表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
65/89

第六十四話 椿山センセー

 新潟訓明高校の文芸部部室にて、私達三人はこの高校の生き残り生徒たち、総勢七名と懇談の時を過ごしていた。


「ほほう、文芸部というのは詩や小説を書くと、作家さんなんだね」

「いやいやいや、私達なんてまだまだですよー」

 文化部に縁が無かった体育会系の(みなと)にとって、自分で物語を書き上げるという発想は全くなかっただけに、高校生の時点でそれを成すとはなかなか大したもんだと思う。


「でもすごいです、私なんか作文が大の苦手で」

「妄想力が問われるからね。漫画やアニメなんかでも、次週の展開をアタマの中で妄想するといいよ、そうすれば文章力は自然とついて来るし」

 くろりんちゃんもそれは同じようで、二名の男子部員にいろいろ話を聞いては関心しきりだ。まぁその後ろで数人の女子部員がジト目で彼らを睨んでいるのだが。

 可愛い子(くろりんちゃん)の来訪に浮かれる男子に呆れているんだろう。大丈夫、くろりんちゃんには彼氏いるから。



「ラジオ! でしたら俺の小説、ちょっとでいいから流して貰えませんか?」

「あ、ずるーい! 私のエッセイが先ですよー!」

「あなたたち、わざわざ日本中に恥を晒す気? ここは部長たる私の心温まるハートフルストーリーを……」

「250万文字のラブコメなんかラジオで流せるか! 却下却下」


 自分達がラジオ放送に関わっていると聞き、彼らが食い気味にそう迫って来る。うん、まぁ若者の書いた物語をラジオで流すというのは確かにアリだろう。連載にして小出し発表すればリスナーも次回が楽しみだろうし、社会が死んでいる今、彼らに絶好の発表の場を与えることが出来る。


「ならば少々拝読させていただけるかな?」

 白雲さんのその言葉に、全員が「はいっ!」と各々のノートパソコンを指したり、スマホを掲げて迫って来る……読んで欲しかったんだろうなぁ。


 かくして読書タイムとなる私達。さすがに長編は読むのがしんどいので、現在執筆中の小説を読ませてもらった。


 タイトルは全員が「――GATE(ゲート)――」という名前で統一されていた。なんでも彼らは突然現れた『理想の世界を実現する窓』をこう呼んでおり、それに沿ったお題で全員が執筆中との事。うーん部活動してるなぁ。


 で、肝心の内容なんだけど……

「……えっちです」

 くろりんちゃんが赤面してそう感想を述べる。彼女が読んだのは官能小説に近い内容だったらしく、流石の彼女もヒカル君のホイホイをぎゅっ、と抱え込んでうつむく。そういう話なら15禁にしてもらわないとなぁ、彼女まだ十二歳なんだし。

 まぁお約束というか、彼女が小学生だと知った時の一同の驚きは凄かった。読ませた小説を執筆した男子生徒は平謝りに謝っていたが。


「普段あまり活字を読まないから、新鮮な経験が出来て楽しかったよ」

 私はとりあえず当たり障りのない評価をしておく。実際、スマホ画面で小説を見ていると目がしんどいのが本音だ。なんとかストーリーを目で追ってはいたが、あまり心に刺さる物は無かった。まぁまだ未完だし、高校生にそこまで望むのは酷というものだろう。


「……未熟じゃのう」

 白雲さんの容赦ない感想に、部長の風見鶏(かざみどり)さんがガックリとうなだれる。ちょっとちょっと、せっかくホイホイされずに残ってくれている人に容赦なさすぎでしょ!?


「でも、このゲートに入った人たちを見て回って、それを参考にしたんですよ、リアリティという点では完成されているかと」


 そう、彼女たち文芸部員がホイホイされなかったのは、人々の欲望つまり本音が見える小ウインドウが世界に乱立したからだそうだ。なにせ小説のネタがそこらじゅうに浮いているのだから、彼女たちのヤル気が膨れ上がるのは無理もない事だった。


 ただなぁ、確かに白雲さんの言う通りなんだよな。私が読んだのも皆、表面的な人間の姿だけが描かれているもので、それは小ホイホイで見た欲望をただ文字にしただけの物でしか無かった。くろりんちゃんが見たエッチな小説とやらも、そこらにあるホイホイの画面を見て書いたのだろうな。


 『見る』のと、『体験する』のでは雲泥の差がある、それは建設作業でもスポーツでも、また小説でも同じなのだろう。仮に彼らが建築業の小説を書くとしても、知識で得た建物の建て方小説と、実際にスパナを握って物置の一つでも組み上げた人の書く小説では、やはり雲泥の差が出るんだろうなぁ、『しんどさ』を書けるだけでも。


「うーん、実際に自分たちがこの『にんげんホイホイ』に入ったつもりで書けば、もう少しお話に深みが出るんじゃないかな? あ、実際には入らないでね、出て来られなくなるから」


 私がそう言った時、彼らの全員が固まった。お互いに顔を見合わせて息を飲むと、部長さんがやおら声を張り上げる!

