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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第六十八話 繋がる、人間の力

 黒部ダムが、悲鳴を上げている。


 幾百もの動物たちが、人の作った水の流れを止める(ダム)が、壊れるのを心待ちにしている。


 そして、私、椿山 湊(つばきやま みなと)は、私たち人類が、本当に地球(・・)から見放されたことを実感して……ただ、立ち尽くしていた。


「これが……地球の、意思」

 口から辛うじて零れた言葉を、白雲氏が拾う。

「左様。このダムが出来て以来、人間以外の生物がどれほど生活を損なわれてきた事か、それが分からぬではあるまいよ」


 だから、動物たちは、今ここで黒部のダムが壊れることを望んで、そして集まったって言うのか。


 ああ、分かっていたよ。人類が地球を汚し続けていたなんて、そんなの誰でも知っている。

 けど、だからって……わざわざ人間の欲望を叶える罠を、『にんげんホイホイ』を作って、人類を追放しようとしたのが、地球の意思だっていうのか?


「なら……私達に、滅べ(・・)と言うのか」

「そう極端に走る事もあるまい。私が言ったように自然と調和して生きれば良いのだ」

「だとしても……それは、今この世界に残ってる人しか出来ないじゃないか!」


 そう、それが出来るのはホイホイの誘惑にハマらなかった僅かな人にのみ叶う事だ。大多数の人類はたった一度の誘惑に負けただけで、この地球から追放されるというのか!


「望まざるともホイホイに入った人も、悲しみを利用されて行った人も……戻ってこられないなんて、あんまりじゃあないか!」

 私がホイホイに押し込んだヒカル君、おそらく熊に襲われてやむを得ずホイホイに避難した宮城の狭間君、そしてあの東北で見た、もう戻らぬ幼い命の面影を追いかけてホイホイに入って行った人……彼らまでこの地球から弾かれる(・・・・)というのか!


「椿山殿、貴方は釣りを嗜んでいたな。では問うが、釣る魚の生き様を考慮して釣っておられたか?」

「……え?」

 何を言ってるんだ? 釣った魚の生き様、だって?


「貴方が宮城で殺した熊、埼玉で若者と捕らえた鹿、それらの動物たちが他の動物よりも命の価値が低かったとお思いか?」


「なんだ? つまり『もっと殺されるべき鹿や熊がいたはずだ』とでも言いたいのか?」


「そういうことだ。大いなる意思は、その種の少々の良し悪しの差など気には止めぬよ……人が動物の『個』を考慮に入れず、釣り(・・)狩る(・・)ようにな。つまり、地球にとって人の良し悪しなど、取るに足らない些事(さじ)なのだよ」


 そこで一度言葉を切った白雲が、私に最後の言葉を投げかける。

「人類全体が、地球にとって害悪なのだから、のう」



 その言葉に、私の中の何か(・・)が、ばきり、とへし折れる音が響いた。



 虚無感と、そして絶望が私を支配していく。

 ああ、人類はこうやって滅んでいくのか。恐竜が滅んだみたいに。


 地球から「いらないもの」と言われてしまったから。



 いや、そんなのどうでもいい、そんな大きな話なんて、もっと立派な奴にさせておけばいいんだ……私は、ただ、ただ……


「智美、里香……ヒカル君、っ」


 返ってきてほしかった。愛する妻と娘、そしてこの旅で知り合ったかけがえのない少年。

 私と一緒に仕事をした社員たち、面倒を見て来たゴンタクレ共、何度も頭を下げて契約を取り、満足のいく仕事を喜んでくれた施主(おきゃく)様。


 そして日本のあちこちで見た大勢の小ホイホイ。その中の彼らにも戻ってきてほしかった。彼らにだって人生はあった、いつかどこかで出会って、かけがえのない友人になれたかもしれないのに。


 友人、同僚、上司、部下。恋人、夫婦、兄弟、親子、孫。そんな仲間が大勢寄り集まってこそ、人間は人間として生きていけるんだから。


 でも、地球がそれを拒んでいる(・・・・・)。なら、もう彼らは……世界は……


 ――もとには、戻らない――



      ◇           ◇           ◇    



 それから、どうやって車まで戻ったのか、よく覚えていなかった。


「湊さん、ずぶ濡れじゃないですか! 服を着替えて下さい、今ヒーター最大にしますから!」

 ああ、もう私なんてどうだっていいんだよ、くろりんちゃん。


”湊さん合流出来たなら、すぐそこを離れなさい!”

「承知した、車の運転などいつぶりかのう」

 なんだ、白雲さん運転できたのか。代わって貰えれば仮眠できたのに、いや、もういいか。


”黒部ダムの水量はおよそ二億トン、ダム結界時に予想される周辺地域の土砂崩れ量は――”

 それだって、どうだっていい。どうせもう、私にできる事なんて、何一つ……


      ◇           ◇           ◇    


”椿山センセーっ! 聞こえてますかーーっ!?”


 ……え? この、声、は。


”新潟訓明高校文芸部、ただいま富山に向かって爆走中でーーっす!”

”さっそく教わった運転技術が役に立ってますよー!”

”黒部ダムの下流域に、ラジオ放送を繋げばいいんですよねー!”

”指示くださーい、出来る限り動きますからー!”


