第六十二話 砂嵐が欲望を埋めて行く
あれから三日間、私たちは清乱寺に滞在した。
教祖や信者の様子を見、万が一、再犯に走らないかと危惧したからなのだが、どうやらその心配はなさそうだ。教祖である太祖はじめ他の面々も皆、憑き物が落ちたように明るく子供たちと接していたし、子供達も皆、彼らを変わらず慕っていた。
しかも、なんと二日目からネローメさんとラオラ氏がお付き合いを始めたというのだから驚きである、以前からお互いが気になっていたとか。
小児性癖を隠すための偽りのカップルという疑いも持たれたが、そこはしっかり得意の出刃亀で二人の逢瀬を確認したので、どうやら真実の愛と見てよさそうだ。
ちなみに覗きには太祖や羽田さん、他三人のスタッフに加え、くろりんちゃんや数人の子供までいつの間にか背後に居て、盛大にバレた後で全員白雲さんに大目玉を食らって、三日目は一日座禅修行だったりした。足が痺れて感覚が無い……反省。
「それじゃあ私たちは、寄り道しながら東京に帰ります」
「クマとかに気をつけて下さいね、ワシワシさんによろしく」
寺の山の麓にて、東京から来た三人のスタッフ(女性二名、男性一名)がまず帰路につく。と言ってもただ帰るだけでは無くて、私たちが回り切れなかった市町村の役場に立ち寄って、電気が来てる所にバルサンラジオの放送を繋ぎながら帰るらしい。
ちなみにこの清乱寺にも直接放送が入るようになっている。ほんの半日で機材を揃え、一日中放送が流れるようにしてしまった手腕は流石だ。
「じゃ、私も一足先に石川に帰るわね。山伏さん頼むわよ」
羽田さんもそう言って自前のスポーツカーに乗り込む。出来れば彼女も一緒に旅をしてほしかったが、石川の放送と結婚式の準備が待っているとなれば、悠長に旅などしていられないとの事。あー、結婚式ってかなり本格的にやるつもりだな。
「式は12月24日だから、遅れずに来てね」
二本指をぴっ! と振り、ウィンクをして走り去る彼女の車。うーん普通にしていれば美人なんだがなぁ、彼女。
「クリスマス・イヴに結婚式って素敵ですね!」
「狙ってやってるな。あと23日か、行程を考えないとな」
十二月に入ったばかりの現在。石川に帰るまでにまだ新潟、長野、富山の各地を回ってラジオの放送網を広げる予定だ。北陸地方の日本海側と言う事もあり、出来れば雪が降り出す前に回り切ってしまいたい。
「ね、ヒカ君もそう思うでしょ? イブに結婚式、いいよね」
胸に抱いたヒカル君の小ウィンドウにそう話しかける彼女。でもいつものようにその砂嵐映像は何も写さず、何の返事も返さない。
胸がちく、と痛む。確かにあの向こうにヒカル君がいて、声が届くのならそれに彼女が語りかけるのは当然だろう。
でも、やはり見ていて痛々しい。なんとか彼だけでもホイホイの中から出せないものか、そうでなくても向こうからも声が聞こえるとか、顔を見せるだけでも出来ないだろうか。
もしホイホイから出す手立てが見つからなければ、彼女はこれからもずっと、あの物言わぬ窓に話し続けるのだろうか。それとも、いつか諦めて……
「すまぬが帰路で一度、飛騨に寄って貰えぬかな」
再び寺まで登って考え事をしていると、白雲さんが後ろからそう言って来た。そういや彼はそこで山伏修行をしていて、たまたま下山した時に放送を聞いてバルサンラジオに参加したんだった。
「うーん、なら黒部方面から回って、富山県方面は折り返しになるかな」
本来なら新潟から長野に南下して、そこから再度新潟に戻ってから富山経由で石川に帰るつもりだったが、飛騨によるならルートの変更が必要かなぁ。
「飛騨で二人に見せたいものがあるのだよ」
そう言い残してお堂に戻って行く白雲さん。彼がわざわざ見せたいというからには、このホイホイに対して何かしらの情報が手に入るのだろう、ならルートやスケジュールの調整も是非考えなければならないか。
うむうむ唸りながら、地図帳やスマホのマップを眺めて、これからの旅のルートを決めて行く。相変わらずレポートで名所めぐりをしてラジオのネタを提供しなければならないし、各地の役場によって放送を繋げ、生き残っている人を燻し出さなければならない。
加えて衣食住の確保も重要だ。季節は間もなく冬になるし、どこかで衣替えも必要になる。ずっと車中泊だとくろりんちゃんがしんどいだろうし、加えて白雲さんも同伴するならなおさらだ。まぁ彼曰く自分は破戒僧なので、肉も食えるしどこででも寝られると豪語してはいるが。
そんな最中、ずっと流しっぱなしになっているNHKtラジオ、世界各国の放送を聞いている。意識をそっちに向けると、最近話題になっているのは世界各地での小ウィンドウ、ホイホイに食われた画面が次々と砂嵐映像になりつつあるという事だ。
”私の住んでるアパートにあった窓、もう全部砂嵐です”
”メインストリートに見えていた小さいの、どんどん砂嵐になっていってます”
”ここ数日で倍増しましたね、日を追うごとにどんどん砂嵐になって行ってます”
流暢な翻訳AIが流す放送から、次々と欲望の画面が砂嵐に変化しているとの報が届く。どうやらみんな、いよいよホイホイの中の世界に飽きて来たのか、あるいはこちらに戻ろうとしている人が多いのだろうか。
それはこの清乱寺でも同じだった。元々子供達に集めさせていた大量の小ホイホイは、日を追うごとに砂嵐映像に切り替わって行っている。
己の欲望を満たす世界は、次々と欲を満たした人を閉じ込める牢獄へと姿を変えて行っていた。
世界を、元通りに戻したい。
夢から覚めた人たち、それ故に閉じ込められた人たちを、救いたい。
ここで私自身が『閉じ込められる』という経験をしたから、猶更にそう思う。
いよいよこの寺ともお別れの時が来た。私はくろりんちゃんと白雲さんと共に本堂にお参りして、旅の成功と目的の達成を祈願する。
「さぁ、出発だ。まずは新潟だね」
「うん、また日本海だね、海楽しみっ! ね、ヒカ君」
「小霧よ、またいつか会おうぞ。私を失望させてくれるなよ」
そう告げる白雲さんに平身低頭で誓う太祖。ホントに頼むぞ、これから冬なんだし、子供達の体調管理とかしっかりやれよ。
子供達に手を振りながら階段を降りる。いよいよ旅も終わりに近づいているのだ。石川まで帰ったら一度徳島に戻ってみるのもいいかもしれない、智美や里香のホイホイは果たして砂嵐になっているのだろうか……それでも会いたい、会って言葉を伝えたい。そう、ヒカル君のホイホイを抱くくろりんちゃんのように。
「フルチンおじさん、ばーいばーい!」
「はだかのおっちゃん、まったねー」
見送る子供達の言葉で感慨が台無しである。ま、しょうがないかなぁ。