第六十五話 球技大会、そして……
新潟入りして訓明高校の生徒たちと出会ってから一週間。いよいよここに滞在する最後の日がやってきた。
「こちらくろりんでーっす! さぁ、今からここ、新潟訓明高校のグラウンドにて、私達リポーターと文芸部の皆さんの一週間の総決算、はっじまっるよーっ!」
朝のラジオ放送枠を使って、今から彼らとの最後の交流を世界中にお送りする、バルサンラジオ初のスポーツ中継だ。
この一週間はみんなで野球やサッカー、バスケやバレー、テニスに卓球、果ては吹奏楽(ほぼ打楽器限定)や空手、柔道まで、様々な体育会系の部活動にチャレンジしてきた。
もちろん合間を見て他の学校を回って放送枠を広げたり、釣りに行ったりスーパーを回ったりして食糧確保もみんな一緒にやって来た。特に男子部員の二人には車の運転を覚えてもらって、私たちが去った後もより広い範囲で活動できるようにもしたりした。
そして今日、彼らとの交流の総決算となるイベント。それは……
「では、バルサンラジオ杯、キックベース大会、間もなくプレイボールですっ!!」
”どどどどどっ”
くろりんちゃんの宣言に、ラジオの向こうから大勢のずっこける音が聞こえて来た。
”何故キックベース!?”
”小学生かよ”
”部活動は、どうしたあぁぁぁぁっ!!!!”
続いてツッコミが雪崩れ込んで来るがまぁしょうがない。元々運動が苦手な文芸部の面々は、野球をやればキャッチャーまで球が届かず、サッカーはフィールドが広すぎて五分で全員がダウン、バレーやテニスや卓球はラリーが全然続かず、格闘技なんてサンドバックを殴った手が痛いとのたうち回るレベルなんだから。
なので気軽に楽しめるキックベース大会をやることにしたのだ。基本は野球のルールだが使用するのはサッカーボールで、ピッチャーが転がした球を打者がバットの代わりにキックで打ち返すという、野球とサッカーの融合ゲーム。これなら多少運動音痴でもしっかりと楽しめるだろう。
ちなみに特別ルールとして、守備側がボールを持ってピッチャーマウンドを踏むと、各ベースから離れている走者は全員アウトとなる。分かり易く言えば守備側はバッターが蹴ったボールを、いかに早くマウンドにいるピッチャーに返すかの勝負なのだ。まぁそうしないと三塁ゴロ=ヒットになっちゃうしな。
「紅組一番、夏柳くろりん、いっきまーっす!」
白組ピッチャーの風見鶏部長が転がしたボールを、ボンッと思いっきり蹴り返す彼女。打球、いや蹴球は内野の頭を超え、レフトにいる男子生徒の前に落ちる。さすが空手家、見事なヒット!
ちなみに文芸部七人と私達三人なので五対五の人数割りとなる。文芸部男子は紅白別チームで、私と白雲さんは高齢枠でセット、くろりんちゃんは私達とは逆の紅組へと割り振られている……まだまだ若いつもりなんだが、少なくとも白雲さんと比べたらなぁ。
「二番、丸岡みなこ、いきます!」
フルメンバーで試合しているので、ラジオ中継は打者の担当だ。特製のヘッドマイクセットを装着し、試合しながらアナウンスするというかなり無茶な形式で、試合とラジオ中継の両方が進行している。
普通なら攻撃側の手の空いている人がすべきなんだろうけど、こっちのほうが面白いとの事でこうなった。
ぽん、と軽い音を立てて蹴られたボールは、私が守るサード前に転がる。素早く拾い上げてピッチャーの風見鶏さんにトスし、彼女がマウンドを踏む。くろりんちゃんはすでに三塁(三角ベース方式なので二塁は無い)に到達していたが、打者の丸岡さんはまだ一塁に届いていない、ホースアウト。
「ナイス送りバント。次は三番、唐沢桃矢、いっちょやったるか!」
自信満々に助走を付けて転がって来るボールを盛大に空振りしてスッ転ぶ唐沢君。わざとか? わざとかのか?
