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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第五十八話 白い部屋

「くそ! あの、野郎っ!!」

 朝、目覚めた私が今の自分の状況を把握して、己の迂闊さを呪い、あの太祖に憤慨をぶつける。


 私がいるのは四畳半ほどの白一色の部屋。ドアはがっちりと施錠されていて、押せども引けどもびくともしない。

 そして私は全裸だ。もちろん荷物も何一つない状態で、この部屋に監禁されている事に気付いた時には、もうどうしようもない状況に追い込まれている……やられた!


 思えば昨夜、あの応接室を訪れた時にすでにウィスキーとグラスは用意されていた。奴もウィスキーを飲んだと言う事は、睡眠薬のようなものはグラスの方に塗られていたんだろう……最初っから奴は私をこうするつもりだったんだ。口八丁で私に酒を飲ませ、口うるさい邪魔者を封じに来たんだ。


 これではっきりした。いくら美辞麗句を並べた所で、奴らはろくでもない連中だ。最悪子供達はあの太祖の体のいい道具として利用されているだけだ、おそらく年頃になれば性的な要素も込みの玩具にされるだけだろう……


「ならば脱出するまでだ! 建設業者を舐めるなよ」

 部屋を調べにかかる。ドアは外からのロックに加え、叩いた感触からどうやら外から釘止めされているらしい。まぁ出入り口をふさぐのは当たり前だな。

 壁には窓は無く、上の方の一角に空気穴(ガラリ)があるくらいだ。指が辛うじて入る程度の隙間で、ご丁寧にそこだけ鉄で補強されている。壁はというと固めの外装補強(サイディング)でガチガチに固められていて、ひっかいても爪痕すら残せない。

 床は固い樫の木で目地すら見えないほどにキツキツで、天井は普通に板張りのようだが、なにしろ高い。多分三メートルはあるだろう、脚立でもあれば届くだろうが、踏み台になるような物すら無いではどうにもならん。


「参ったな、念のいったことだ」

 一時間ほど悪戦苦闘したが、脱出の手がかりは見えなかった。もしここにスマホでもあれば子機を持つくろりんちゃんに助けを求めることも可能だが、生憎今はリアルに身一つだ、パンツすら無い状態ではどうしようもない。

 くろりんちゃんとの通話は切っておいたので、奴らにスマホを調べられても直接彼女に繋がらないのは救いだったか。上手く逃げ延びてくれればいいんだが。


「くそ、せめて工具、ドライバーの一本でもあればなぁ」

 それは贅沢な願いだろう、石ころ一つ無いこの純白の部屋で、あるのは私の体と、私について回るホイホイの画面ぐらいのものだ。


「そうだ、それなら」

 名案を思い付いた。ヒカル君はこの中に医療施設と医者を想像して治療に入った。なら私が望めば、この中に工具くらい出せるんじゃないか? と思って画面を見ると、そこには私愛用の工具が詰まった腰袋が!

 画面の中に手を突っ込む。相変わらず背筋が凍る感じがするが、それも工具をあっちから借りるだけだ、完全に入ってしまわなければ戻ってこられる……

 ガチン!

「うわっ!?」

 ひっ掴んだ工具袋がホイホイの境に達した時、工具が見えない何かに当たった感触があり思わず手を離してしまう、私の手だけがそこから引き抜かれていた。


「くそ、四次元ポ〇ットみたいにはいかないか」

 やはりこのホイホイ、こちからら向こうへの一歩通行なのは道具でも変わらないようだ。まぁそりゃそうか、もしそうでなけりゃ金塊の山でも核ミサイルでも取り出し放題になるからな。


 試行錯誤を繰り返している内に腹が減ったので、別の事を試してみることにした。ホイホイの中に食い物を出して、頭だけ突っ込んで食べる事は出来ないだろうか、と。


 試してみたが結果は失敗だった。食べ物を飲み込んだ瞬間、まるで向こう側に体内から引っ張り込まれるような気がして、危うい所で吐き捨てた。取り込んだ食物が胃に入ると、胃から上(・・・・)はホイホイの世界に取り込まれて戻れなくなるようだ、最悪消化吸収してしまうと、全身に毒が行き渡るように向こうの住人になってしまうだろう。


