幸せなクリスマスは生クリームの味
「はははははははっ!!」
とんだクリスマスパーティーになった晩のこと。
閻魔様と二人っきり、いつものようにわたしの部屋の前の渡り廊下に座ってお月見していると、先ほどの騒動を思い出したのか、閻魔様が唐突に大爆笑した。
「はー、しかし他の神に浮気は傑作だったな。まさか桃花がそんなことを考えているとは……」
「ちがっ! だから誤解なんだってば! もうっ! 閻魔様、分かってて言ってるでしょ!!」
ぷくっとむくれれば、閻魔様がおかしそうにクスクスと笑う。
「まぁそんなにむくれるな。ちょっとした冗談だ」
「そういう笑えない冗談は……むぐっ!」
口を開けた拍子に何かが詰め込まれた。もぐもぐと動かせば、生クリームの甘さが口いっぱいに広がる。
「美味いかい?」
「……そりゃもちろん、美味しいわよ」
何せわたしと杏たちが丹精込めて作ったクリスマスケーキだ。美味しくない訳がない。
月見をする際、閻魔様は必ず晩酌する。だからそのお供にと思って事前に切り分けておいたのだ。
むうっとした顔のままわたしがごくんとケーキを飲み込むと、閻魔様もフォークで切り分け、自身の口にケーキを運ぶ。
「うん、美味い」
そう頷いて、ワイングラスを手に取った。
「……シャンパンって美味しい?」
まるで水のようにスーッと飲んでいく閻魔様をぼぅっと見つめて、わたしは尋ねる。
「ああ、美味いよ。日本酒とはまた違う、果実の爽やかな甘みを感じるな」
「へぇ」
「先ほど茜と葵が飲み干したワインとは別に、私の為に用意してくれたんだろう? ありがとう、桃花」
「……ん」
本当に嬉しそうに笑う閻魔様を見ていると、なんだか無性に恥ずかしくなって、わたしはぶっきらぼうに頷く。
これは間違いなく先ほどしでかした大失態が尾をひいている。あああ、また思い出したら羞恥心がぶり返しそうだ。
「ね、ねぇ! 結局あの後のことは全部杏に任せてしまったけど、大丈夫だったかしら?」
話題を変えようと、わたしはクリスマスパーティーがお開きになった後のことを思い出した。
『閻魔様、桃花さま。茜と葵のことはボクらにお任せくださいキ。責任持って、彼らは部屋に運びますキ』
そう言って杏は、完全に出来上がった二人の介抱を買って出てくれたのだ。
後片付けも任せてしまったし、本当にもう、何から何まで杏には頭が上がらない。
「ああ、本来鬼は酒に強い。そう気に病まなくとも、明日になれば二人ともすっかり酔いが覚めてるさ」
「ん。だけど……」
クリスマスパーティーをしようと思いついたのは、みんなにたまの息抜きをして欲しかったから。季節の概念のない冥土に住む彼らに、少しでも季節の移り変わりを感じて欲しかった。
でもそれがまさか、こんなことになるなんて……。
「……クリスマスの由来なんて、指摘されて初めて気づいたわ。でも二人の言う通り、わたし、閻魔様の恋人なのに、そんなことに思い至らないなんて――」
もしかしたら閻魔様もこんなわたしに幻滅した?
不安になって、そっと隣を伺い見る。
「ははっ」
すると先ほどとは違う、穏やかな笑い声がわたしの耳に落ちた。
「馬鹿を言え。こんなことくらいで幻滅する訳がないだろう? 私はどんな桃花も好きだよ」
「――――」
「そもそも茜や葵だって本気で言った訳じゃないってこと、桃花はよく分かっているんだろう?」
「…………」
それはもちろん。本気じゃないことなんて、ちゃんと分かっている。
じゃあ酔いに任せてなんであんなわたしを試すようなことを言ったのかも、ちゃんと分かって、いる。
「…………閻魔様」
「ん?」
呼べば穏やかにわたしを見る閻魔様。
本当にこの世のものと思えないくらい、綺麗。
こんな人が本当にわたしを……なんて、実は三年経った今でも夢見心地だ。
「…………」
――――でも、
いい加減、夢から醒めなければいけない。
「っ、桃花!?」
わたしは閻魔様の手にあるシャンパンの入ったグラスを取り上げて、そのままがぶ飲みした。
するとまだ慣れない強いお酒の味に、一気に酔いが回ったように頭がふわふわする。
「ふぁ……」
「桃花!? あまり酒に強くなる癖に、なんて無茶をするんだ!」
「だってこうでもしないと、シラフじゃ恥ずかしくて、とても本音なんて言えそうもないんだもの……」
「――え」
わたしはグラスを床に置いて、とんと閻魔様の胸に飛び込み、ぎゅっと縋りついた。そして一見華奢に見えるが、しかし男性らしい大きな胸板に顔を寄せて、こっそりと呟く。
「好きよ」
本当に小さな声だったのに、わたし達しかいない渡り廊下では、その声が妙にはっきり聞こえた。
それにいくらお酒を飲んでいても拭いきれない恥ずかしさを感じるが、わたしは意を決して顔を上げる。
すると閻魔様の紅い瞳は驚きに大きく見開いていて、その瞳に月明かりが反射して、キラキラと綺麗だった。
それに押されるように、わたしは口を開く。
「わたし、閻魔様が好き。大好き」
――言葉にするのは、怖かった。
だって閻魔様は神様で、わたしは人間で。
そんなの関係ないって頭では分かっていても、やっぱり時の流れの違う人と共に在りたいと願うのは、怖かった。
一度口に出してしまえば、この夢の時間はまるで泡沫のように醒めてしまうのではないかと、怖かった。
「ずっと、言えなくてごめんね」
閻魔様は優しいから何も言わなかったけど、きっと内心は決して好意を口にしないわたしに不安でいっぱいだったに違いない。
だから茜と葵はあんな行動に出たのだ。閻魔様を心底想う、優しい子たちだから。
「……もう一度」
「え?」
抱きつくわたしの背に手を添えて、閻魔様が囁いた。
「もう一度、言ってくれないか?」
その言葉に押されるように、またわたしは口にする。
「好きよ、閻魔様」
すると息も出来ないくらいに、キツく抱きしめられた。
「閻魔様……」
「桃花の不安な気持ちはずっと伝わっていた。だから私は待とうと思っていた。君が心から安心出来た時、その言葉を聞けたらいいと思っていた。……だが」
腕の力を緩めた閻魔様が、そっとわたしを見る。
互いに潤んだ瞳が重なり合う。
「実際に発された言葉はこうも胸を鷲掴みにするのだな。ああ、桃花」
閻魔様の顔が近づき、わたしはゆっくりと目を閉じる。
「愛しているよ」
交わした口付けの味は今までで一番甘く、生クリームの味がした。
◇◆◇◆◇
今夜は12月25日。クリスマス。
冥土に季節の概念はないけれど、みんなの為に焼いて用意した、小鬼をモチーフにしたクッキーをこっそり枕元に置いておこう。
きっとみんな、嬉しそうに笑ってくれるはず。
明日起きたら茜と葵はどんな顔をするだろう?
きっとちょっとだけバツが悪そうに、でもわたしと閻魔様に訪れた変化を二人はとても喜んでくれるだろう。
容易に目に浮かぶその姿に、わたしは頬を緩めた。
冥土は今夜も賑やかに。
そして幸せに、夜が更けていく。
=冥土のクリスマス~たっぷりの生クリームを添えて~・了=
久しぶりに桃花たちを書いてとても楽しかったです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




