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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第五十三話 宗教と『にんげんホイホイ』

 蔵王エコーラインを走破し、私たちはいよいよ山形県へと入った。山越えと言う事で心配された動物との遭遇も幸いにも無く、無事に街中まで降りてくることが出来た。

 最も、以前は仙台市内でクマに襲われたので油断は禁物だ。常に周囲を警戒し、中継車から離れないような行動を心がける。


 明るいニュースもあった。日本でも、そして世界でも続々と生存者発覚のニュースが舞い込んで来ていたのだ。私達が通って来た群馬、栃木、茨城、そして福島や宮城でも、ラジオ局に足を運んで放送に参加してくれる方々が少しづつ増えて行った。


 また、世界でも日本でも、あれから野生動物にホイホイへと誘導されるという報告は寄せられていなかった。まぁ把握できない所でそうなっているケースは多いのかもしれないが、放送の把握内だとあれから動物人追窓(バイオハザード)は起こっていなかった。

 まさか、私が情報を拡散したから諦めたからでも、熊を丸焼きにして意思表示したからでもないんだろうけど。



 反面、世界での生存者や生存国での偏りが度々話題に、そして問題になっている。その一番の原因はやはり『宗教』だ。


”某国の国境から少し中に入ってみたけど、警備なんて誰も居ません”

”特に男性の姿は皆無ですね。逆に女性の生存者をちらほら見かけてます”


 回を重ねるごとに流暢になって行くAI翻訳の放送を聞きながら、思わずうむむと唸る。なるほど、宗教によってはこのホイホイの中、自分の欲望が叶う世界というのは『信仰の最終到達地点』に当たるらしい。


 普段から神の教えに従い、毎日の礼拝や定期的な断食など、『戒律を守ればやがて神の国へ召される』という教えを信じている人にとっては、ホイホイはまさに自分を天国へと導く栄光の扉に見えるだろう。


「その点日本人は、あまり宗教にこだわらないからね。そう考えると今後も出てくる人はいそうだ」

「え、そうなんですか? 宗教がらみの事件とか、けっこう聞きますけど」

 私の言葉にくろりんちゃんが首をかしげる。まぁまだ小学生だし知識が無いのは無理も無いが、国によっては完全に一教制度、どころか宗教の方が国を支配しているような所すらある、日本人の子供には理解できない世界だろうな。


 東北地方は昔から仏教が盛んな地域だ。幸いというか仏教や神道はあまり『欲望の世界に行く』という概念は希薄で、むしろ『欲望から解脱(げだつ)する』という方針が強い。

 そのへんは各地の放送から聞いた知識なのだが、それを考えると出雲大社を始めとする各地の神社や仏閣を回って来たのは正解だったかもしれない。


 ……そこの神主様やお坊様がどこいったのかは考えないようにしよう。


「と、いうわけで山形では寺社をメインに回ろうと思う」

「りょーかいしましたっ! ヒカ君、お寺巡りだよ」

 私の提案にくろりんちゃんが大袈裟に敬礼して答え、胸に抱いているヒカル君の小ホイホイに向きなおってそう話す。

 ……うーん、宗教の事を考えていたもんだから、なんか砂嵐のウィンドウに話しかける彼女が、ヘンな宗教に引っかかっているように見えなくもない、スマンなヒカル君。



 その後、各地の役場や放送局を回りつつ、バルサンラジオの放送枠を広げていく。そのついでに神社仏閣に立ち寄り、ホイホイから人を救う未来を祈願し、ヒカル君を助け出せるようにとお願いする。

 残念ながら参拝客にはお目にかかれなかったし、人を飲み込んだ小ホイホイもお目にかかることは無かった。まぁこんな神聖な場所で自分の欲望にまみれた世界に入って行く人もいないだろうな、入った後に見えて(・・・)しまうなら尚更だ。


「そろそろお昼にしましょー」

「だな」

 若いと言う事は腹が減ると言う事だ、と言ったのは誰だったか。まだ十一時過ぎだが、くろりんちゃんはもう限界のようだ。仕方ないので近くのスーパーによって保存食が無いかを物色にかかるが……


「湊さん、これ……」

「ああ、何者かがいるな」

 店内は荒らされていた。それも腐臭が漂う生鮮食品売り場ではなく、カンヅメやスナック菓子など保存の効くもの、そしてミネラルウォーターの棚などがすっからかんになっている。これは明らかに動物じゃない、人間の仕業だ。