結局無得点に終わり、攻守が入れ替わる。
「一番、天禅院白雲、参る!」
なんかトップバッターを熱望していたので行かせて見たが大丈夫かな? なんて思ってたら、ピッチャーのくろりんちゃんが転がしたボールを助走もつけずに軽くコン、とつま先で叩き……
ドォンッ!!!!
すさまじい音を響かせてボールは遥か上空にすっ飛んで行った。
「ええええええええっ!?」
いや本当に今何をしたんだよ、どう見ても蹴るスピードとボールの飛び方が合ってないだろ、マジで何者だこの人。
で、ボールは空中でループコースターのように一回転した後、ピッチャーのくろりんちゃんの立つ場所に寸分たがわず落下して来た。それをぼふっ、と抱え込む彼女。
「うむ、残念アウトだな」
そう言って実況のヘッドセットを私に渡す白雲さん。そもそも走ってすらいないし、最初っからこれが狙いだったのか。
「二番、椿山湊、行くぞーっ!」
―ボンッ!―
そんなこんなで試合は続いた。ランナー二人いる状態でピッチャーライナーをキャッチしての瞬時トリプルプレーとか、蹴った瞬間にクツまで一緒に飛ばして守備妨害になったり、ボールをぶつけられそうになった走者がホイホイを盾代わりにしたり(無論アウト)、しまいにはホイホイに捕まって空を飛んで盗塁したり(これ私)と、珍プレー続出の攻防が繰り広げられた。
十二月初旬の新潟の空気は冷たかったが、それでもみんな夢中で汗だくになって、不器用ながらも懸命に、そして楽しそうに球を追い駆ける。
そんな光景を見て、思わず目頭が熱くなる。もしここに里香がいたら、そしてヒカル君がいたら……私が旅で紡いだ縁を、いつかあの子たちにリレーする事が出来たら……そう思うとどうしても熱いものが込み上げてくる。
それはくろりんちゃんも同じみたいだ。攻撃の時にベンチで居る時は、ヒカル君のホイホイを抱えて優しい表情で目を潤ませていた。
いつか二人と、ここのみんなが出会えることを、心から祈ろう。
「えーと、六対六で引き分けです、礼っ!」
「「ありがとうございましたー」」
試合が終わり、整列して礼をする。
楽しい時間が終わりを告げ、私たちはまた、旅に出る。
この新潟でやってきたイベントはささやかでお粗末ではあったが、でも若さに溢れたきらめきがあり、各々の心に染みるいい『思い出』になっただろう、何より私がそうだった。
みんな、この壊れた世界で出会えて、同じ時間を過ごしてくれて、本当にありがとう。
「くろりんちゃん、社会が復活したらライソしよーね、ヒカル君も一緒に」
「うん、絶対しましょう、今から楽しみです」
同世代、というより少し年上の女子達の友達が出来たくろりんちゃんは上機嫌で彼女達と握手を交わす、うんうん、なかよしっていいねぇ。
「椿山センセー、色々あざっしたぁ!」
「ああ、男子は女子をしっかり守ってあげなさい、熊には気をつけてな」
若い子に「先生」って呼ばれるのはいいもんだな。車の運転を教えたのはナイショだぞ君達。
「白雲さん! 今度は私の小説、きっとベタ褒めさせてみせます!」
「ふっふ、楽しみにしておるぞ」
部長の風見鶏さんは白雲さんに受けた酷評のリベンジに燃えていた。大丈夫、ここで過ごした七日間をよく取り入れて描けば、きっといいお話になるだろう。
「「お元気でー」」
彼らに手を振って見送られながら、私たちは新潟訓明高校を後にする。またひとつ、このホイホイに入っていたら出来なかった経験を、若者との楽しい時間を、記憶に刻んで。
さぁ、また一歩踏み出そう。新しい土地へ、新しい出会いを求めて、旅を続けよう。