 逆にトイレを想像して、尻だけホイホイに突っ込んで用を足してみたら、こっちは普通に出来た。やっぱこいつはこちらから向こうへの一方通行なんだなぁ、ちょっと一矢報いた気がするな、ざまぁみろ。


 空気穴(ガラリ)から差し込む赤い光が夕方を告げていた。色々試してみたが、どうやら素手でどうにか脱出出来る部屋じゃなさそうだ。なんだ? 瞑想をして悟りを開く部屋とか、断食修行をしたりする部屋なのかここは?


 そして今の時間まで、太祖や信者たちからのコンタクトは皆無だった。私を殺す気ならここに練炭の煙を流し込んでもいいし、火責め水攻めなんかもやりたい放題だろうに。

 そして、そうしなかった理由も分かって来た。どこを向いても白一色のこの部屋は、長く居るとおかしくなりそうだった。私が今まで正気を保ててきたのは、この部屋で唯一鮮やかな色を持つ存在……つまり私の『にんげんホイホイ』の映像があったおかげだった。

 つまり、私を始末したいのなら、このホイホイに入ってもらうのが最善の方法という訳だ。白しか無い部屋に長時間いるのは堪えるし、耐えられても長く続けば飢え死にするだけだ。精神と肉体の両方から兵糧攻めに来ている、というわけか。


 くそ! どうする、どうすれば……?


 夜のとばりが落ち、部屋は漆黒に包まれた。部屋の中も夜だけはその白さから解放される、まさか夜の闇に感謝する日が来るとは思ってもみなかったな。


 と、その時、外から人の足音らしきものが聞こえて来た。奴らが来たか? 勿体付けてくれる……さぁ、来い、来てくれっ!


 かたん、と音がした方向を見上げる。空気穴(ガラリ)に何かが差し込まれていた。それははらり、と落下して、そのまま部屋の闇に溶け込んだ。同時に足音はそそくさと去って行った……待て、一体何なんだ!?


 手探りで床を探る。と、がさりという音と、手に触れる軽い感触があった。手に取ると、それが紙である事が分かる。なんだ、私自身の為にお経でも読めってのか?


 今はもう真っ暗で、それに何が書いてあるのかなど読めない。仕方ないので部屋の隅にそれを置いて、潰さないように距離を取って寝ることにした。夜が明けたら内容を見る事も出来るだろう……白紙だったら怒るぞ!


      ◇           ◇           ◇    


 朝、小鳥のさえずりを目覚まし代わりに目を覚まして、改めて監禁されている事を思い出す。そして夕べに部屋に投げ込まれた手紙のことも。

「どれどれ、何が書いてあるのかな、っと」

 部屋の隅に置かれた手紙を拾い上げ、広げて目を走らせる。幸いというか白紙ではなく、書面は小さな美しい文字で埋まっていた。


「ネローメ、さんから?」


 女性的な筆跡だとは思ったが、まさか彼女からのメッセージとは。


”椿山さんへ。私達の無礼をお許しください、しかしもう私ではどうする事も出来ません、どうかこのまま窓の中へとご避難頂きますよう”


 私を気遣ってか、そう始まった手紙。そして、その後には、この寺の事が詳細に記されていた。


”この清乱寺(せいらんじ)は、かつて親のいない孤児や、親に捨てられた子供、赤ちゃんポストなどに持ち込まれた子供たちの教育の場だったのです。期間は五歳から十一歳までの小学生の期間、ここで暮らせば卒業と同じ資格が得られたのです”


 なるほど、子供達が多いのはその名残か。


”そして、もうひとつ。ここには私のような(・・・・・)小児性愛犯罪者(・・・・・・・)が、更生の為に修行をする場所でもあったのです”


 ……え? 何だって、ネローメさんが、犯罪者?


