第四十五話 釣りの一日
釣り大会開催決定から一週間。私達は茨城県全域の放送局と役場をほぼ網羅して、県内にNHKtのバルサンラジオを流すことに成功していた。
ひとつ気付いたのは、夜に走れば街灯や信号機が生きているかどうかで、その地域に電気が来ているかどうかが簡単に分かると言う事だ。今までは子供二人を連れていたので活動は昼間に限定していたが、思わぬ盲点があったものである。季節が夏から秋にうつろい、日没が早まったのも気付いた大きな要因だ。
なんにせよ、これで茨城で生き残っている人が出てきてくれたら最高なのだが、今の時点では残念ながらノーヒットだった。
あと巡回中に世界の放送を聞いていて知ったのは、海外でも結構日本人が生き残っていることだ。仕事や結婚などで海外生活をしている人たちにとって、日本のラジオはなかなかに魅力的な娯楽らしく、その国のタイムシフトの時によくコメントを送ってくれていたりする。ただ残念ながら、日本に帰って来る方法は今のところ無いんだよなぁ。
そして今日は釣り大会の日だ。私達三人は勿論参加組、近くの釣具屋で竿や仕掛け、撒き餌を失敬して県内の海釣りのメッカ(らしい)大津漁港へと来ていた。
ひょっとしたら放送を聞いて、今日ここに来る人が他にもいないかなと期待していたのだが、残念ながら朝七時の時点で私たち以外の人影は無かった。
「そういや松波さん、僕達ひとりひとりに今日の釣りのコト聞いてましたよね?」
ヒカル君の疑問の通り、松波さんは釣り参加者の把握がしたいと言って、参加者のキャリアや釣りの方向性なんかをやたら詳しく聞いてきた。釣りなんて専門家以外は「出たとこ勝負」な色合いが強いのだが、今後のデータにでもするんだろうか。
「じゃ、もうすぐ八時よ。いよいよ放送と釣り大会開始ね」
仕掛けや放送機材をセットし終わって、釣りと中継の準備が整う。あとは松波さんの開始の合図とともに竿を出し、食材の確保と放送のネタを提供するだけだ。
まぁ、その「だけ」が難しいのだが。二人のビギナーズラックに期待しよう。
ピッ、ピッ、ピッ、ポーーーン
”さぁ今日も始まりました、松波ハッパのバルサンラジオ。本日は特別企画、『日本全国釣り大会』だーっ! 一部海外からの参戦もあるぞーっ! パチパチパチパチ~”
え、海外からも? それは予想してなかったが、それはそれで放送が盛り上がること間違いなしだろう。いいぞいいぞ、是非釣りの楽しさを知って欲しいものだ。
”さぁ、それでは、釣り師たちの『入場』です!!”
……へ? 入場、って??
”江戸前寿司は生きていた!! 人間社会が死んで東京湾が蘇った!!! 釣り神、伊集院秀樹だァー!!!”
いきなりえらいテンションで最初の釣り人を紹介する。東京で会った暴走じーさんのリーダーである伊集院さんが釣り名人なのは聞いて知ってたが……なにこの紹介?
”全堤防のベスト・キャスティングは私の中にある!! 投げ釣りの神様が来たっ、三重の香山一郎!!!”
”サカナはオレのもの、思いきり釣り思いきり食うだけ!! 富山のカヤック釣り配信者、悠希隆司!!!”
”特に理由はないッ、釣り堀が釣れるのは当たりまえ!! 管理人にはないしょだ!!! 山梨の釣り姫、加藤麗子ッ!!!”
オイオイオイ、なんだこのテンションは。なんて思っていると、隣でヒカル君が腹を押さえてうずくまっている。なんか笑いのツボに入ったみたいだけど、元ネタあんのコレ?
”超一流エギンガーの超一流のイカ刺しだ!! 生で食って驚きやがれッ ルアーの鉄人、響九院!!!”
”タモ網なら絶対負けん!! 他力本願の釣りを見せたる、突貫釣り師、赤池早苗!!!”
“食いつきしだい、しゃくりまくってやる!! 和歌山プロレス代表、虎米ルイだァッ!!!”
「あ、ルイさん。やっぱまだ居たんだ、良かったー」
「いや、フッキング早すぎるとバラすんだけど……」
”ルールのない釣りがしたいからボウガンを持参したのだ!! タイランドの釣りを見せてやる!! 南実尾 馬七!!!
お!タイにいる日本人の人だ。っていうかボウガンで釣りって一体……
”滋賀は海なし県ではない、琵琶湖が海釣りの舞台なのだ!!! ご存知バス釣りマスター、都龍児!!!”
”釣りの本場は今や芦北にある!! 俺を驚かせる釣法は無いのか!! 大会の発起人、木山丈二郎!!!”