「にんげんホイホイ! それよ、タイトル変更っ!!」

「「異議なし!!」」

 あ、そっちに反応するのね、なんだかなー。



「あ、そうだ。ここって武道場ありますか? 私空手やってるんで、稽古したいし」

 くろりんちゃんがそう提案する。今日の夕方のバルサンラジオはレポートの予定が無いので日課の型稽古をやるつもりだったが、せっかくだから久々に道場でやりたいようだ。


「え、夏柳さん空手やってるの? なんかかっこいい!」

「案内するよ、でも小説のネタにさせてね」

「え、なんか恥ずかしいんですけど……えっちな小説に組み込まないでくださいね」


 かくして全員が武道場に移動し、彼女は道着に着替えて稽古に汗を流し、その様を全員で見学する。


「はいっ! せっ、せっ、ていやぁーっ!!」

 正拳を、上段蹴りを、裏手刀を、両手掌打を次々と打ち込む彼女を見て、文芸部一同は思わず息を飲む。リアルな格闘技の世界に文系の彼らは圧倒されているようだ、


「というか、普段から見学とかしてなかったの? この学校って色々なスポーツで結構有名だよね」

「その、どっちかっていうとスポーツ優遇で、文化部は肩身が狭くて……」

「見学とかお願いしても『邪魔だ』とかあしらわれるしなぁ」


 ああ、そういう事情なら仕方ないか。スポーツ推薦とかで力を入れているなら、学校に実績を作れる部活の方がハバを効かせるのはあるだろうな。

 そんな環境で肩身の狭い思いをしていたから、ホイホイが出現して自分達以外いなくなってしまったこの学校は居心地が良くなって、彼らは現実瀬内に留まる事が出来たようだ。


押忍(おす)! 道場の使用、ありがとうございましたっ!」

 腹で腕を交差させる空手の礼をして稽古を終えるくろりんちゃん。私は彼女に向かい、預かっていたヒカル君の小ホイホイをタオルと一緒に手渡して「お疲れ」と声をかける。

「ねぇ、そのゲートって……夏柳さんのカレシ?」

「ホイホイでしょ、でも何も映ってないけど」

 汗を拭きながらみんなと合流する彼女にそう詰め寄る一同。くろりんちゃんは汗を拭うと、笑顔で一言、大きな声で返した。


「はい、私の大好きな人ですっ!」



 陽も傾き夕食時になったのだが、彼らは本格的な料理をする気はあまりなく、手持ちのスナック菓子や携帯食品で済ませようとする。

「若いのにそれじゃ体力付かないよ、キャンプ部があっただろう、そこから調理器具を借りて校庭でバーベキューでもしないか?」

 私のその提案に彼らはしぶしぶ半分、興味本位半分でノって来た。よしよし、若いうちは何でも経験しとかないとな。


 この際だからクーラーボックスの中身を全部ぶちまけて盛大にバーベキューを楽しんだ。明日からの食料の確保が問題だが、それでもこの世界に七人も生き残ってる人と出会えたのだ、このくらい気前良くてもいいだろう。


「ねぇ、椿山さん達の旅のお話、聞かせてよ」

 食後、そう聞いて来る風見鶏さん。うんうん、いい傾向だ。人の欲望しか写さないホイホイなんかより、私たちの旅行記のほうが小説のネタに相応しい自信はあるからね、待ってましたとばかりに私とくろりんちゃんが旅で経験して来た物語を話して聞かせる。


 北九州で絶望した私を救ってくれた少女。京都で金閣寺に登ってた少年。石川のラジオ局で孤独に耐え続けた青年。つみ(プラモ)を重ねたが故にホイホイされなかった人。UFO説と地球説でラジオをにぎわせた女性と、ここにいる山伏さん。

 富士山で大勢の人に出会えた事、横浜で陥ったまさかの危機と、少年の自分を変えるキッカケ。首都東京のまさかの惨状と、それを覆したお爺さん達の奮闘記。

 世界と繋がり、再び広がり始めたコミュニケーションの輪。被災地を訪れた時に感じた悲しみ。山形で生き残っていた宗教団体との確執と和解。


 そして……仙台市での悲劇。ひ弱だった少年の死を賭けた、好きな人を守るための戦い。


 私が話し終えた時、彼らは言葉もなく焚火に照らされていた。ある女生徒は涙を流し、男子生徒は深いため息をつく。

 この終末世界で繰り広げられた『物語』、その深さと広さに比べて、見た目通りの狭さの『にんげんホイホイ』が、いかに矮小な世界であるかを実感して。


「なぁ君達、明日からしばらく、この学校でやってた部活動、いろいろやってみたらどうだ?」

 思わずそんな事を提案する。彼らに足りないのは『経験』だ、なら実際に足を動かし、未知の経験を味わってみるのは必ず創作のプラスになるだろう。

 幸いというかこの学校には、道場やキャンプ用具のように、主を失ったグラウンドやコート、球技の用具やユニフォーム等、このままでは朽ち果てるしか無い道具たちが、活躍の場を今か今かと待ちわびている。


 「誰も居ないんだし遠慮することは無いよ。もし社会が元に戻って問題になったら、徳島から来た怪しいオジサンにそそのかされた、って事にしていいよ」


 文化部の面々にとって考えもしなかった提案だったのか、彼らは目をキラキラさせて、想いのたけを吐き出していった。

「俺、バスケやりたい!」

「私は野球ー、あれ実際やったらどんなんだろう、ってずっと思ってたのよね」

「夏柳さん、カラテ教えてくれる?」

「椿山さんは柔道やってたんですよね、ヤマアラシっての教えてください」


「決まりだな。明日からはこの新潟訓明高校を舞台にした、『文芸部の七人による、無人となったクラブ活動の道場破り』シリーズの開幕だ!」

「あ、いいですねそれ。ラジオ企画にぴったりかも」

「寄り道もまた良きかな、一期一会は大事にするものじゃ」


 ふたりの賛同も得られたし、生徒たちもやる気満々だ。よーし、ここはあの清乱寺の太祖の奴に負けないよう私が先生となって、子供たちの人気者になってやろうじゃないか!


 かくしてここ新潟での、かつての青春よもう一度! な一週間がスタートしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