「と、いうことは……」

「うん、近くに確実に人がいる。それも一人二人じゃない!」

 ホイホイが出現してすでに三カ月ほど。その間ずっと生き残っている人間なら、食料をある程度まとめて確保することはある、しかしこのスーパーの物の無くなり方は徹底していて、ガム一個残残さず持ち去られている。明らかに集団で(・・・)搬送したのだろう。


 私はポケットから拳銃を取り出し身構える。多くの人間が生き残っているのは喜ぶべき事だが、それがある種の集団性を持てば、思想は排他的になるものだ。単純に私達二人を『余所者』として、そして自分たちの食料を奪う者として排除したいと思うかも……

 そんな空気を読んだのか、くろりんちゃんもヒカル君の小ウィンドウをズボンのベルトに押し込んで、空手の構えを取りつつ周囲を見回す。


 が、幸いというか、そのスーパーには人の気配は無かった。警戒しながら車に戻り、さらに別の食料品店をいくつか回ってみる。が、どこも食べられそうなものはすべて持ち去られていた。


「放送枠を広げて行ったら、その人たちも聞いてくれて、ラジオに出てくれないかなぁ」

 やむを得ず燻製にして保存食にした熊肉をかじりながら、くろりんちゃんがそうこぼす。確かに私達は二人だけだが、バルサンラジオに関わっている人は大勢いる。仮に相手が集団で悪事を働く者達だったとしても、こちら側の人数の()が抑止力になる可能性はあるだろう。


「そうなるといい……って、今、あそこに誰かいたぞ!」

 私が視界の端に捕らえたのは、家の影から飛び出してダッシュする人の姿だ。しかもまだ七、八歳の幼子だ。その胸に何かを抱え、一目散に走り去っていく。

「子供! 追いかけないと!」

「うん。だけど追い立てるのは良くない。ゆっくり後を付けていこう」

 怖がらせたくないのも勿論だが、何か切羽詰まったようなあの子の動きに違和感を感じて、私たちは距離を取って尾行する事にした。


 しばらく走った後、その子供は電気店か何かの駐車場に歩いていく。案の定というかそこには数人の大人が、黒塗りの高級車の傍らで立っていて、その子供を中に招き入れる。

 だが、すぐに車を出さない所を見るに、他にも何かを待っているようだ。多分だが他にも子供をお使いに出しているのだろう。


「あっちも車なら焦ることは無い、一度中継車に戻るよ」

「え……大丈夫なんですか?」

「うん。今この世界に動いてる車なんてまずないし、エンジン音もするからね」

「あ、そっか」


 もちろん自分たちの安全の確保もある。中継車の中で居れば少なくともシェルター代わりにはなるし、なによりあそこにいた大人たち、全員が白装束を纏っていたのがいかにも怪しげだ、警戒するに越したことは無いだろう。


 建物の影から見張っていた我々が、中継車に戻ろうと身をひるがえした、その時!


 どんっ


 私と、見知らぬ男の子が正面衝突した。


「うわっ!」

 思わず尻もちをつく男の子、この子も見た目七歳くらいだろうか、手に抱えていた荷物が散乱し、そしてそれが……空中で静止(・・・・・)した。


 それは食料でも、生活用品でも、そしてもちろんお金などでも無かった。この子が抱えていたのは、三つほどの小ウィンドウ……すでに人を飲み込んだ『にんげんホイホイ』だったのだ!


「誰だっ!」

 背後から声がかかる、見つかった! どうする、この場合は……


「くろりんちゃん、車に戻るぞ!」

「は、はいっ!」

「君も、おじさんと来るんだ!」

 駆け出す彼女に続いて、私は倒れた男の子の手を引いて走り出した。はたから見たら誘拐にしか見えないが、それでもこの子を奴等に合流させるのは良くない予感がひしひしと感じられた。


 子供に、捕食後のホイホイを集めさせる、白装束の大人たち。


 異常なワードがこれだけ揃えばもう間違いない、奴らは何か良くない連中だ!


「おじちゃん、だれ?」

 男の子が走りながら聞いて来る。私は「正義の味方だよ」と答え彼を抱え上げ、そのまま背中に回しておぶさると再び走り出した。追いつかれるかもしれないが、その時は格闘なり拳銃なりで相手するまでだ!


「って、追って、こない?」

 振り向くと、白装束の男たちはこの子が手放した小ホイホイを手にして、そのまま車の方へ戻って行った。


 一体、何なんだ、こいつらは!?


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