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七話 桃花のちから



 さて。準備も整ったことだし、いよいよ調理開始だ。



「――で、何を作るんだアカ?」


「ええ、それなんだけど……」



 手入れの行き届いているピカピカの調理台にまな板と包丁を置いて、わたしは足元にいる茜と葵に視線を向ける。



「冷蔵庫に入っていたあの立派なサバを使って、サバの味噌煮を作ろうと思うのよね。使ってもいいかしら?」


「サバの味噌煮……? ああ、魚の煮込み料理かアカ」


「あの魚は使い方が分からなくて、もう五百年近く冷蔵庫の置物になっていたやつだアオ。好きに使うといいアオ。ついでに他の食材もバンバン使うアオ」


「え゛。ごひゃ??」



 予期せぬことを言われて思わず声が裏返った。

 だって五百年ってなんの冗談?? 見る限りあのサバ、鮮度抜群の新鮮プリプリそのものだったんだけど??



「新鮮なのは閻魔様の素晴らしい神力の賜物だアカ」


「その冷蔵庫は入れた時の状態のまま、どれだけ長期間でも保存できるアオ」


「ええ!? それってすっごくない!?」


「だから素晴らしいって言ってるんだアカ!!」


「閻魔様の神力は他の神々など足元にも及ばないくらい素晴らしいんだアオ!!」



 具体的に何が素晴らしいのかを懇々と小鬼たちが説明してくれたが、聞いたことのない用語がたくさん出て来てイマイチ飲み込めなかった。

 とにかく神力ってなんでもアリ! 閻魔様ちょーすごいっ!! 以上! ……って、ことらしい。


 まぁ神力のことはさておき、無事に食材使用の許可も下りたのだ。早速冷蔵庫から五百年ものとは思えない新鮮プリプリのサバを、切り身にすべく取り出した。



「まずは三枚おろしね。ええっと……」



 頭の中でサバが三枚におろされた状態をイメージして、包丁をサバの身に慎重に入れていく。すると緊張する頭とは裏腹に、わたしの手は淀みなくスッスッと動き、そしてあっという間に上身、中骨、下見と綺麗に三枚に捌けてしまった。

 それに床に踏み台を置いて(可愛い)、調理台を覗き込んでいた茜と葵が「おおっ!」と歓声をあげる。



「すごいアカ! 見事に三枚にわかれたアカ!」


「桃花、お前って実はすごいんだなアオ!」


「え、ええ……。正直わたしも驚いているわ……」



 思わず包丁を置いて自分の両手をしげしげと見つめる。

 考えるより先に体が自然と動く感覚。まるで体が覚えているような……?



「うーん……」



 閻魔様がわたしは食にまつわる縁(・・・・・・・)が深いと言っていたけれど、それと関係があるのだろうか?



「…………?」



 考え込んでいると視線を感じて、ふと横を見ると、茜と葵が次は何をするんだと言わんばかりに目をキラキラさせてわたしを見ていた。

 そうだ、せっかくのサバがなまってしまう。考えるのは後にしよう。



「――ねぇ、あなた達っておむすびが作れるなら、お米は研げる? お米を炊いておいてほしいのだけど、お願いできるかしら?」



 わたしがそう言うと二匹は一瞬キョトンとしたが、次の瞬間にはやれやれといった表情を見せた。



「結局オイラたちにまで自分の飯作りを手伝わせようとは……。やはり桃花は図々しい人間だアカ」


「けど米炊きは得意中の得意アオ! そのサバの味噌煮とやらをオイラたちにも食わせてくれたら、特別に手伝ってやるアオ!」


「じゃあ交渉成立ね。こんなに大きなサバだもの、もちろんあなた達にもお腹いっぱい食べさせてあげるわよ!」



 お口は少々悪いが、なんだかんだ役目を与えられて嬉しかったのか、二匹はるんるんとマスコットのような体を揺らして、どこからか取り出した小さなエプロンを腰に結んでいる。

 そして二頭身の体では調理台には届かないので、やっぱり例の踏み台を使ってお米を研ぎ始めた。


 なんだこの光景。可愛すぎか。


 このまま一生実況してられそうなほのぼのシーンに癒されて、ついぼぅっと小鬼たちを見入ってしまう。

 しかしいつまでも呆けてはいられない。何せすっかり忘れていたが、今わたしは腹ペコなのだ。

 調理台の下にいくつもある鍋からひとつを取り出して、捌いたサバを砂糖と酒と生姜で作った煮汁に入れてじっくりと煮込んでいく。



 ……――不思議。



 こうして料理を作っていると、自分自身のことは何ひとつ思い出せないというのに、料理に関する知識だけはこんこんと湧き出る泉の如く頭の中に満ち満ちてくる。


 もしかしてわたしって、元は料理人とかだったのだろうか?

 でも包丁に映る自分の顔はせいぜい十七、八歳に見えた。

 料理人……。なくはないだろうけど、なんか違う気がする。名前を思い出した時のようにしっくりこない(・・・・・・・)



「桃花、鍋がぐつぐつ言ってるアカ」


「うん、そろそろね」



 煮込んでいた鍋がふつふつと沸騰したのを確認し、アクが出てきたので丁寧に取り除く。

 ここまでくれば、後は仕上げ。鍋に味噌を溶き入れれば、たちまち味噌特有のホッとするような優しい香りが立ち込めてきて、匂いにつられた茜と葵も興味深そうに鍋を覗き込んでくる。



「おお! これはなんとも良い匂いがするアカ!」


「この匂いを嗅いだらなんだかオイラ、ものすごくお腹が空いてきたアオ!」


「ふふ。もう少し煮詰めたらサバがホロホロの、最高に美味しいサバの煮込みが出来上がるわよ。さ、そのまでにほうれん草のおひたしと豆腐のお味噌汁も作ってしまわないと」



 冷蔵庫から取り出したツヤツヤなほうれん草はさっとお湯で茹でて、更にお味噌汁用に昆布と鰹節で出汁をとる。

 そうやって手早く調理をしてる間に茜と葵に任せたお米も炊き上がり、そして――……。



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