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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第六十三話 学び舎へ

 山形県鶴岡市、日本海を臨む由良海岸まで辿り着いたバルサンラジオリポーターの一行は、目の前の猛る海にただただ呆然とするだけだった。


「荒れてますねー」

「こりゃ釣りは無理かな、凪ぐまで待たないと」

 この冬の時期は西高東低の気圧配置になり、日本海側は中国大陸から吹きつける冷たい風が海を荒れさせるとの事だが、これは予想以上でまるで台風でも来ているかのようだ。


「当分食料はスーパーを漁るしか無いね」

 海沿いに出ると言う事で釣果を期待していたが、どうもこの状況では竿を出すのは無理そうだ。まぁ荒れてくれれば水温も高くなるので、天気が回復すれば釣りもできるだろうけど。


 ちなみに白雲さんは興味ないと言わんばかりにラジオカーの後部座席で眠っている。いや、瞑想しているのか、どちらにしても海の様子には関心がなさそうだ。


 その後、新潟県との県境近くの「道の駅あずみ」で夕方のラジオレポートを済ませ、その日はそこで一泊する事にした。道の駅は売店がつきものな上に、基本二十四時間営業なのでこういう旅の宿としては何かと重宝する。

 名物の「だだちゃ豆」の瓶詰やスナック菓子などを夕食代わりにして、休憩室の畳の部屋で備え付けの布団を敷いて寝ることにした。


「えへへ、なんか修学旅行みたーい」

「夜は冷えるから、毛布は多めにね」

 浮かれるくろりんちゃんに一応釘を刺しておく。風邪でもひいたらコトだし、常にヒカル君のホイホイを抱いているので隙間冷えしたらいけないし。


 ボンッ!


 突如、後頭部に何かがぶつかる感覚があった。ぼす! と畳に落下したのは枕?

「修学旅行ならば枕投げは定番であろうよ」

 ちょ、白雲さん。あんたもう九十歳近いって言ってたのに、なに笑顔で枕を大量に抱え込んでるんですか……


「えーいっ!」

「なんの」

「やりゃあがったなぁ、この、このっ!」


 結局枕投げ大会になってしまった。一日中車内だった私達だったが、この合戦のお陰でほどよく疲れたのか、くろりんちゃんは無事にすぅすぅ寝息を立て始めた。


「さて、椿山殿。少し付き合わんかね」

 そう言って売店で失敬していた一升瓶をかかげる……まぁ受けては立つが、本当に破戒僧だなこの御仁は。どうやら先程の枕投げも、私とサシで話をする為に、先にくろりんちゃんに寝て貰う為の運動だったようだ。


 くろりんちゃんの寝ている部屋が見える場所にあるテーブルで白雲氏と向かい合って酒を酌み交わす……うーむ、米も旨いが酒も旨いな。さすが東北と新潟の県境付近だ。


「さて、椿山殿はこのホイホイに閉じ込められた者を救いたいそうであるな」

「ええ、何かご存知でしたら、是非お聞かせ願いたい」

 白雲氏はバルサンラジオに現れた時から、この窓の正体を『地球が人類を排除するために生み出した監獄』と言っていた。羽田さんのUFO説と対になっているのでどこかヨタ話に聞こえるが、あの山形市で自らのホイホイに映る映像を見せ示した事もあって、今は彼の説を全面的に信じている。


「ふふ、それは飛騨に着いてからのう」

「えー、勿体付けないで教えてくださいよ」

 杯を傾けながら、機嫌よくそうこぼす彼に抗議する。とはいえわざわざ飛騨によって欲しいと言うあたり、このホイホイと大きな関りがあるのか、だとすると今慌てて理由を聞くまでも無いかもしれない、ラジオリポートに町内放送の占拠と、仕事は幾らでもあるのだから。


「あの小窓、ヒカル君とか言ったな。ずいぶん芯の強い少年と見える」

「そりゃもう、百年に一度の実在ですよ」

 本人が聞いたら赤面するほど褒めておく。なにしろ彼が入ってからこっち、ずっと砂嵐映像なのだ。やむを得ず入ったとはいえ、仙台にいたはずの狭間君はあっちに順応して演奏会を楽しんでいたのだから、ヒカル君の自制心は本当に大したものだ。


「あるいは彼なら、本当に帰還を果たすかもしれんな」

「自力で……戻れる、と?」

 意外な話だ。てっきりこちらから引っ張り出すか、枠事態を破壊して救出するイメージしか無かった。というか自力で出られるなら、世界のどこかに脱出した人がいてもおかしくはないんだが、残念ながら世界中からの放送でもその報は無かった。