”私の本名は『松崎星子』と言います。今から五年前、中学教師だった私は生徒に手を出し、告発されて懲戒免職になり、保護観察処分を受けてここに来たのです”


 ううん、際どい事をするなここの寺は。小児性愛者をあえて子供達の多い場所に住まわせるとは……まぁ寺という厳格な場所柄で再犯をする危険も無かろうし、それを乗り越えることで更生する道にもなるだろうが。


”教祖様、霧生院太祖(きりゅういんたいそ)はここの修行僧でした。彼の師匠は世界にすら名を響かせる高名な僧、天禅院霧生(てんぜんいんきりゅう)様でした”


 ……ん? 仏教の世界には詳しくないが、その名前、どこかで?


”今ここにいる他の修行者たちの何人かは、私と同じ犯罪を犯して更生中だったのです。教師や医者、サラリーマンだった人もいます。でも皆過ちを犯し、過去の名を捨てて外国の偽名を名乗っていたのです”


 なるほど、ネローメさんも他の面々も、見た目が日本人っぽかったのは、そういう事情か。


”私たちは日々懸命に修行をする太祖様を見て、自分達がいかに人の道に外れたことをしていたかを痛感しました。まだ僧の中では若かった彼は、誰よりも苛烈な修行を続け、また子供達にも私達にも親身に接してくれました”


 あの男がか? とってもそうは思えんのだが。


”ですがあの日、全ての人に欲望の窓が開いた時、あのお方は欲望に負けそうになる人々を必死に止めようと、山を下りて奔走したのです……ですが、結果は無残な物でした”


 何も与えてくれない坊主よりも、自分の理想を叶えてくれるホイホイの方に皆走ってしまったそうだ。まぁ今の日本人の信仰心の薄さを考えたらそうなるか。


”そして、寺に戻って来た彼が見たものは……己の師匠や、その同格の高僧たちの座布団の上に浮く、小さなウインドウだったのです。砂嵐の映像を残して”


 それは昨日も聞いた。かの師匠とやらはその日の内にホイホイされてすぐ、この中が居るべき場所ではないと悟ったのだろう。だが時すでに遅し、という奴か。


”太祖様は呆然とし、そして乾いた声で笑い始めました。その声が枯れるまで……私たちがなだめても止まりませんでした。やがて彼は信仰を捨てると宣言し、対立している多宗派や神社に連絡を取り合って、『私達で新たな秩序を作る』と宣言したのです”


”この寺の子供達は、八歳になると里親を探され、幸運にも見つかればここを離れることになります。幸い今年は全ての子が里親に貰われ、残ったのは七歳以下の子供ばかりでした”


”今となっては、里親を探すなど無理な事。ましてや町を回って親を窓に取られて徘徊していた子供達も連れて来たものですから、こんな大所帯になってしまったのです”


”そして、今。私も、他の修行者たちも……かつての衝動(・・)がうずき出しています。それを押さえるべき太祖様が壊れているので、おそらく私たちはかつての過ちを繰り返す事になります”


”なので、この手紙をせめてもの懺悔として、部外者であるあなたに伝えます”



      ◇           ◇           ◇    



「そういう、こと、だったのか」


 この寺の施設、その全てに今、納得がいった。


 そしてこの手紙はおそらく彼女からのSOSだ、自ら再び過ちを犯そうとしている自分達を、なんとか止めたいという思いを、余所者である私に託したんだ。


 ならば何としても、ここを脱出しなければならない。世界がまだまだ生きていて、君達の犯罪を非難する者がいるとしたら、それはきっと彼らの抑止力になる。あの横浜で暴漢に襲われている時、ヒカル君が放送を繋いで奴らをビビらせた様に!


 立ち上がり、白い壁を睨む。全身に力を漲らせ、意を決して体を固め、突進する!


「どおぉぉぉりゃあぁぁぁっ!!!」


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