”今の自分に仕掛けは無いッッ!! 素人釣り師、三ノ宮加奈!!!”
”釣りたいからここまで来たッ、キャリア一切無し!!!! 埼玉の社長令嬢、風川逆桃だ!!!”
”なんでもありならこいつが怖い!! 農家で猟師、天藤巽だ!!!”
ダメだ、ツッコミが追い付かない……天藤君とハートちゃん、どんな顔してコレ聞いてるんだろ。
”阿波釣法は実践で使えてナンボのモン!!! 本家徳島から椿山湊の登場だ!!!”
あ、私がなんかえらい脚色されて放送されてる……なるほど他の人たちも放送を盛り上げる為に、プロフィールをかなり盛ってるんだなこれは。
”通信の仕事はどーしたッ、中坊の好奇心未だ消えずッ!! 機材も空手も思いのまま!! 白瀬ヒカルだ!!!”
「僕はそれですか」と笑い過ぎて流した涙を拭きながらヒカル君がそう答える。だから元ネタ何よコレ。
あとは……くろりんちゃんはまだか。彼女はどう脚色されるんだろうか?
”デカアァァァァァいッ、説明不要!! JSにして170!! 91,60,93!!! 夏柳黒鈴だ!!!”
「「ぶはぁっ!!」」
思わず私とヒカル君が噴き出す! おいこらこら松波さん、なに放送でセクハラしてんのアンタは!!
かと思ったら。くろりんちゃんが「へっへーん」と得意顔でダブルピースしている、どうやら無線で密かに了承済みのようだ。そういや巻き尺が欲しいとか言ってたが、あれで密かに今のサイズを測ってたのか……将来黒歴史になるよー。
◇ ◇ ◇
なんとも大袈裟な紹介を経て釣り大会に突入する。ヒカル君曰く今の放送は有名な格闘漫画の選手入場のアナウンスをパロったものらしい。よし、今度暇があったら書店によって見てみよう。
釣りの方はサビキという七本の縦針がついた仕掛けで、豆アジやイワシなどの小魚を狙っていく。この釣り方は大物こそ狙えないが、とにかく数を釣るのに向いているのだ。
この終末世界では大物を釣り上げても、結局は食べ切れずに腐らせてしまう可能性が高い。なら小物を数多く釣っておいて干物にしておき、長期の食料にするのがベストな選択だろう。
ちなみにこの釣り大会のルールとして、最初から順位や賞を付けないというのがある。元々ラジオだけなので。マグロやクジラを釣ったと言ってもバレることはないのだ。なので獲物の大きさや量を競っても意味が無いし。
あと、大物とかが釣れてもやたら自慢しないようにと通達されている。こういったイベントは運不運もあり、初心者でも釣れる人と釣れない人が当然出てくるだろう。
そんな人が大物自慢をされたりすると、いじけてホイホイに入っちゃう可能性を恐れたのだ。だから逆にある程度釣果が出た人はあまりでしゃばらず、釣れない人に適度のアドバイスをしてあげるのがベターだろう。
「うわ、ブルブル来た! 湊さん、もう上げていい?」
「ひゃっ、こっちも竿が震えてる、どうしよどしよ!?」
幸いここは順調なようで、二人とも次々と豆アジを釣り上げている。私はほどほどで二人に釣りを任せて、釣れたアジの内臓処理を担当する。
夕方の放送開始まで釣り続けて、都合二百匹を超えるアジをゲットする事が出来た。携帯コンロで油を加熱し、そのまま唐揚げにして食べる準備を進めて行く。よしよし、思惑通りだな。
”中継のくろりんちゃーん、そっちの釣果はどうですかー?”
「えへへー♪ まぁこの音を聞いて下さいな」
ジュウゥゥゥ……
カリッ、パリパリパリ……むぐむぐ
軽快にアジを揚げる音と、それを食べる美味しそうな音がラジオに流れる。ふっふっふ、音だけでも釣果を見せる方法はあるものだよ諸君。
「と、いうわけで大量でした。アジ美味しいです~」
「釣り楽しいですね」
子供達二人も釣りを満喫して笑顔だ。ちなみに娘の里香は「臭いが嫌」と言って全然付き合ってくれなかったのだが、世界が元に戻ったらまた一度誘ってみよう。
ちなみに参加者全員が何らかの魚をゲットした模様で、心配された釣果無しの人はいなかったようだ。
これで生き残っている人の食料の心配が、ほんの少しだけ緩和されたならなによりだ。世界が元通りになるにはまだまだかかるだろうけど、その時までみんなで逞しく生き残って貰わないとな。
あのホイホイに入ってしまった人たちに、いつかこんな新鮮な楽しみ方をしてもらう為にも――




