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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第六十六話 黒部ダムへ行こう

 新潟を発った私達一行は、白雲さんの「飛騨に寄って欲しい」との要望から、日本海側を上越(じょうえつ)まで走ってそこから長野に南下、安曇野(あずみの)市から大町市にUターンするルートを通り、飛騨の有名な観光名所である黒部ダムに向かう事にした。



「どうですか? このジャケット、可愛いでしょ」

「いいねぇ、あったかくて動きやすそうだし。」

 安曇野市のショッピングセンターで、私たちは防寒着や山登りアイテムなどを調達にかかっていた。なにせもう十二月、しかも飛騨は標高三千メートル級の高地だ。そろそろ雪が降っていてもおかしくは無いので、防寒対策は絶対にしておかなくてはいけない、風邪でもひいたら厄介だしな。


 仮にもし積雪が酷ければ、やむを得ないが断念まで計画に入っている。立ち往生して凍死などシャレにならないから。


 それでも黒部に行こうと決めたのは、ひとつにはそこが日本でも屈指の観光名所だから、というのが理由だ。ラジオのネタになるのは勿論の事、ひょっとしたらあの富士山みたいに、他の観光客が訪れているかもしれない。季節(シーズン)は外しているから期待薄ではあるが、もし誰かに会えたなら……そんな期待を抱いていたのだ。


「っていうか白雲さんはいいんですか? そのカッコで」

 防寒着に興味を示さずに佇む白雲氏に、くろりんちゃんが怪訝そうに問う。彼は相変わらず薄手の山伏服を着たままで居て、このままで冬の日本アルプスに行く気満々みたいだ。


「毎年これで過ごしておる、心配は無用じゃよ。はっはっは」

 そうカラカラ笑う彼を見て、つくづく読めない人だなぁと思う。思えばこの人は世界でも有名な高僧、天禅院霧生(てんぜんいんきりゅう)坊と同格の僧でありながら、あえて高山での自然に身を置く山伏生活を続けているという謎の大人物なのだ。それでいて破戒僧でもあり、戒律や仏法に拘らない自由人の気質も備えている、一体どういう人生を送って来たのやら。


 最終的にくろりんちゃんは赤いジャケットにベージュのフード付き防水ジャンバーとズボンというチョイス、加えて赤茶色のダッフルコートも念のために確保していた。全体的に暖色系のファッションセンスはいかにも(ぬく)そうだ。


 私はヒートテックのシャツとバッチ(モモヒキ)、厚手の手袋に靴下、あと高温カイロを多めに買い込んでおいた。「チョイスがおっさんだよ~」とくろりんちゃんに笑われたが、おっさんなんだからしょうがない。


「ね、湊さん。いちおうだけど、ヒカ君の分も」

「そう、だな」

 いきなり彼がこの脱出不可能なホイホイから出られるとは思えない。だけどもし万が一、億が一出て来られたら飛騨山中じゃ凍えるだろう、入った時はまだ薄着だったし、ホイホイの向こうで得た服はこっちに持ってこられないのは山形で経験済みだ。空手着じゃ防寒着にはならないだろうしな。


 身支度を終えて出発する。さぁ、いよいよ大町市から日本アルプスへと向かうのだ。ちなみに上越から安曇野に至るまで、信号機も街灯も全てが沈黙していた。それはつまり電気が来ていないと言う事で、当然ながら道中の役場でバルサンラジオを流すことは出来なかった。期待していた学校もほぼ全滅で、ただ時間を無駄にしただけだった。


「やっぱこのへんも原発がメインなのかなぁ」

「そうとも限らないよ、太陽光発電や風力発電だってメンテしないと落ちるからね」

 道中の車内で、くろりんちゃんの疑問に今の私の考えを返す。社会が死んでもう半年近く、自動で発電している太陽光パネルや風車、それを中継する変電所から送電鉄塔や電柱の電気線、各家庭のブレーカーまで、どこが壊れても電気は来なくなる。


 人間が築いてきた社会、その残り物(・・・)は今も刻一刻と失われつつある。いつまでも社会が生きてきたころの恩恵にあずかる事は出来ないということだろう。



「天を屋根に、地を床に、日の出を目覚ましに、夜の闇で消灯する。そういう生き方をすれば何も困る事はあるまい」


「無茶言わんでください、都会暮らしの子供とか耐えられませんよ」

 白雲さんがもっともらしく語る言葉に反論する、人間そこまで急に生活様式を切り替えられるものではない。山伏修行者の彼なら容易い事でも、都会に生まれ育った人がそんな生き方をすれば、たちまち体調を崩してダウンしてしまうだろう。


「そうですよー。それに電気が来てないと、放送を広げられないじゃないですかー」

 くろりんちゃんも賛同してくれた。そもそも電気が来ていないとバルサンラジオを流す事が出来ずに、生き残っている人達を探すのがより困難になってしまう。なので社会インフラが完全に切れる前に出来るだけ多くの人を見つけておきたいのだ。


 そんな私たちの反論に、白雲さんはふふ、と笑うだけだった。



 大町から山岳道路に入り、そこをぐいぐいと登って行く中継車(ラジオカー)。キャンピングカーとしての機能を持つ特注車と言う事もあり、山道でもストレス無く進むことが出来る。走る度に山は深くなり、ついには山頂付近に雪が積もっているのが見えて来た。いよいよアルプスなんだなぁ、と気を引き締めてハンドルを握り直す。


 夕方にようやく扇沢(おうぎざわ)駅に到着。ここからは本来なら一般車は通行禁止で、運営の電気バスで山々のトンネルを抜けてダムへ行くのだが、何せ今は社会が回っていないので遠慮なく車で行かせてもらおう。


