表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
56/89

第五十五話 霧生院太祖(きりゅういんたいそ)

「着きました、ここです」

 黒塗りの車で三十分ほど走った後、運転手のラオラが車を止めてそう伝える。私は子供達と一緒に車を降り、そして目の前の光景に思わず声を漏らした。

「なんだここ……すごい絶壁だな」

 そこは山の麓。山肌には切り立った崖がいくつも岩を覗かせており、その脇に正門があって、そこから山を駆け上がる階段が見えている。この上にその寺とやらがあるのなら、相当の距離を登っていかねばならないだろう。


 レン君たち十人の子供は迷わず門の前まで駆け寄り、そしてそこで一列にずらっ、と並ぶと、「ただいま帰りました!」と声を揃えて一礼する。その一糸乱れぬ様はとても六~七歳の子供達に見合わぬ練度(・・)が感じられた。


「さ、私達も」

 ネローメさんにそう言われて、私と大人の四人も門に並んで一礼する。まぁ私の家はここじゃないので「帰りました」とは言わなかったが。


 階段を登る。ひたすら登る。思わず「なんじゃこりゃ」と言いたいのを押さえて険しい階段を登り続ける。要所要所にお堂や立て札の立った名物の岩などがあり、その先はまた険しい階段になっている。

 こりゃほとんど登山だな。ならば富士山に登った時の経験を生かしてゆっくりと息を吸い吐きしながら、頂上にあるという本堂を目指す。


 やっと開けた場所に出た。そこは山の上とは思えないほどに平坦になっていて、正面の最奥にはおごそかな本堂が鎮座している。

 その左手は一面の畑になっていて、幾人もの小さな子供達が畑仕事をしていた。雑草を引き抜いて、じょうろで水やりをしている。

 違和感を感じるのは、みんな白の和服に赤い袴をはいた、いわゆる巫女の衣装だということだ。確かに全員が女の子だが……ここお寺だよな?


「こちらです」

 本堂に通され、建物の外側に張られた渡り廊下(デッキ)を伝って奥に進む私達。その途中でネローメさんが足を止め、「レンはここですよ」と言って襖をすらっ、と開き、部屋の中を見せる。

 思わず「おお!」という声が漏れる。そこには二十人ほども子供が正座して並んでおり、その後ろをやはり白装束の大人が、なんかお墓にある平べったい木の板みたいなのを体の線に合わせて構えている。あ、これって……


()ァーツッ」

 ぱぁーんっ!

 

 その板で激しく子供を打ち付ける。って、おい! 子供相手に手加減なさすぎだろ!

 寺社の修行の逸話でよく見る光景ではあるが、あの小さな子供に対してやりすぎじゃないか。今の時代なら虐待レベルだぞ!


 打ち据えられた子供は、しばし痛みに悶えていたが、やがて姿勢を正して涙声で「ありがとうございましたーっ!」と悲鳴のような声で叫ぶ。その声の主はまさにレン君だった……こいつら!!


 私の怒気を察したのか、ネローメさんは襖をすらっと締め、人差し指を立てて声を出さないように示した。

「教祖様のお導きです、厳しいようですが、これもあの子の為」

 ああそうかい。どうやらこの女や付き添いの男どもに言うより、その教祖様とやらに食って掛かった方が話が早そうだな。怒りを飲み込んだまま、先の部屋へと足を運ぶ。


 通されたのは応接室だった。なかなかに上等なソファーに腰を下ろすと、彼女たちは「しばらくお待ちください」と一礼して部屋を出て行った。一人になった私はこっそりスマホを取り出し、くろりんちゃんの子機と通話が繋がっているか確認する。

(もしもし湊です、聞こえてる?)

(はい、大丈夫です。なんか怪しそうな雰囲気ですね、気をつけて)

 よし。これで私に何かあってもその状況は彼女に伝わるはずだ。最悪ここで暗殺されても彼女はそれを察して何らかの行動に出られるだろう。


 にしても教祖様か。お寺なら住職だろうに、新興宗教じゃあるまいし。なんなんだここの統一感の無さは。

 この分だと教祖様とやらはどんな輩だろうか。坊主なのか神主なのか、ひょっとすると巫女なのか、まさか神父やシスターってわけでもあるまい。若者なのか老人なのか、子供達に対する厳格さと各宗教まぜごちゃないい加減さが、その代表者の姿を想像できなくさせている。


 ややあって、数人の足音が聞こえて来たかと思うと、奥のドアが勢いよく開け放たれ、その男が姿を現した!


