう言った瞬間だった。彼女は私の正面から両肩をがっしと掴み、顔をうなだれた状態で、絞り出すようにこう言った。

「それは、やめて下さい……」


 よほど会わせたくないのか、または今の欲望に溺れる母親を見られたくないのだろう。そうなら仕方は無いが、それでも彼女の保護者に一言伝えてはおきたかった。

「分かった。じゃあメッセージだけ伝えて欲しい」

 スマホを取り出し、自撮り画面にして動画の録画を開始すると、私は画面に大真面目な顔で話を始めた。

「徳島から来ました、椿山湊(つばきやまみなと)と申します。しばらく娘さんをお預かりさせて頂きます、彼女の身の安全には万全を期しますので、どうかご安心を」

 そう言って頭を下げ録画を終えると、くろりんちゃんにスマホを渡して「じゃあこれ、お母さんに見せて来て」と伝える。もちろんホイホイ後(小ウインドウ)の側からこちらは見えないので単なる自己満足でしかない。それでも娘さんを預かる以上、最低限の事はやっておくべきだろう。


「……すまーとほんって、すごいんですねー」

 動画を再生しながら彼女は、たっはーとため息を吐いた。ああ、うん、彼女はまだ小6だった、親がスマホを買い与えていなくても無理はない。ただ少し気を抜くとその長身とプロポーションから成人女性にしか見えなくて、当たり前にスマホを持っているイメージしか湧いてこない。

 彼女が小学生女子という認識は常に強く持っておくべきだろう、まかり間違っても邪な考えを起こさないように。


「じゃ、挨拶してきます」

 そう言ってアパートの階段を駆け上がる彼女。私は手をひらひら降りながら、道中どこか彼女が喜びそうな観光名所にでも立ち寄るか、などと考えを巡らせた。急ぐ旅なのになんとも本末転倒なのだが。



      ◇           ◇           ◇    



「お母さん……いつまで、やってるの」

 私、夏柳黒鈴はアパートの食卓の上に浮かんでいる小さなウィンドウを見つめて、悲しい気持ちに涙が出そうになる。

『あーっはっはっはっは! ほらほら、泣け! 死ね!! くたばれやぁ!!』

 画面の中では、母が地面に横たわる幾人もの男性を打ちのめしていた。今は無数の釘が生えたバットで、手足を縛られて倒れている全裸の男を血まみれにしている、その眼を狂気に輝かせて。


 母はいつも誰かを憎んでいた。かつて青春時代に自分をフッった男を、自分を風俗の道に堕とした輩を。事後に金を払わず逃げた半グレを……そしてゴムを付けるのを拒否し、私を(・・)身ごもる羽目になってしまった極道の男を。


 そんな母は今もそいつらを打ちのめし、血の水たまりをいくつも作っていた。


 これでもう何度目だろう、母はこの人たちを何度も何度も殺し、それでも飽き足らずにまた妄想の中で蘇らせ、そして別の方法で殺し続けた。


 母は妄想の世界の中で、いつまでも、いつまでも、復讐を繰り返していた。

 そしてそこに私の、娘の姿は、無かった。


「お母さん、私、旅に出るね。この人と一緒に」

 スマホの画面を小窓に掲げて再生ボタンを押す。椿山さんの大人の態度、大人の声が部屋に流れる。子供の癇癪でしかない母の絶叫と、それはあまりにもかけ離れていた。


 再生が終わり、母のウィンドウに向き直る。さぁ、旅に出よう。


「行ってきます!」


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