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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第三章 絆は世界を超えて
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第四十四話 一日で出来る自給自足

 深夜一時過ぎ。私、椿山湊(つばきやまみなと)はドアの開いた納屋の前に座り込んだまま、焚火に生木をくべて煙を立ち昇らせ、たまに団扇で煙を送って納屋の中に吊るした鹿肉を燻し続けている。


 この家、井戸水はあるが電気は来ていない。なので肉の保存には燻製が一番だと言う事で、こうして夜通し火と煙の番をする必要があるのだ。

 ついさっきまでは逆桃(ハート)ちゃんの担当だったのだが、彼女は火の前で寝こけていたせいで、ちょっと燻すペースが遅れているので気は抜けない。


 明日、ここで自給自足の放送を終えた後、私たちは出立する事になっている。その際に肉を分けてくれる約束を取り付けているので、是非とも美味しい燻製にしたい所だ。


「ふわぁ~あ、あふぅ~」

 思わず欠伸が出る。ついでに満天の星空を眺め、足元の火の温かさを感じて感慨に浸る。

(思えば、遠くまで来たもんだ)

 あの日、ホイホイが出現してから一週間。旅に出ようと思い立って徳島を離れ、今は埼玉まで来てしまった。いろいろな出会いがあり、葛藤があり、仲間と共に頑張って来て、思いがけない成果もあげて……そして今、こうして北関東で仕留めた鹿肉を燻しながら星を見ている。こんなのどうして予想できただろうか。


 社会が崩壊し、人類の生活が大きく不便になった。なら、旅をするよりも衣食住の確保の方が優先すべき事だっただろう。あの時は掲示板にいた人との出会いに気が早っていたし、どこにでも食料は残っていたので気にも留めなかった。


 でも、今こうして自給自足の生活に身を置いていると、やはり食糧確保は最優先だと思い知る。世界でどんどん生き残っている人が見つかっている今、彼らそれぞれの衣食住はまさに生命線と言っていい。ただでさえ流通が死んでいる上に、衣食住どころか欲望まで満たすホイホイが、各人の横に浮いているのだから。


 そんな事を考えていると、「交代でーす」と天藤がやって来る。だがまだ小一時間しか経っておらず、まだ早いハズなんだが。

「少し椿山さんと、話しておきたいことがあるんですよ」


 話の内容としては、まぁホイホイ以前と以後の身の上話だった。彼はこの農家の祖父と祖母が好きで、よく入り浸っていたらしい。畑仕事を手伝い、井戸水を汲んで炊事や洗濯もよく手伝ったそうだ。

 そうして過ごす内に体が鍛えられ、やがて高校卒業後に東京に出てバイトをこなしつつ、ジム通いを始めて格闘技に目覚めたらしい。


「で、ハートの奴に見初められたって言うか、彼女の親父さんに気に入られたんですよ」

 関東一帯に支店を持つジムの社長、そして日本キックボクシング協会の役員を務める親父さんに見込まれて、プロのキックボクサーとしてデビューしたそうだ。

「日本タイトル獲ったら、彼女との結婚を認めてやる、って条件付きで」


 順調にランキングを上げ続け、いよいよ国内8位の選手との試合が決まった。これに勝てばランキング入りが果たせ、チャンピォンへの挑戦権が手に入る、彼は人生の山場を迎えたわけだ。


 そんな時、ホイホイの出現が、彼の全てをぶち壊した。その後のことはお察し通りだ。

「あ、すいません。なんか俺だけ喋っちゃって」

「いや、いいよ。話を聞くのは年長者の仕事だ」

 他人の人生を聞くのは嫌いじゃない。それはその相手が自分に気を許している証拠でもあるし、どんな人間にもそれぞれの人生がある。その人格がどうやって構成されたかを知る事で、よりお互いを理解できるんだ。