「やぁやぁいらっしゃい、よく来たねぇ!」

 ずかずかと歩いて向かいのソファーに身を沈め、両肩を背もたれに深々と埋めて大股を開いてそう言い放ったのは、ラメが入った紫の袈裟をキラキラさせた、恰好だけはいっちょ前の坊主の、どこにでもいそうな中年太りのオッサンだった。


「がはははは、驚いたかな? 私がここの教祖の霧生院太祖(きりゅういんたいそ)じゃ。」

 まるで調子に乗り切った成金か、それを演じる芸人みたいにカラカラを笑う。いやぁ、全くの予想外だったな、この人物像は。


「どうも、徳島から日本中を旅をしている椿山湊(つばきやまみなと)と申します」

 挨拶を返し一礼すると、太祖とやらは「まぁまぁ、楽に楽に」とその脂ぎった顔を愉快に歪めて笑う、何がおかしいんだか。


 とにかく印象は最悪だ。脇に控えるネローメさんが色白で痩せているのに、このオッサンは明らかに健康体で、肥満とは行かないまでも大飯を食らっている印象しかない。これはロクな男では無いな……


「さて、本題に入ろうか、椿山さん」

 と、いきなり前かがみになってヒザにヒジを乗せ、両手の指を噛み合わせてアゴを乗っけて、神妙な顔になって聞いてきた。

「あなたはどうして、この『窓』に入らなかったのかな?」

 視線で自分のホイホイを流し見つつそう問われる。むむ、なるほど真面目になると教祖と呼ばれるだけの貫禄はある、か。


「なんとなく、ですよ。入りそびれたと言い換えてもいいですかね」

 嘘はついていない。しかし最初から全てを話してしまうのは良くない気がした。特にくろりんちゃんやバルサンラジオの件なんかはうかつに知られない方がいいだろう。


「ほほう、なかなか正しい判断でしたな」

 フン、と鼻息をついてそう言うと、太祖は猫背の身を起こして両手を広げ、そして言葉を続けた。

「あの世からの誘惑に、よく耐えたものだ。なかなかの御仁と見える」


 え、あの世、だって……?

 心から冷や汗をかく。あのホイホイに入った人は、あの中の世界は、あの世だって言うのか? 智美、里香……そして、ヒカル君がいる、場所がか!?


「馬鹿な! そんなに簡単に死ねてたまるか!!」

 思わず語気を荒げる。死には必ず痛みや苦しみが伴うものじゃないのか? あんな詐欺みたいな世界を見せられて、誘惑に負けただけで死ななければならないハズがない!


「正確に言うと、あの世への入り口ですよ。黄泉(よみ)幽世(かくりよ)常世(とこよ)、様々な言われようがあります。ほら、『(さい)の河原』とか、『三途(さんず)の川』とかならご存知でしょう、あんな感じです」


 思わず唾を飲み込む。あのホイホイの中はそんな場所だと……?いや、そもそもがその理屈はおかしい。三途の川に行った人は魂だけで、肉体は現世で火葬されるじゃないか。だがあのホイホイは体ごとアッチに行っている!

 それにもしそうなら、そっちはそっちで大勢の人がいるはず。でもこのホイホイの中は、まるで理想の世界のワンルームマンションよろしく、入った人とその人の生み出した連中しかいない。


「そんな訳が無いだろう! 体ごと、独りぼっちで行く三途の川なんてあるわけがない!」

 そもそもこんな生臭坊主の言葉を真に受ける方がどうかしていた。真面目になってからは威厳もあったが、どうやらそれに当てられていたようだ。


「ふむ。あなたは自分の体の一部を、その窓に入れたことがあるのかな? 無いなら一度入れて見れば分かる。指先だけでも入れてみれば、そこが『入ってはいけない』場所だと察知するはずですよ」


 ぞぉっ! と悪寒が走った。かつて私が自分のホイホイに頭を突っ込んだ時、確かに入ったら二度と出られない予感に見舞われたはずだ……あれは、あの先があの世だからなのか?