「湊さん! ほら、高校のみんなですっ!!」


 そうだ、つい先日に出会って、一緒にいろんなスポーツに挑戦して、周辺(あたり)の学校に放送を繋いで、最後にキックベースをやって別れた……


 私に少しだけ、先生気分を味あわせてくれた、あの少年少女達だ!


 その彼らが今、黒部ダムの崩壊が迫るこの状況で、下流域にいる人達を救うべく動いている……私が教えた車の運転と、一緒に放送を繋いだ技術を頼りに。


「あ、ああ……あああ、っ!」

 誇らしい、頼もしい! なんて、頼りになるんだ、彼らは。


 人間の、仲間の、(つながり)といううやつは!!


 そうだ、私は何を絶望していたんだ、人類代表にでもなったつもりでいたのか。

 やるべきことはそれじゃないだろう。まずはこのダムの(そば)にいる人間として、その状況を逐一知らせて、崩壊した時に下流域にいる人達を救うのが何より先決じゃないか!

 下流域(あっち)は回っていなかったから、放送は繋げていないし状況も分からない。だから助けられないなんて勝手に絶望して、いや、考えすらしていなかった。


 でも、わずかな間に出会った可愛い生徒たちが今、その穴を埋めにかかってくれている。あの頼りなさげだった若者たちが、私の手が届かない所へと駆け付けて、誰かを救おうとしてくれている!


『寄り道もまた良きかな、一期一会は大事にするものじゃ』


 白雲さんの言葉を思い出す。そうだ、その通りだ。あの時出会った少年少女が、まさかこんなに頼れる存在になるなんて。


 誰かと出会い、影響し合って、より大きな輪を、力を、生み出していく。


 それが人の力、人間力(・・・)というやつじゃないか!


 目に光が戻る。消えたと思った心の火が灯る。折れた心が、より強固に繋がって行く。


「でかしたぞ君達! 頼む、下流域の人たちを救ってくれっ!」

 マイクを引っ掴んでそう叫ぶ。すぐに彼らの”はいっ!”という威勢のいい返事が飛んでくる。


「私達はダムが見える所まで移動して待機、崩壊の瞬間を報告して状況を伝える! 松波さん、崩壊してから下流域各所までの到達時間を、詳しい人に調べて貰って!」


”わかりました! オランダのダム設計者、ロンダさん、聞こえていますか”

”Begrepen, verzamel gegevens stroomafwaarts van Kurobe.”

(了解、黒部から下流域のデータを集める)


”山梨の加藤です、私はリンゼンの地図会社に勤めてました、なので日本中の住宅地図が家にあります、力になれますか?”

”もちろんです! 下流域の役場、学校などの放送が流せそうな施設と、高台にある避難所になりそうな場所をピックアップしてください!”


”関西電力、奈良配電営業所が近所ですけど、ひょっとしたら黒部方面の電力供給状況、分かるかもしれません”

”助かります、くれぐれもご安全にお願いします”



 早い! なんて対応の早さなんだ。もうみんなこれだけ奔走してくれているんだ。世界と繋がった私たちのネットワークが、今この危機に対して、もうこんなに動いてくれている。


どうだ地球! これが人間の力なんだ!!


「訓明高校の風見鶏さん、聞こえるか? 流域周辺に着いたら一度ホームセンターに寄って、土嚢袋を手に入れてくれ」


 だったらとことん抵抗してやるよ、あとやってもらう事を彼らに伝えておこう。


”いーですけど、どうするんですかー?”

「人が飲み込まれたホイホイをそれに袋詰めにして連れて来てくれ、土石流に飲まれたら二度と発見できなくなるから、その前に少しでも多くの人たちを助けたい」

”りょーかいです、にんげんホイホイの袋詰めつくりまーす!”

「頼む! 出来れば地区別に袋を分けておいてくれ、後々で楽になりそうだから」


 やがて私たちはダムから数キロ離れた道路脇の路側帯に車を止めた。遠目から黒部ダムが見下ろせるここなら崩壊の瞬間を確認できるし、ここまで離れていたら巻き込まれる事も無いだろう。


 さぁ、頼むぞみんな。地球の嫌がらせから、仲間を守るんだ!


      ◇           ◇           ◇    


 それから二日間、私たちはそこで待機していた。未だ黒部ダムからは悲鳴のような軋み音が響いているが、まだ崩壊には至っていない。だが刻一刻と大きくなるその音に、限界が近い事は明らかだった。


 そして、その二日間のアドバンテージにはまさに千金の値があった。訓明高校のみんなが奔走して放送を繋いだ結果、下流域にけっこうな数の生き残りが現れて、人々と小ホイホイの避難を手伝ってくれたのだ。


 加えて下流域の電力が軒並み生きていたのも僥倖だった。何とこの一帯は黒部ダムの下流にある黒部第四水力発電所が電力の大元で、停電する事もなく夜間でも活動が可能だったのだ。タイムリミットが迫る中、ほぼ住民全員と人が入ったホイホイを一つ残らず回収して避難所へと移動する事が出来た。


 黒部ダムの崩壊による濁流から人々を救うのは、なんとその黒部ダムが最後の意地とばかりに水を流して発電を続けさせた電力(・・)なのだ……なんとも痛快な話じゃないか!



 そして十二月十二日、午前十一時四十五分。


 ――その時(・・・)は来た――


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