 と言っても今日はもう遅いのでここで一泊し、明日の朝に出発する予定だ。夕方のラジオ放送を終えた後、買っておいたカップめんで腹と体を温めて車内泊にする事にした。



「ねぇ湊さん、ヒカ君の家って大丈夫かな?」

 横になったくろりんちゃんが彼のホイホイを抱いたままそう聞いて来る。確かにヒカル君の暮らしていたアパートには太陽光発電があり、貯水タンクにも水があったのでお風呂すら入れた。

 だがもうあの部屋を開けてずいぶん経つ。もしかしたらもう水は尽き、太陽光発電も故障や断線のせいで機能しなくなっているかもしれない。


「なぁに大丈夫さ。いきなり白雲さん(レベル)の生活は無理でも、君達は若いんだし少々ならすぐに慣れるさ。ほら、住めば都、ってヤツだ。ヒカル君は根性あるしね」

「うふふ、そやねー」

 彼を褒められて嬉しそうに笑顔を見せる。最後に彼のホイホイに軽くキスをして、そのまま布団をかぶって目を閉じる。


 ほら、待ってるぞヒカル君。早く帰ってこいよ、なぁ。



      ◇           ◇           ◇    



 翌朝、朝食を済ませた私たちはいよいよ黒部ダムに向けて出発する。専用道路のトンネルは電気が来ていないせいで真っ暗で、ヘッドライトを頼りに慎重に進まなければならない。うーんこれはさすがに行った先に、誰かがいるのは期待できないかなぁ。


 やがてトンネルの向こうに明かりが見えた。あそこまで行けばいよいよ黒部ダム、時間も放送開始にちゃんと合わせてある。さぁ、今日の仕事の始まりだな。


 視界が闇から光に包まれ、トンネルから出た瞬間だった。無数の『何か』がまるで蜘蛛の子を散らすかのように、私たちの車の前から四散していった。

「おサルさん!」

 駐車場にたむろしていた十数匹のニホンザルが、こちらを見つけて逃げ出していった。動物か! あの宮城での緊張感が呼び起こされ、ブレーキをかけてポケットの中の拳銃を確認する……来るか!?


 四方を見回すと、施設の屋根上には白鳥を思わせる鳥が羽根を休めており、向こうの売店にも三頭ほどの子連れ鹿がこっちを遠巻きに見て、興味無さそうに歩いていった。


「クマ、いるかな?」

「さすがにもう冬眠の時期だろう……冬眠し損ねるのもいるらしいけど」

 ホイホイに入り損ねた私たちのように、食い溜めが足りなくて冬眠できない熊もいると聞いたことがある。そういった熊はより凶暴になり、家畜や人を襲う事もあるのだとか。


「心配いらぬよ。穴持たず(冬クマ)がおるなら、鹿がああも平然としておるはずもない、熊は臭うでな」


 山伏の白雲さんの言葉に少しほっとする。熊やイノシシがいないなら少なくとも放送は出来そうだ。ただ、この状態じゃあ、やっぱり誰か人がいることはなさそうだ。



 仕方ない、と納得して放送の準備を始めるべく、ドアを開けて車外に出る。


「!?」


 私もくろりんちゃんも一瞬固まった。あまりに寒かったから、ではない。その寒さが気にならないほど別の『何か』を感じたから。


「湊さん……この音、なんね?」

「分からん。イヤな、感じじゃ!」


 あたりに漂う音は二重奏だった。ひとつは地を揺るがさんばかりの強烈な水音、例えばナイアガラの滝とかに行くとこんな音が聞こえるんじゃないだろうか。

 そしてもう一つは、大地が、いや大気が、まるでガラスをかきむしられるような、軋み音だった。


 -ギッ、グゴリュルル……ビキッ、ゴッ、グゴゴゴゴ……―


 これは、明らかに何かがゆっくり『壊れつつある』音だ!


「行ってみる」

「私も行く!」

 頷き合ってダッシュする。私は拳銃を、彼女はヒカル君のホイホイを服の中で握りしめたまま。


 駐車場の策に取り付き、眼下の雄大なダムを見下ろして……言葉を失った!


「……あふれちょる」

 辛うじてくろりんちゃんがそうこぼす。ダムはすでに満杯状態で、さらにその上の縁から水が大量に流れ続けていた。さっきから聞こえていた大量の水音の正体はこれか。


「ほうか、放水する人がおらんけん、水はたまる一方で……ほれで溢れたんやな」


 いかにダムといえど、水量が増えたら放水しなければキャパの限界を超える……超える? 限界(・・)を!?


「じゃあ、この嫌な音は、まさか!」


 今も響く、胸の芯に届くような嫌な軋み音。耳をそばだててみると、それは確かに目の前のダムから聞こえてくる……まるでダム自体が悲鳴を上げているかのように!


「湊さん、ダムが、ダムがっ!」

「決壊する……このままじゃ、マズいっ!!」


 私は一も二も無くダムに向かって駆けだしていた。後ろからはくろりんちゃんも追いかけて来る。


 もし今、この巨大なダムが決壊でもしたらどうなる!? この場にいる私たちの安全も保障できないが、下流域に住んでいる人たちを鉄砲水が襲う可能性がある。仮にホイホイされていたとしても、濁流で家ごと流されたり、土砂崩れで埋まったりしたら、二度と助け出す事が出来なくなるじゃないか!!



      ◇           ◇           ◇    



 ダムに向かう私たちの後ろで、白雲はやれやれと首を振り、車のラジオから聞こえ始めた放送に耳を傾けていた。


――ハーイ今日も始まりました、松波ハッパのバルサンラジオ。今朝はリポーターのくろりんちゃんによる、黒部ダムからのリポートでーす――


「無駄な事じゃよ、湊殿、くろりん嬢よ」


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