「くっ……」

 思わずうめき声が出る。もしそうなら私の悲願である『ホイホイから人々を救い出す』ことが不可能になってしまう。もしそれを知ったら、くろりんちゃんは……


 しまった! この会話はスマホを通じて彼女に筒抜けじゃないか!!


「真っ当な坊さんが言うならいざ知らず、アンタみたいな生臭坊主が言うのを鵜呑みには出来んな!」

 あえて冷静に、通話先のくろりんちゃんに聞こえるようにそう言い放つ。今、この男を怒らせてでも、ヒカル君を助け出したい彼女を絶望に沈めるわけにはいかない!


「無礼な!」

「教祖様になんたる暴言!!」

 周囲にいた付き添いの連中が、私に群がって両腕を掴み拘束しようとする。私はあえてそれに逆らわず、代わりに言葉で反撃を試みる。


「お堂で見たぞ! あの小さな子供に殴打の仕打ちをして、自分はそんなに脂ぎった顔をしている者を、どうして尊敬できるか!」


 私の反論に太祖はふっ、と笑って、冷ややかに反論する。

「あの年頃の子供は躾を誤ると、とたんに悪い方向に転ぶのですよ。ここにいる子供の全員が七歳前後なのに気付いたでしょう? あれ以上になるとどうしても我欲が強くなり、この窓の誘惑に勝てなくなるのです」

「なん、だと!?」


「今のあの子たちにとって、窓の中に見える世界よりも、今いる現世の方が楽しく感じられるのですよ。この窓に見えるのはその人が思い描く欲望の世界、ゆえに人生経験の少ないあの少年少女達には、この窓の中に現世以上の世界が生み出せないのです。例え厳しい修行でも、窓の中の世界より価値のある物だと思うのです」


「あんな虐待がか!」

「殴打された子は何と言ってましたか?」

「……ありがとうございました、だとよ!」

 こんな洗脳じみた事をやっている教祖とやらに、子供たちなど任せられるものか!


「その子は誇らしいでしょうね。痛みに耐えて感謝の言葉を言えるのは。『僕はこんなに強く正しいいんだぞ』とね。他の子供も『あの子は姿勢を乱したけど、僕はちゃんと動かないでいる』という自信を身につけることが出来る、そういった競争意識を育てる事もまた教育です」


「そういうのを『洗脳』って言うんだよ」

「では、どうすれば彼らをこの、欲望の死の世界へと入らせないようにするのですか? 思春期を迎えれば我欲は強くなる。そうなれば欲に溺れる心を押さえられなくなる、そうなれば皆、自分の窓に入ってしまうでしょう」


 なんとも腹の立つ正論ではある。自分たちのやっている事を正当化する理屈ではあるが、間違ってはいないからたちが悪い!


「だからこそ私たちはあの窓を集めているのです。あれらを子供たちが見れば、欲望に溺れる人間がいかに醜い存在かを知るでしょう。自分たちの正しさを認識すれば、子供達はその信念に従い、この現世で生きて行けるはずです」


 正しくはある。だかあの子たちはまだ十歳にもなっていない子供だぞ! ホイホイに入らないようにするにしたって、もう少し何か方法が……


私の師(・・・)も、欲望に負けて窓に入ったのですよ。その時、心から幻滅しました。だからこそ宗派の垣根を越えて、様々な宗教の人々を集め、この施設を作ったのです」


 反撃の思考が止められてしまった。様々な宗教がごちゃまぜになっているのはそういう理由があったのか……この男の言う事がもし本当なら、将来のある子供達をホイホイから守るには、もう、こういう育て方しか、ないのか?



「しばらく滞在するといいでしょう、ここで暮らせば私の言う事が正しいと、きっと思えるはずです」


 その太祖の言葉に、私は何一つ言い返す事が出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