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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第五十二話 届いた声

 ピッ…ピッ…ピッ……


 心電図の音が聞こえる。


 上を見上げる、白い清潔な天井が見える、チリ一つない蛍光灯が、柔らかな光を放っている。

 ああ、ここは病院なんだ。僕は入院してるんだった。


『にんげんホイホイ』の中で。


「白瀬ヒカル君、目が覚めましたか?」

 僕の顔を覗き込みつつ、そう聞いてきたのは表情のない(・・・・・)医者だ。見ると周囲にもいつの間にか大勢の医者や看護師たちが、僕の寝るベッドを囲んでいる。

「手術は成功したよ、もうすぐにでも起きられるはずだ」

 別の医者が、やはり表情のない顔で、感情の籠らない声でそう言う。


 僕はクマに噛まれて、大量の血を流して、ここに入ったんだった。確か足もまともに踏みつけられて、感覚が無くなるほどに痛かったはず、なのに……もう?

 さっき医者は「手術は成功した」「もう起きられる」って言った。しかし医者たちは全員がマスクに医療帽を被っており、付けているゴム手袋には血が残っている。まるでたった今手術を終えたかのようだ。


 ありえない、あれだけ瀕死だった僕が、こんな短期間でここまで回復するなんて。


 と、ドアが開く音がして、誰か大勢の人が入って来た。医者たちがモーゼのように道を開け、そこから割って入って来たのは、お馴染みの『みんな』だった。

「ヒカ君! よかったぁぁぁ」

 くろちゃんが歓喜して抱き付いて来る。彼女にしがみつかれながらその先を見ると、湊さんや松波さん、大熊師範や師範代、東京のスポーツカーお爺さんたち、そして巽さんやルイさん達もいる。


「立派になったな、もうすっかり戦う男の顔だ」

「またミット受けてやるよ、さっさと元気だしな」

「首都高をドライブっしよーじゃないか」

 それぞれが笑顔で僕を褒めてくれた。ああ、じゃあ僕はもう本当に治ったんだ。あのクマはとても怖かったけど、それでも自分は頑張って戦い、今度こそくろちゃんを守る事が出来たんだ。

 そしてそれで、僕のことを大勢の人が褒めてくれる。今までの人生で褒められた事なんてほとんどなかったのに、今日一日だけで記録更新しちゃったかもしれない。


 本当に、よかった。


「よくやったな、さぁ、早く行こうか」

 湊さんが手を差し出して来る。あ、そうだ。僕は湊さんとくろちゃんと一緒に、『バルサンラジオ』を日本中に広めて行かなきゃならないんだ。


 うん、いつまでも寝てちゃ駄目だよな。


 左脚、痛くない。

 首や左肩は……くろちゃんが思いっきり抱き付いている。それでも痛みはなく、彼女の懐かしい体温が、肩から左手に当たる柔らかい感触が、しっかりと感じられた。


 さぁ、行こう。僕は皆に向けて頷くと、その体を起こすべく、ゆっくりと力を籠め……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――じゃあヒカ君、今から本番だよ。聞いてていてね――


 ……え?


 ”お早うございます、リポーターのくろりんでーっす! 今日は宮城県の蔵王(ざおう)エコーラインからお届けしまーす!”


 ……あ。


 ”季節がドンピシャでした、山々はもうすっごく綺麗な紅葉ですよ、まるで山に絵の具をぶちまけたように、赤や黄色、オレンジ色に染まりまくってまーす!”


 頭の後ろから聞こえてきた声。そこに首を回して……いや、それを踏みとどまって、僕の意思で(・・・・・)その音の発信源を顔の前まで持って来る。


 やっぱり、僕の『にんげんホイホイ』だ。スマホ並に小さくなっていて、中身は砂嵐映像だけど、確かにそこからあの、くろちゃんの声が聞こえてくる。


 蔵王エコーライン。秋の紅葉の名所であるそこは、仙台の次に訪れる予定だった場所だ。つまり、あの日からやっぱりまだ、数日も経っていないんだ。


 だったら、あのケガが、そんな短期間で直るはずがないじゃないか!


 そう意識を向けた時、くろりんちゃんも湊さんも他のみんなも、まるで煙のようにかき消えた。そして全身が麻酔のように痺れているのを実感し、左脚と右肩の両方から痛みの二重奏が襲って来た!


「ん……()っ!」


 思わず身悶える。そうだ、あのケガから手術を終えたんなら、今のこの状態は当然じゃないか。そもそも僕は今自分のホイホイの中にいるんだ、そこにくろちゃんや湊さんがいるはずがない……だったら、今見た皆は、僕の、願望(・・)なんだ。


 だったらまだ動いちゃいけない、絶対安静なのは明らかじゃないか。


 このホイホイの中は僕の望みを叶えてくれる。でも僕の体はあくまで現実世界の物だ、そして僕はあっち(・・・)に帰るつもりでいる。

 なら、今ここで、この世界だけで直った気分(・・・・・)を堪能しても意味がない。自分では元気になったつもりで重症の体を動かしたら、現実(あっち)では目も当てられない状態になってしまう。


 起きなくてよかった。もう少しで誘惑に負ける所だった。ホイホイからのくろちゃんの声が、放送が、僕の意識を現実に引き戻してくれたんだ。


 ありがとう、本当に。やっぱ僕は彼女が大好きだ。


 だから僕は、しっかりと現実を見つめて、そして体を直さなくっちゃ。



      ◇           ◇           ◇    



「じゃあヒカ君、今から本番だよ。聞いてていてね」


 蔵王エコーラインの駐車場で、今日も朝からバルサンラジオのリポートが始まる。私、夏柳黒鈴(なつやなぎくろりん)はヒカ君のホイホイに向かってそう言葉をかけると、それを湊さんに預けてマイクを受け取り、朝の山の空気を吸い込んで放送を始めた。


「お早うございます、リポーターのくろりんでーっす! 今日は宮城県の蔵王(ざおう)エコーラインからお届けしまーす!」


 紅葉の名所として有名な所みたいだけど、実はまだ時期的にはちょっと早くて、あんまり山も色づいていない。でもラジオを聞いている人はやっぱり一面の紅葉を期待してるだろうというわけで、下の町で写真集を手に入れておいて、それをカンニングしながら、いかにも色づいているかのように言葉を続ける。わたしも湊さんもワルい人だなぁ。


「季節がドンピシャでした、山々はもうすっごく綺麗な紅葉ですよ、まるで山に絵の具をぶちまけたように、赤や黄色、オレンジ色に染まりまくってまーす!」


 ヒカ君、聞いてる? だったら戻ってきたら、嘘つきな私たちを叱っていいからね。


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