「いや、向こうから独力で生還するのは無理であろうな。可能なら我が兄弟弟子の天禅院霧生達も生還しておるであろうし」

「こちらから何らかの手を打つにしても、向こうの方の心の強さが求められる、と?」


 それは困る。ヒカル君はともかく、智美や里香(つまやむすめ)は普通の女性だ。そんな彼女たちを助け出せないとなれば私は満足できないし、社会を復活させることも敵わないだろう。


「ふむ、まぁ今宵はここまでにしておこうか。この話、しかと心に止めておいてくれ」

「は、はぁ……」

 本当に飄々としているというか、勿体付けるのが上手いといおうか、話し方からして人を手玉に取るのが上手い御仁だ。あの太祖の理詰めの物言いとはまた違う、真実にスキマを残しておいて期待と不安を曖昧にする語りは、どこか悟りを開いた偉人を想像させる。


 結局その夜は酒を飲みきって、部屋に戻って就寝する事になった。


      ◇           ◇           ◇    


 翌朝も結局、海は荒れっぱなしだったので釣りは諦めてさっさと新潟入りする事にした。朝のリポートにいい場所を探して新潟市内を散策してたら、なんかポップで面白いマスコットキャラクターが印象的な「新潟せんべい王国」って所を見つけたので、そこでやる事にした。


「こちら、おせんべいを焼く体験も出来たみたいですー。残念ながらやってませんけど、売っていたおせんべい美味しいです」

”いいですねー、お土産に少し持って帰って下さいよ”

 松波さんの返しに、それは名案かもと思う。私の地元の徳島には嫁入りする時に皆に配る『花嫁菓子』というのがあり、羽田さんが結婚式にこのせんべいをそう使うのもいいかもしれない。

”できたらUFOっぽいのお願いねー”

 どんなせんべいだよそれ、UFOっぽいパンなら聞いたことあるけど……。


「で、ひとつ問題なんですよー。この日本海側に来てから、各地に電気が全然来てないんです」

”放送を流すのが難しい、というわけですか”


 そう、新潟入りして以来私たちは放送を繋ぐのに成功していない。日照時間の短い日本海側は太陽光発電があまり見られず、風力発電は多くの風車が固定されているか、あるいは羽根が破損しており、酷いのになると根元から倒壊しているものもある。発電風車は風力が一定以上になると危険なので固定するものだが、それをしないまま関係者がホイホイされたのだろう。


 なので、各所の役場からバルサンラジオを流す事が出来ていないのだ。


”んじゃさぁー、学校に行ってみたら?”

 そう提案して来たのは福井のモデラー、名口 川人(なぐち かわと)さんだ。

「あ、そうか。学校の校内放送、それなら……」

 くろりんちゃんに続いて私もぽん、と手を打つ。確かに学校なら放送は絶対あるだろうし、避難所になる事も多いから何らかの停電対策が打たれているかもしれない。


「これは盲点でした。分かりましたー、当たってみますね」

”頑張ってねー”


 よし、方針変更だ。ここからは学校をターゲットにして回ってみようか。


 地図検索してみた所、すぐ近くに高校がある。まずはそこから当たってみるかな。

「新潟訓明高校……なんか聞いた事ありますね」

「高校野球で有名な学校だね、確か漫画のモデルにもなってる所だよ」


 日本人なら誰でも知ってる超有名な野球漫画が、確かそこの名前を使っていたはずだ。と言ってもまさか高校球児が居残っているはずも無いが、設備が充実してるなら発電施設なんかが残ってるかと期待が持てる。


 校門前まで来て、お馴染みのスライド式鉄門をガラガラと開いて車に戻ろうとしたその時だった。

「あ! 湊さん、人が出てきましたっ!」

 え、と振り返る。校舎の入り口に数人の生徒らしき人物がわらわら出て来て、固まってこちらを警戒するように見ている。


 人が本当にいたのか! ここにも!!


 私達三人が車から降りて入り口に向かい、警戒されないように「おーい!」と手を振る。

 それに応えて一人の女生徒がこちらに近づいてきた。丸い眼鏡に長い黒髪をなびかせた、いかにも利発そうなその女の子は私達の前に止まると、ぺこり、と頭を下げ、顔を上げて笑顔でこう発した。


「はじめまして! 新潟訓明高校文芸部、部長の風見鶏 舞奈(かざみどり まいな)ですっ!」

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