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にんげんホイホイ  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第二章 生き残った者達の挑戦
25/89

第二十四話 富士山から、全国へ

 石川県金沢市、百万石ラジオスタジオ内。


「さて、本番まであと三分ね」

「OK、準備は万端だ。頼むよくろりんちゃん」


 バルサンラジオ本日お昼のスペシャル番組、富士山頂レポートの時間まであとわずか。私DJの松波発破(まつなみはっぱ)とアシスタントの羽田杏実(はねだあずみ)が、緊張の面持ちでその時を待つ。


 既にレポーター一行が山頂まで登っているのは無線で確認済みだ。ただなんか応対に歯切れが悪かったのは、やはり登山の疲労からだろうか。もう三十分も前のことなので、本番には体調を整えて出演してもらいたいものだ。


「いよいよ、いよいよ宇宙人とコンタクトを取る瞬間が来るのね! ああ、私も行きたい~~!」

 羽田さんが妙に張り切っているのは、実はそう言う事である。このウィンドウ「にんげんホイホイ」を宇宙人の仕業と信じて疑わない彼女は、富士山頂からの放送が決まった時からテンションだだ上がりで、怪しげな文献や雑誌をスタジオに持ち込んでレポートをまとめ続けていた。


 山積みになったオカルト雑誌『ウム!』を手に取る。内容はうさん臭い物ばかりだが、彼女に言わせると由緒正しい霊験あらたかな雑誌とのこと。

 なんでも古代中国に初めて降臨した宇宙人が時の権力者に取り入って「ウム!」と発言した事で歴史を変えた逸話から、宇宙人が人類史を常に操って来たと力説しているのだ。


 嘘くせぇ。


「なんにせよ日本で一番、宇宙に近い場所からの放送よ。宇宙人がほっておくわけないわ!」

「彼女たちがキャトルミューティレーションされたらどーすんの」

「私が説得します! こう見えても専門家ですから!!」

 あーもう好きにして。


 とはいえこの放送は今後を占う大一番である事は間違いない。日本一高い場所から電波を飛ばせば、かなり遠方まで受信が可能になるだろう。

 日本の東西で生き残っている人がたとえ一人でも二人でも聞いてくれれば、よりバルサンラジオのネットワークを広げられる可能性がある。

 愛知の四人以来、誰もこのバルサンラジオに対して名乗りを上げてくれていないから猶更だ。


 さぁ、たのむぞくろりんちゃん、ヒカル君、湊さん!




 ―ピッ、ピッ、ピッ、ポーーーーン!―


「さぁ、お昼もご機嫌に始まりました、松波ハッパのバルサンラジオ。そしてお待たせしました! 今回はスペシャル番組、リポーターのくろりんちゃんによる、日本一高い山からの放送『富士山頂スペシャル』ですー」 


 ””いぇーいっ!!””

 ―ドンドンドン、チンチンチン―


 中継先の福井や愛知の面々がそれぞれのラジオ局で相槌を打ってくれている。この放送の為に鳴り物まで用意して貰って盛り上げ、新たな参入者を心待ちにしている、頼むぞさぁ来い! 


「さぁ、それでは早速、現場を呼び出してみましょう。富士山頂にいるくろりんちゃーん、聞こえますかー!?」


”はーい、こちらくろりんでーっす。それでは元気に、いってみましょう! せーのっ!”


 ///        \\\   

||| バルサンラジオ  |||

||| スペシャルーっ! |||

 \\\        ///  


 ///           \\\   

||| 富士山頂から      |||

||| こーんにーちわーっ!! |||

 \\\           ///  



”イーヤッホォーッ!”

”ひゅーひゅー!”

”パッパパパーーン♪パッパッパッ、パッパパパァ~ン♪”

―パチパチパチパチ―



 え、えええええええっ!? 何、今の。


 どう聞いても二~三人じゃすまない、大勢での声が一気に帰って来た! しかもなんか金管楽器っぽい音まで……ま、まさか、そこに人が!?


「ちょ、くろりんちゃん! そこに誰かいるの?」

”はーい羽田さーん、なんと! 今ここ富士山頂には、合計で二十三人もの方々が登山に来てまして、みなさんラジオに出て貰うべく集まって頂きましたー!”