「椿山さんって、なんか達観してますよね。あの時俺達に怒鳴りつけた言葉、なんかぐぅの音も出ないくらいに打ちのめされたし……どんな人生送って来たんですか?」

「まぁ、お前らみたいなゴンタクレは随分見て来たしなぁ」

 地元、徳島の会社の後輩や雇った職人など、そらもうワルソが沢山(ようけ)居たもんだ。喧嘩なんかしょっちゅうで、中には社長に殴りかかる馬鹿までおったぐらいだ。


「私は高校の時に柔道を二段まで取ってたんでね、新人の教育係に回されたもんだ」

「な~る。そりゃ怒鳴り声にも説得力がこもるもんですねぇ」

 若者は怒鳴りつけても、それに僅かなほころびがあれば、それにイチャモンを付けてくるものだ。ちゃんと正論が言えない者の説教など誰も聞こうとはしないだろう。


 なので私は若者を説き伏せる理屈や正論が自然と身についていった。それで黙らせた後は呑みに連れて行って、酔った勢いで世間や人生に対する憤懣を遠慮なくぶちまけさせれば、もう可愛い後輩の出来上がりという訳だ。


「ドカタの世界、怖っわ!」

「価値観が昭和だからなぁ、田舎は特にな」

 話をしていて分かった。こいつの身内にはどうも叱ってくれる大人が居なかったらしい。なまじ体や力があった上に、上京した後、風川家に見初められる幸運もあって、人生がトントン拍子に上向いていったので、世間を舐めていたんだろうなぁ。


 ならこいつも、ホイホイで社会が無くなってむしろ良かったのかもしれない。ここで何者にもしがらみを受けず、ハートちゃんと過ごしていくのもまた人生の形だろうな。


「で、質問なんですけど……他の四人、あれからラジオには?」

 彼らのジム仲間、女子プロレスラーの虎米ルイたち四人はその後、やはり音沙汰無しだった。ホイホイされてはいないと信じたいが、なにぶんその確証も無い。

「そっすか。話に付き合ってもらってあざっした、後は俺がやっときますから休んでください」


 お言葉に甘えて母屋に向かう。一度振り返ると、火に向かって体を丸める彼の背中が、どこか寂しそうに見えた。



      ◇           ◇           ◇    



「と、いうわけで今日は、埼玉県にある天藤さんの畑にお邪魔してまーっす」

 翌朝のラジオ放送はやはり人気だった。くろりんちゃんがここで栽培している野菜や、昨日仕留めた鹿の顛末や美味しいお肉の話をすると、ラジオの向こうから唾を飲み込む音が聞こえてくるようだ。


 社会が死んだ世界での自給自足の大切さ。その大きなテーマを、放送を聞いた日本中の人たち、そして翻訳で世界に送られた先で、誰もが感じずにはいられなかった。


”ふっふーん。おいは一日で出来る自給自足、知っとっとよ”

 ラジオから聞こえて来たその方言のきいたセリフに誰もが「何!?」と反応する。一日で出来る? 野菜や果物がそんなに早く実るはずも無し、鹿なんかそうそう捕らえられるわけもない。キノコでも狩るにしても毒を見抜けなければ命の危機だ。


”簡単やで、釣りったい、釣り!”


 あちこちのラジオから、がたがたっ! と立ち上がる音や「その手があった」と相槌ちを撃つ声が入る。なるほど魚釣りなら誰でもお手軽にできるし食料にもなる。お手軽にカルシウムや動物性たんぱく質を得るには持ってこいだろう。


 かくいう私も釣りは趣味の一つで、よく大物や小魚を大量に釣り上げては妻や娘に喜んでもらえたものだ。こういった技術はヒカル君やくろりんちゃんにも是非教えておきたい。


”じゃあ、やっちゃいますか、全国各地釣り大会!”

 松波さんの提案に全国からヤンヤの声が上がる。せっかく日本、いや世界中に電波が届いているんだから、こういった一斉イベントも可能になったならやらない手は無いだろう。実益を兼ねるなら尚更の事だ。


 ヒカル君やくろりんちゃんも期待に目を輝かせている。うんうん、若いうちは何でも吸収しといたほうがいい、将来きっと役立つから。



 こうして一週間後、バルサンラジオ主催の釣り大会が全国で一斉に行われることになった。



 ちなみに日本以外の国では全然盛り上がっていない。あちこちの国の言葉の翻訳で「さすがはサカナ食いの日本人……」呆れ声で呟いている。

 釣りの楽しさと魚の美味さを知らないとは……不幸な奴らめ。



 さ、次の目標が出来た。張り切ってやってみようか!


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