 はー、と顔を見合わせる私と羽田さん。ひと呼吸の後、彼女は手に持っていた宇宙人との交流レポートを、これはいらないわね、とばかりに背中側に投げ捨てた。



      ◇           ◇           ◇    



「みなさん、このホイホイに入る前に、富士山に登ってこられた方々でーす」

 うんうん、無線の向こうで松波氏や羽田さん、他の地域で聞いてる皆さんの驚く顔が目に浮かぶ。サプライズ成功だなこりゃ。


「それでは何人かにインタビューしてみましょう。どちらから来られましたかー?」


「熊本県から来たばい、いやー富士山高っとよー」

「大阪から来たんやけど、まさかラジオやっとるなんてねぇ」

「北海道から来たさー、クマがいない山っていいべさねー」

「高知ぜよ、さすが富士山じゃ、でっかいことはえいねぇ」

「宮城からー、山頂でトランペット吹くのが夢だったんですよー、悲願達成~パラッパー♪」


「と、まぁこんな感じで、日本全国からこの富士山にたまたま(・・・・)居合わせた皆さんに、このラジオに参加してもらうべく集まってもらいましたー」

「「いえぇぇーーい!」」


”つ、つまり……日本中のあちこちに、このラジオの存在を伝えてもらえる、と?”

「はいっ!みなさん本来はここでホイホイに入っちゃう予定だったんですけど、湊さんとヒカル君の説得もあって、故郷に戻ってラジオ放送を広めてくれることになりましたーっ!」


”それは素晴らしい! これでこの日本に残っている人を大勢呼び出せるじゃないか、大手柄だよ!”

 電波の向こうで松波さんや他の皆さんが歓喜しているのが伝わる。私もヒカル君やくろりんちゃんとハイタッチを交わしつつ、他のみなさんとも次々に握手して回る。




「ホイホイの中は、多分飽きますよ」

 放送前、集まった皆さんに私はそう切り出した。

 このホイホイの中の世界は、本人が理想としている世界を具現化してくれる。だけどそれは逆に言えば、本人の知らない未知の経験は体験できないと言う事なのだ。


 ――知らない味、感じた事のない風、初めて嗅ぐ香り、聞いたことのない音楽、そして……今、目の前に広がっているような、見た事のない景色――


 それが味わえないのがこのホイホイの中なのだ。つまるところこの中に入ると言う事は、自分の今までの経験とその想像から掘り返せるハードディスクの中身を眺め続けるだけの、ひきこもりの世界でしかないのだ。


 説得の効果は絶大だった。誰もが今、自分の傍らにあるウィンドウを眺め、周囲に浮いている他人の小ウインドウの中で欲望に溺れる人々を見て、改めてこの中に入る事の恐ろしさを痛感していた。

 そして、この現実世界もまだまだ捨てたもんじゃない、こんなに頑張ってラジオを放送している人たちがいるんだ。なら自分達も参加したい、協力したいという意欲がモリモリと湧いて来ていた。


「僕、機械の接続を勉強して来たんですよ。みなさんの地元の放送局や役場の放送から流す方法、説明しますよ!」

 ラジオ放送決定からずっと機材設置を担当して来たヒカル君が、チューニングの合わせ方や必要な機器の調達方法を皆に説明し、各地に広げて欲しいとお願いすると、みんな興味津々で食い付いてきた。


 そう、地元でこれを流せば、同じ地元にいる仲間を燻し出す(・・・・)ことができる、まさに名前の通りのバルサン(・・・・)ラジオとなるのだ!


「さぁ、それでは一曲。宮城県の高校生、吹奏楽部の狭間さんから、トランペットソロの演奏です!」



 ラジオに流れるトランペットの音色。富士山頂の静謐な空気に流され、染み渡るように響き渡る。そしてそれは無線を通じてラジオの電波に乗り、石川に、福井に、岐阜に、そして……



 いつか全国に届く、その日を、みんなが待っている。



      ◇           ◇           ◇    



 飛騨山中。一度は麓のラジオ局まで下山した山伏、天禅院白雲(てんぜんいんはくうん)は再び山に戻り、錫杖に付いた鈴を軽く鳴らして、笑顔で静かに呟く。



「さて、どうするのかな、地球どの(・・・・)は」

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